Draw Dream 4
急いで美緒ちゃんと合流した私たちは、3人と話したことを伝えた。
「各教室の掃除状況の点検ね。まあ、いいわ。私も廊下や階段をチェックしていた、といえばそれで済むわけだし。男子たちにも教室に入る口実はできたわけね」
「こっちはどう?」
「相変わらず外眺めたり、漢字ワークやったり。でも、清水先輩のことを気にするそぶりも増えたわね」
「え?」
2人は思わず声を出しそうになって、口を塞いだ。彼女は体操服の袖が捲れるのも気にせず何かを描いている。確かに清水彩華という人は眺めていられるくらいの美人である。しかし、阿部倉さんの位置から見えるのは後頭部のお団子やそこから出ているふんわりとした髪の毛や日焼け知らずの白い肌くらいだろう。
美緒ちゃんはスッと立ち上がって美術室に入る。
「失礼します。研究部です。先生から頼まれて清掃状況を見に来ました」
美緒ちゃんの陰に隠れて、実際は美緒ちゃんは私よりも小さいから隠れ蓑として機能するかは怪しいけれど、阿部倉さんの方をうかがった。中庭を眺めていた彼女もさすがにこちらを見た。
「え? 研究部?」
「ちょっと、部長!」
2年生らしき生徒が清水先輩に声をかける。ようやく彼女は正面を向けた。
「ええと、古典部だったっけ?」
「研究部です。清掃状況を見に来ました」
美緒ちゃんが訂正する。きっと、つい最近会ったばかりでしょうが、とでも思っているに違いない。そんな心の声が顔に出てしまっている。無理もない。私たちは1週間前の自転車事件で、彼女にかなり振り回されたのだから。
「うーん、ゴミなんて落ちてる?」
きょろきょろと辺りを見回す。
「今日はそれを確認しに来ました」
「でも先輩、そういえば清掃当番とか決めてませんよ」
「活動日とかで一回掃除したほうがいいですよね」
美術部の子たちが話をしている間、私は美術室をきょろきょろと見回し、中庭のほうも見る。中庭ではいつも通りテニス部の1年生が軽い打ち合いをしている。
美術部のほうは、というと一応は部長の役目を果たしているらしい清水先輩を中心に、ここにいる人をすべて集めて清掃日を決めているようだった。阿部倉さんも遠巻きに眺めている。阿部倉さんの席には、開いたワークをひっくり返しておいてあった。
「じゃあ、今週の金曜日の11:30からやるので」とこちらに伝えた。誰かが前の黒板にそのことを記している。清掃日決めが終わると部員は散り散りになった。清水先輩は机上の消しカスを集めだす。その間も阿部倉さんがちらちら清水先輩のほうを見るので、私も彼女の視線を追った。左腕にうっすらと黒いものが見える。体操服からも少しはみ出しているが、絵の具か何かだろうか。
「澄香、何見てんだ?」
「ひゃっ!」
声をかけてきたのは、なんと元気だった。
「あれ? 3年生の教室のほうに行ったんじゃ?」
「ああ、もうわかったって冬樹先輩が言うから」
後ろには城崎君と高瀬先輩がいる。
「その前に、清水先輩、袖を捲って左腕を見せてください。後輩がすごく気になっている様子ですから」
高瀬先輩は清水先輩のほうをじっと見た。私って、そんなに清水先輩のことを見ていたのかな? 少しだけ頬が熱くなる感じがする。
清水先輩に注目が集まる。清水先輩は無言で袖を捲り上げた。
左腕には、大きな花のタトゥーが入っていた。
「先輩、どうしたんすか、それ!」
美術部の人たちが悲鳴を上げている。
「どういうことですか?」
「こっちからは左腕の黒いものが丸見えだった。小倉さんもずっと左腕の黒い部分が気になっていたんだよね?」
高瀬先輩はためいきをついた。
「それで、見られても構わないものだと判断したわけか」と城崎君はつぶやいた。
「その手のものなら、確かセロハンテープに押し付ければ落ちるものもありますよ」
清水先輩は「その通り」と言って教卓の上にあったセロテープを引き延ばした。セロハンテープを腕に押し付けていくと、だんだん模様が薄くなっていく。
「なんでそんなものつけてきたんですか!」
元気が聞くと、「昨日はアイライナーで描いてみたんだけどねー」と言う。マイブームだったのだろうか。
「学校でそれはまずいでしょう」と高瀬先輩は諫める。
一方で、阿部倉さんのほうを見ると、清水先輩の動きを見て固まっていた。
「阿部倉さん?」
私の存在に気付いた彼女は、さっと手元のものを隠した。
「ほら、清掃の点検も終わったから、帰るよ」
高瀬先輩はそそくさと行ってしまいそうになる。元気が「ちょっと待ってください!」と追いかけた。
「あ、そうそう、自分の絵を、見られたくなかったんだよね。だって校舎の構造とかを描いているから」
高瀬先輩は美術室から出ようとする間際にこう言った。
阿部倉さんは顔を上げた。ぽかんとした顔をしている。
「どういうことですか?」
「彼女は建物の構造を観察して描いていたんだよ。宿題をやっているように見せかけたのは、見て描いているのに自分自身でうまくかけたと思えないからだ」
「ああ、雨の日は校舎がよく見えないからすぐ帰っちゃうんですね。校舎が見えなければ意味がないから」
そういうものなのかな、という疑問もあったけれど、阿部倉さんがからくり人形のようだけれど、頷いているのだからそういうことなんだろう、と思うことにした。
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