幽霊少女と狂気
※暴力、残酷描写あります。苦手な方はブラウザバックお願いします。
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「待ってください!だめです!」
「……天使?」
地元から離れた土地。電車やバスを乗り継ぎ、そこから更に1時間も歩くと自然豊かな山道に大きな橋がある。橋の下には穏やかな川が流れ、自然のミネラルを感じる事が出来る。
今まさに全てを、この身すら投げ捨てて自由を手にしようとした人間の目の前に、突然空に浮かんだ少女が現れた。
「幽霊です!天使ではありません!」
「山の守り神?」
「幽霊ですってば!」
しばらく考えたけど、正直幽霊でも天使でも悪魔でもどうでもいい。私の人生はここで終わりだから。
「今死のうとしてんの。文句ある?」
「あります!自殺は見過ごせません!」
何こいつ……幽霊のくせに、人が死ぬのは邪魔しようって言うの?
自分はもう死んでるくせに、人に口出ししようって言うの?
「あんた、私の事情なんか知らないでしょ?私が死のうが生きようがあんたに関係ないでしょ!?」
「知ってます!だから止めるんです!」
「は?」
私はこいつの事は知らない。当たり前だけど幽霊の友達なんか作った覚えはない。
それとも、無意識のうちに寂しくて幽霊の友達を生み出したとでも?私はそんなかまってちゃんじゃない。
「あんたが何考えてるのか知らないけど、私は今死ぬの!邪魔しないで!」
「だめ……。」
わかりやすい程に哀しそうな顔をしている。今会ったばかりの私になんの感情もないくせに、哀しむフリをしてるに決まってる。
そんな幽霊なんかに構って決心が揺らぐわけにはいかない。
私はもう、死にたいんだから。
深く息を吸い、橋の欄干の上に立つ。
下は見れない。見たら怖くなって諦めてしまうかもしれないから。
自分のタイミングで、ここから飛び降りる。
川は流れているけど、いくらなんでもこの高さで助かるとは思えない。だからこそこの場所を選んだ。
誰にも迷惑をかけずに、1人でこっそりと死ぬ。そのためにリサーチをして場所を探して、遂にここまできた。
あとは少しの勇気を出して、1歩前に出るだけ。
その時、強風が吹いた。
私の心の準備より先に、私の体は前のめりになっていく。
「い、いやぁぁぁぁぁ!!」
落ちる、落ちる、落ちる。
頭の中が恐怖で満たされていく。
私の人生は最期までこんな形で終わる。時間がゆっくり流れているようで、頭の中を様々な記憶がめぐる。
これが走馬灯。これが死。私の人生の終わり。
親から捨てられ、施設でずっと暮らしてきた。その施設で事件が起こった。私を除く子供たちが全員殺された。
犯人もその場で自殺し、最悪の猟奇殺人事件と世間に報道された。
私はたまたまトイレに入っていて、気付かれなかったらしい。犯人の姿も首から血を流して倒れた姿しか覚えていない。
私にとっても衝撃的で、正直トイレにいた記憶もあまりない。
倒れた犯人の手から取り上げたらしく、私の手には凶器の包丁が握られていた。そのせいで次の施設に移ってからは、私が犯人だと言われ続けてきた。
まさに今回の自殺のきっかけがそれで、私は殺人者呼ばわりされていじめられていた。
殺人鬼、人殺し、悪魔。私は精神的に強いつもりでいたから耐えてきた。それでも、いくら強くても、毎日毎日の罵倒はあまりに苦痛だった。
誰も助けてはくれない。私は誰にも歓迎されない。だから、もう死んだ方がみんなのためになる。
ところで……まだ死なない?
思わず目を瞑っていた私は目を開けた。
私は橋の上に座り込んでいた。風向きが逆だった?いや、たしかに前のめりに倒れようとしていた。
「間に合ったぁ……。」
その声にハッとして気付いた。
そういえば、ここにはもう1人……正確にはもう1幽霊いたんだった。
「あんたが引き戻したの?」
「はい!死んでもらっては困るので!」
余計な事を……何も知らないくせに。いや、そういえばこいつは、私の事情を知っていると言った。
私の事をずっと見ていたという事?
だとしたら、余計に私を止める理由がないはずなのに。
「あんた……何なの?」
「あなたの友達です!」
ああ、私はやっぱり無意識に幽霊の友達なんか作ってたんだ。しかもこんなにめんどくさそうで純粋そうな。
これは今死ぬ事は出来ない。私は今死ぬのを諦めて、荷物を持って歩き始めた。
「どこに行くんですか?」
「帰るのよ。」
「どこに、ですか?」
どこに?こいつ何を言ってるの?私の事を知っているなら、施設以外ないのはわかるはずなのに。もしかして、本当は私の事情を知らない?
やっぱりただの山の守り神って事?
どうでもいい。私は幽霊を無視して歩いた。
それから私に付きまとうように周りをふよふよと飛びながら、どこにいくの、無視しないで、帰っちゃダメ、とあまりにしつこい。
どうやら私以外には見えていないようだから、私が反応したらおかしな人に見られる。これ以上人に罵倒はされたくもないから、無視し続けた。
時間をかけて私は施設の最寄り駅に辿り着いた。相変わらず憑き物のように幽霊は一緒だけど、このまま無視しておけば問題はないから。
施設が見えた。やたら人が多い気がするけど、何事だろう?
施設に貼られた黄色いテープ。近くに止まるパトカー。
「なに、これ……?」
私が驚いていると、野次馬をしていた近所のおばちゃんが話しかけてきた。
「あれ?あんた生きてたのかい!全員死んだって聞いたから幽霊かと思ったよ!」
全員、死んだ……?
私の頭はフリーズした。
どういう事?どういう事?どういう事?
誰が死んだ?誰が全員死んだ?
嘘だ。
「あんた、大丈夫かい?」
嘘だ。
「そうだ、警察に知らせなきゃ!保護してもらうんだよ!」
嘘だ。
「おまわりさん!この子、その施設の子だよ!」
嘘だ。
それじゃまるでまた……。
" 殺人鬼、人殺し、悪魔!"
また……私がやったみたい。
私はその場から逃げた。
おばちゃんも、警察も振り切って。
また私は犯罪者になる。また、私は……!
「もうやめてください!」
その幽霊の声で我に戻った。
ここはどこ?どこかの河川敷。私は気付かずにこんな所まで来ていた。
幽霊が私にしがみついている。鬱陶しい。
私は手に持っていたナイフを軽く振って幽霊を押し退けた。
……ナイフ?
私、なんでこんなものを?
「うぅ……。」
足元から呻き声が聞こえた。そこには、血まみれになった男がいた。
私は周りを見渡した。私の他には幽霊しかいない。
これは一体、どういう事なの?私は一体、何をしているの?
「もう、やめて……!」
幽霊が泣きながらまた私にしがみついてきた。理解が追い付かない。私は何をしているの?
それだけが頭の中をぐるぐるしている。
こんなの、まるで私がやったみたい。
私が、私が……。
まだ息の根がある。幽霊が邪魔したせいか。
幽霊を押し飛ばし、足元に転がるゴミにナイフをぐさり。もういっちょぐさり。
ナイフじゃ殺しづらい。でも、死ぬまでじわじわ苦しんでいく顔も悪くないかも。
「アハ、アハハハ!」
「だめ!」
幽霊にタックルされ、わたしは後ろに倒れた。
幽霊のくせに生きた人間に何をするんだか。余計に腹が立つ。
「邪魔。あんたが邪魔したから、見なよ。そいつ死ねなくて苦しいってさ。」
わたしがナイフをゴミに向ける。まだ息がある。もう少しで死ねたのに残念でした!
ナイフで刺すの飽きたし、このまま頑張って死んでね。
「たす、け……て……。」
幽霊に助けを求めてるんだけど、そっか。こいつも死ぬ運命だから幽霊が見えるんだ。死ぬ間際にしか見えないとか、本当に死ぬまでの時間差はあるんだ。
見えたところで残念でした!もう手遅れだよ。来世頑張って生きてね。また殺してやるよ。
数日前、わたしの目に突如映ったのは、宙に浮く少女だった。
わたしが声をかけると、少し驚いた顔をして近付いてきた。
「私が見えるんですか?」
「あんた何者?」
「初めまして、幽霊です!さっそくですが、この世でやり残した事はありますか?」
元々浮かんでいたし、そこに関する疑問はなかった。ただ、話を聞いていてわたしが引っかかったのは、こいつが見えるのは"死期が近い人"というところ。いつ死ぬのかはわからないらしいけど。
つまりわたしは死刑宣告を受けたようなものだから。
別に今更死んでも悔いはない。わたしはわたしのやりたいようにやってきた。
でも死ぬなら、やり残した事がある。
「幽霊、手伝ってよ。」
「はい!何をしましょうか!」
「この施設の人間をかき集めて、閉じ込めたい。」
「閉じ込めたい!?」
「ほら、最近風邪とか流行ってるじゃん?誰も風邪にかからない方法知ってるんだよ。あんたも協力してよ。」
「そうなんですか?わかりました!」
幽霊は人に触れなくても、物には触れる。ただし、施設の他の人間に見つかるリスクはあった。
いや、むしろ施設の人間になら誰にでも見つかってたかもしれない。今からわたしが殺すんだから。
思ったよりも簡単に追い詰めた。ポルターガイスト現象が起こった。文字どおり幽霊の仕業によるもの。
幸い誰も幽霊は見ていないし、見えたところでもう手遅れ。
1つの部屋に集まった人間たち。その扉を外から幽霊に閉めさせる。3階のこの部屋から逃げる術はない。
「痛い!」
「苦しい!」
「助けて!」
両手に持った包丁を振り回し、悲痛な叫びが広がっていく。
誰も、わたしを止める事は出来ない。
幽霊が途中で止めに入ってきた。それでももう遅い。1人目は首。2人目からは足首をひたすら狙う。死ななくてもいい。まずは全員を切る。こうすればもう逃げられないから。この切り方は目の前で見て覚えた。
「なんで、こんな事……。」
「なんで?わたしは元々殺人鬼だからだよ。」
前の施設、施設の子供の悲鳴が聞こえ始めた。みんなが逃げてくるのを察知した私は机の下に隠れていた。
奥にあるこの部屋に次々と逃げてくる。みんなの足元が見えていて、知らない大きな足も入ってきた。大きな足は屈みながら包丁でみんなの足首を狙っていく。
他の足はバタバタと倒れて、逃げる術を失っていく。
全員を切ったら、そこから首を。ひとつ、またひとつ、悲鳴が消えていく。
しんと部屋が静まり、立っている唯一の大きな足はぼとりと包丁を落とし、壊れた高笑いをしている。
落とした包丁は隠れた私の目の前。大きな足の、アキレス腱がこっちを向いていた。
生きるためにはどうしたらいい?私が助かるためにはどうしたらいい?誰でもいい、何でもいい……私を助けて!
じゃあわたしが助けてあげる。
この時、わたしは生まれた。
包丁を掴み、そのまま大きな足の足首を狙う。切り方は目の前で見せてくれたから。無防備なその足首を狙う事は簡単だった。
上体が倒れたらそのまま首を狙う。これも目の前で見せてくれた。
動かなくなった。それでわたしの仕事は終わり。
今回もそう。この男が動かなくなったから、わたしのやるべき事は終わった。
「ねぇ、教えてよ幽霊……私は殺人鬼なの?」
気が付いたらまた違う土地にいた。さっきの血まみれの男がどうなったのか、私は全く記憶にない。
そういえば、そもそも今日施設を出た記憶もない。何時に出たのかもわからない。気が付いたら電車に乗っていた。目的地もわからない電車に乗っていたから、そこから修正して先にリサーチしていたあの橋を目指した。
幽霊は何も言わずに黙っている。
「教えてよ……私の中に他の誰かがいるの?」
いくらバカでもわかる。前の施設、今の施設、そしてあの男。3回も私の前で……。
幽霊が言えないのもわかる。私がおかしい事はよくわかった。
そう、私が殺人鬼なんだ。
「見つけたわ。」
私がハッとなると、警察と白いコートの女がいた。
そりゃそうだよね。ここまで殺しまくった殺人鬼を捕まえにきたんだ。
私は大人しく捕まる事にした。獄中死をする事になるんだろう。私の人生はそこで終わり。
私は警察の前に手を差し出した。もう、どうにでもなれ。
「フフ。勘違いしないで。アタシはあなたを助けにきたのよ。」
白いコートの女の言葉に、私はきょとんとした。
幽霊と顔を見合わせて、再び白いコートの女を見た。
「アタシは医者。あなたの脳を調べさせてほしいの。」
「私の、脳を……?」
私は医者と言うその人に病院に連れていかれた。
色んな検査をして、私は一般的に言う多重人格障害の1種であると診断結果が出た。
そうなると、疑問が残る。
病院内、私と幽霊だけの個室。私は幽霊に質問した。
「どうして、橋で死なせてくれなかったの?あのまま橋から飛び降りていれば、少なくともあの男は、血まみれにならなくて済んだ。」
「それは……あなたに死んでほしくなかったからです。」
「殺人鬼を生かしてどうするの!人殺しの気持ちがわかるとでも言うの!?こんな事なら、あの時死ねばよかった!」
「あの時、って?」
「小さい頃にね、飛び出したの。たまたま近くにいたサラリーマンが助けてくれたんだけど、その人は車に轢かれて死んでしまった。あの時、私が死んでおけばよかったの!」
「サラリーマン?飛び出した女の子……?それ、どこかで……。」
幽霊の反応、どこかで飛び出した女の子を見た事があるのかもしれない。もしかしたら私かもね。
でも、そんなのはどうでもいい。
「私は、罪のない人たちを手にかけた!それとも、罪を償えって言うの!?記憶にもないこの殺人の罪を私に!?」
だったらやっぱり死にたかった。たしかに施設の人間からは殺人鬼と疎まれていた。だけど、それで殺してしまったなんて……私は私が制御出来ないのが怖い。
「それは、違うんです。」
「何が違うって言うの?私が殺した事に変わりないじゃない!」
「違います!あなたは殺してないんです!」
「……え?」
「もう1人のあなたは言っていました。わたしは"私"を守れればそれでいい。って。」
"私"はわたしを忘れて、このまま生きればいい。
わたしは"私"から生まれた、別の人格。
わたしの罪はわたしのもの。"私"の罪じゃない。
施設で殺しをした後、わたしは幽霊に言った。
「それなのに、この施設の奴らは"私"を殺人鬼呼ばわりした!わたしではなく、"私"を!こんな連中を生かしておく必要ない!"私"はわたしが守る!何があっても!幽霊、"私"を殺すつもりならあんたも殺す!幽霊だろうがわたしが殺す!」
「私は、あなたを殺すつもりなんて……!」
「……だったらいい。あんたは"私"の前には現れるな。"私"に死期なんて告げなくていい。ただ、"私"は追い詰められている。もし自殺なんてバカな真似をしようとしたなら、姿を見せてもいいから全力で止めろ。"私"が死んだら、死んでもわたしがあんたを殺す。」
私は幽霊からわたしの話を聞いた。その話を聞いて、記憶が一気に甦った。
狂った人間が目の前でみんなを殺していた事、"私"が助けを求めていた事。
そしてさっきわたしが殺した男の記憶も欠落していた。
あの男は逃げてきた私に襲いかかってきたホームレスだった。だから、"私"を守るためにわたしはあの男を殺した。
ただ、"私"を守るため。そのためにわたしはいる。
私の欠けていた記憶も補完された。
「あの時、私を助けてくれたのはわたしだったんだね……。ねぇ幽霊、私、わたしと話したい!どうにかならないかな!?」
「え、えっ!?じゃあ、えと……交換日記、なんてどうですか?」
私は医者に頼み、わたしとの交換日記を始めた。
わたしは中々の乱暴者で、字も汚いし、言葉遣いも悪い。でも、ずっと前からの親友のように、わたしとの会話は楽しかった。
病院では私を罵倒する人間はいなかった。隔離されているのもあるけど、医者たちは私たちの事を理解して接してくれていた。
私を罵倒してわたしに殺されたくないだけなのかもしれないけれど。
「もしここを出たら、何がしたい?」
『"私"をバカにする奴を殺す。』
「殺すのはだめ。もうわたしに殺しをしてほしくない。」
『"私"が弱いからわたしはいるんだよ。殺しをしてほしくないなら、わたしがいなくても強くなれ。』
わたしとの会話は殺伐としていた。だけど、自分同士打ち解けていた。
そんなお互いの愚痴を聞いていた幽霊が一番大変かもしれないけど、幽霊はどっちにも優しく接してくれた。
しばらくして、久しぶりに外の世界を歩いた。もちろん、私の周りには医者や警察も近くにいた。
私は施設の近くまで来た。あれ以降、未だに施設はそのまま残っている。
「あんた……!」
近所のおばちゃんが私を見つけた。
おばちゃんと会うのもあの日以来だった。
「どのツラ下げて帰って来たんだい、この人殺し!」
世間的には犯人は伏せられていても、近所で私は殺人鬼。その殺人鬼の別人格なんて知った事ではない。それが世間の考え。
「また大量殺人するつもりかい?あーやだねやだね、殺されちゃたまったもんじゃないよ!」
苦しい。心が痛い。逃げたい。
どうして私がこんな罵倒を浴びなきゃいけないの?
『わたしが代わろうか?そのババア殺してあげる。』
わたしの声が聞こえてくるかのよう。でも、違う。私が逃げたから起きた悲劇を、もう繰り返したくない。
だからわたしの力は借りない。
「行きましょう。」
私は医者たちに声をかけ、その場を離れた。
「おーおー、2度と帰って来るんじゃないよ人殺し!」
私は強くなる。あんな罵倒を浴びても大丈夫なように。そうでしょ?わたし。
『……そうだよ。あんなババアの戯れ言、"私"が聞く耳持たなくていい。』
そうだね、あんなババアの……ね!
ありがとうわたし。
『ねぇ、"私"。』
ん?なぁに?わたし。
『……強くなったじゃん。もう、大丈夫?』
大丈夫。苦しいし、辛い事もまだまだたくさんあると思うよ。でも、それは私が受け止めて、考えていかなきゃいけない。
私はもう逃げない。
罵倒を浴びせてくる世間からも、私を守ってくれたわたしからも。
だから、私と一緒に"私"を築いていこう。
病院に戻り、わたしとの交換日記を書く。
「今日は外に出ました。おばちゃんが……ううん、ババアが罵倒してきたけど、聞く耳持たなかったよ。わたしの出番はありません。安心してください。と、出来た!」
わたしからの返事、楽しみだ。ウキウキして私は眠りにつく。
また明日、わたしと生きていくために。
「おい、幽霊。この日記見た?」
「はい、もちろんです!」
「ババアだってさ。あのいい子ちゃんの"私"が。」
「あなたの感情を汲み取ったんです。もう、きっと"あなた"は大丈夫です。」
「そうみたいだね。……幽霊。」
「はい?」
わたしの役目は終わる。わたしという逃げ場はもう"私"には必要ないから。
人の悪口をまともに聞きすぎて、ストレスが溜まっていた。そのストレスがわたしの正体だ。
"私"はストレスの吐き出し方を覚えた。もう、わたしの手助けは必要ない。だから……。
「サンキュー、"私"を助けてくれて。」
「いえ、私が助けたかったのは、あなたです。」
あぁ……こりゃ一杯食わされた。そりゃあそうか。あの飛び降りの時、幽霊は"私"の事をほとんど知らなかった。
それなのに助けてくれたのは、紛れもなくわたしを助けたかったから。
幽霊はわたしとの約束を守ってくれていた。
"私"に死期を告げない。自殺なんてバカな真似をしようとしたなら、全力で止める。
それをずっと守ってくれた。わたしのために。
本当に助けを求めていたのは、わたしだったんだ。
「安心してください。"あなた"はもう、大丈夫です!」
「"私"にあんたが見えなくなる可能性、あるよね?」
「え?……はい、きっと。 」
わたしが消える。それが"死期が近い"という事だとすれば、もうわたしの思い残す事はない。
もう殺人鬼に縛られなくていい。
「幽霊、じゃーね。」
これからは、"私"の自由に生きて……。
「バカ、そっちは殺人鬼の部屋だ!」
「あ、悪い悪い!」
殺人鬼の部屋……?
廊下から医者どもの声が聞こえる。"私"を殺人鬼呼ばわりするつもり?
わたしは聞く耳を立てて、医者どもの話を聞いた。
「でもやっぱり恐ろしいよな。」
「ああ、殺人鬼ってのはたとえ別人格だとしても殺人鬼だからな。」
「いや、そっちじゃなくてさ。」
「え?あぁ、あの
わたしのデータをとるため?何の話をしている?
まさかあの女の医者……!
わたしは病室を飛び出し、廊下にいた医者どもの持っていたペンを奪って首に突きつけた。
「今の話、どういう事か教えてもらおうか。」
「ひぃ!コイツ、"殺人鬼の方"だ!」
「質問に答えたら殺さないでおいてやる。答えろ!」
ソイツらから話を聞いた。あの女……野放しには出来ない。
「いくぞ、幽霊。」
「え、ええっ!?この人たちは!?」
わたしは医者どもを軽くペンで刺し、ソイツがいる部屋へ向かった。幽霊は医者どもの近くでわたわたしていたから置いてきた。
「おい。」
「あら、アナタは病室を出てはいけないはずでしょ?」
「医者どもに話を聞いた。お前、わたしを研究材料だと考えてるらしいな。"殺人鬼として使う"つもりで。」
そう、この女は、わたしたちに寄り添うフリをして、わたしを殺人鬼として裏で利用するつもりだったのだ。
そのために手を回し、"私"を守った。
「とんだキツネだな。だけど残念でした!わたしはもう消えるんだよ。"私"には必要なくなったからね。もう殺人鬼は消える。」
「そう、それは残念。だったら"あなた"に殺人鬼になってもらうしかないわね。」
コイツ、まさか……。
「あなたが消えるなら仕方ないでしょ?既にあなたという殺人鬼については報告を出してるの。あなたが消えてしまうというのなら……"あなた"に頑張って殺してもらうしかないじゃない?」
「ふざけんな!"私"はようやく殺人鬼から解放されたんだ!"私"は自由に生きるんだよ!」
「フフ、自由なんかあるわけないでしょ?だってあなたは紛れもなく殺人鬼なんですもの。別人格だから許されるとでも思ったの?たとえあなたが消えようとも、"あなた"は未来永劫殺人鬼なのよ。」
「"私"の脅威は……殺す!」
わたしがペンの芯を出すと、女は指をパチンと鳴らした。
「動くな!」
「手をあげろ!」
どこに隠れていたのか、拳銃を構えた人相の悪い人間が数人現れ、わたしを包囲した。
「随分、用意がいい。」
「殺人鬼が殺人衝動に駆られるかもしれないんだから、それを抑制する事は大切でしょ?」
コイツ、わたしにバレる事まで想定してる。だけど、コイツは許せない。生かしておけば、必ず"私"を縛り付ける。
やっと手に入れる自由を前に、そんな事はさせない。
「取り押さえなさい。今度は自由に出られないように厳重に閉鎖された部屋に連れていくわ。」
いくらなんでもすぐに発砲出来るわけがない。この女さえ殺れれば、"私"の身くらいは守られる。
わたしは女に向かって飛びかかった。喉元をペンで……!
鈍い音が響いた。足が……動かない……。
わたしはそのまま床に倒れ込んだ。
「撃たれないとでも思った?殺人鬼を相手にしてるのよ?そのくらい出来る用心棒は用意してるわ!フフッ!」
足を撃たれた。最初から、撃つつもりだったのか。
「取り押さえろ!」
「気を付けなさい?その子、普段と殺人鬼と、もうひとつ人格があるみたいだから。」
もうひとつの人格?この女、何の話をしている?
「ま、足を撃たれてしまっては、"第3の人格の幽霊"もどうにも出来ないでしょうけどね!」
幽霊?そうか、"私"やわたしが幽霊と会話していたから、"第3の人格"と勘違いしてるのか。
いや、待てよ?幽霊……?
「幽霊……どこだ!ソイツらの拳銃を奪え!」
「これは!?」
「さっそく最後の人格に頼っているようね!せっかくだからどんな人格か見てやろうじゃないの。」
バーカ、人格じゃないんだよ。
「え?拳銃が!」
「うわっ、誰だきみは!?」
「浮いてる!?」
騒いでいる。いや、そんな事より……お前ら、幽霊が見えたな?
「幽霊、それよこせ!」
「え、ええっ?はい!」
幽霊も動転しているようで、素直にわたしに従う。
「少女が急に現れた!?まさか、幽霊って……!」
「ヤブ医者女、やっと見えたな?」
「ま、待ちなさい!アタシを殺したら、あなたは!」
「殺人鬼に言い訳が通じると思ってんの?残念でした!アハハッ!」
奪った拳銃で医者女に。それから振り向き、乱射。
全員その場に崩れ落ち、立っている人はいなくなった。
「あ、あ……!」
幽霊が怯えている。また、こんな現場を見せてしまった。
しかも、また幽霊に殺人の手助けをさせた。
「悪い、幽霊。また殺っちゃったよ。」
「いえ……私も、もう少し早くここに来ていれば……。」
「幽霊が謝る必要はない。手を貸して、病院から出る。」
「は、はい!」
わたしが幽霊の手をとったその時、再び鈍い音が響いた。
誰だ、誰が撃たれた?
「この、殺人鬼め……!」
まだ息があった奴が、落とした拳銃でわたしを撃っていた。
「くそっ、いてぇ……次はお前だ!」
ソイツが幽霊に銃口を向ける。もういいよ、お前。幽霊が見えてるんなら大人しく……死ね。
わたしはそれよりも先にソイツを撃ち抜いた。
そしてそのまま、わたしは再び床に崩れ落ちた。
「どうしよ、どうしよう……!」
幽霊が慌てている。けど、ここからどうしようがあるっていうんだよ。
この状況でわたしが生きていても、殺人鬼としてより罪を重ねただけだ。
"私"はまた、その罪を背負う。
ふざけんな、なんでだよ。なんでこうなるんだよ。
「幽霊、悔しいよ……!」
"私を"守れなかった。わたしは結局、最期まで……。
ここで"私"に切り替えるわけにもいかない。"私"は知らぬまま死ぬ。
いや……。
「なぁ、幽霊……わたし、どうしたら、よかったのかな?ただ、"私"を守りたかった、それだけなのに!」
「……いえ、あなたはしっかり"あなた"を守りました。よく、心の中の声を聴いてみてください。"あなた"の声が聴こえるはずです。」
"私"の声?でも、わたしが出ている時は"私"は意識がないはず。それなのに。
薄れていく意識の中、微かに声が聞こえた気がした。
『ありがとう、わたし。ずっとずっと、守ってくれて。』
"ありがとう"、か……。もしかしたらわたしは、ずっとこの言葉を"私"から聞きたかったのかもしれない。
この声が、本当に"私"の声なのか、わたしの妄想なのかはわからない。
でも、でも……わたしも報われても、いいよね……?
『大丈夫。私も、一緒だよ。ずっとね。ねぇ、私たち、自由になったんだよ、やっと。』
そうだね。やっと、わたしも自由に……。
幽霊の手を握る手に力が入らなくなっていく。
「幽霊……。」
「はい、なんでしょうか……?」
「ありがとう、
あれ?今の、どっちの言葉?
わからないから、何でもいいか。
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