Draw Dream 2
依頼が来たのは夏休みが始まる1週間前だった。金田真知というおとなしそうな女の子だった。彼女はたどたどしいしゃべり方ながらも、丁寧に話してくれた。
「美術部ってあんまり厳しくしない部だし、部員じゃなくても授業の続きをやる人もいるの。だから部員が部活をやらない人たちを引き連れてたまり場みたいになっちゃったことがあって。うちの学校って退部ができないんだって。絵も描かないのは邪魔だからってことで、絵を描かないなら帰宅するっていうルールになったの。
部員じゃない人たちを追い出すことはできたし、前よりも絵をしっかり描いているんだけど、部員の中で1人だけ未だに絵を描かない部員がいてね。
阿部倉透花って知ってる?」
「知らない人ね」
美緒ちゃんは答えた。私のほうを見る。
「同じクラスだから知ってる」
彼女はおとなしい人で、仲のよさそうな友達と一緒にいたりするけれど、基本的には1人本を読んだり、勉強をしていたりする。授業も時々船を漕いでいる時はあったけれど比較的真面目に受けているし、掃除や当番はきちんとやるので、少なくとも自分勝手な行動をしたり、ルールを破ったりするような人ではないと思う。
「それにしても、美術部で絵を描かずにその阿部倉さんは一体何をしているの?」
美緒ちゃんがため息をついた。
「宿題してたり、窓の外眺めていたり――どっちかが多いかな。それでも時々人のアタリを描いていたりするんだけど……」
「阿部倉さんは、絵が好きじゃないの?」
「透花は絵が好きだと思う。とても上手なの。でも、元々あまり美術部に興味を持っていなかったから……」
金田さんは黙りこくった。
「興味がないのならもう来ていないんじゃないかしら?」
「そう、だよね。でも、それなら何のために来ているんだろう」
3人とも答えを発しなかった。
「今日、様子を見に行っていい?」
「それは構わないよ。ただ、絵を描かないなら中にはいられないと思うけれど……」
金田さんが私たちを交互に見ると、美緒ちゃんは言った。
「絵を描いていればいていいのよね? ちょうど夏休みの宿題にポスターが出ているのだから、ポスターをやりつつ、阿部倉さんの様子見をすればいいんじゃない?」
「それってありなの?」
金田さんに確認する。
「美術部じゃなければありだと思うよ。ただ、すごく人に絵を見られるけど」
「決まりね」
美緒ちゃんの一言で放課後、阿部倉さんの様子を見に行った。
私と美緒ちゃんの2人はポスターの構図を描く、という名目で、私たちはそれぞれ前から5番目の窓際の列とその隣に陣取った。金田さんは阿部倉さんの隣の隣に座って、他の美術部の子たちと絵を描いている。
私たちはちらちらと阿部倉さんの様子を伺いながら絵を描き進めていった。
阿部倉さんは理科のプリントと数学のワークを取り出して机に並べた。理科のプリントは今週の宿題で、数学のワークは夏休みの宿題になる。彼女はせっせとワークをやり始めた。
私たちももらったコピー用紙に下書きをしていく。緑化運動や交通安全などいろいろあるけれど、何のポスターを描こうか。隣を見ると、美緒ちゃんは四角形を描いていた。
周りを見渡すと、絵を描いているけれど、仲間内で集まって小さい声ながらも話をしている。金田さんはこちらや阿部倉さんの方を気にかけながら絵も進めている。集中して絵を描いているのは真ん中の列の1番前にいる、部長の
窓の外はレンガタイルの中庭がある。今はソフトテニス部の1年生が素振りをしている。コートが狭いので、中庭を1年生の練習場所として使っているらしい。
とんとんと指で突かれたので美緒ちゃんのほうを見る。後ろには人が立っていた。
「授業の絵、描きに来たんじゃないの?」
そう言われて、自分の手元を見る。まだ白紙のままのコピー用紙に焦る。
「すみません。授業の絵は終わっていて、ポスター、何描こうかなって考えていて――」
「あ、ポスターかー」
「自由画以外なら作品集とかあるけど」
美術部の先輩らしき人がファイルを持ってきてめくる。確かにどれも参考になるような作品ばかりだった。
「もう時間だから行くねー」
「バイバイジュンちゃん」
こんな感じでほかの部員は帰っていく。やがて部活動の終了時間になった。阿部倉さんは結局ずっと宿題をしていた。夏休みが始まるまで、阿部倉さんはとある1日を除いてずっと同じようなことをしていた。その日は1日中雨が降っていて、20分ほど宿題をした後すぐに帰ってしまった。
そして、夏休み初日の昨日。美術部は決まった活動日以外は自由参加になったらしい。様子を見続けることを決めた私たちは、研究部の話が終わるとすぐに美術室に向かった。阿部倉さんの姿はなかった。私たちが来たことに気づいた金田さんが美術室から飛び出してくる。
「来てたんだよ、今日も。さっきまでいたのに帰っちゃった」
「どんな様子?」
「来て早々窓の外を見てね。少しぼーっとしていたんだけど、席について、ワーク広げて、時々窓の外見ながらワークやってた。それで、私が
「10時くらいまではいたってことよね」
美緒ちゃんが美術室の時計を覗き込む。
「うん。今日は活動日じゃないから、もしかしたら宿題のポスター描くかなって思ってたんだけど」
活動日以外の日は宿題のポスターを描いてもいいことになっているらしい。実際、金田さんたちの席には例のファイルが置いてあった。
「どうしたの、真知」
「思ったけど、その2人は絵を描きに来てるんだよね?」
金田さんとよく一緒にいる女子2人、
「もしかして、透花のこと?」
浅木さんが聞く。若林さんが気付いたかのように「あー」と首を動かした。
「真知、いくら何でも詮索なんてやめなよ」
若林さんは言う。
「そうだよ。そりゃあさ、バレバレだけど」
浅木さんと若林さんの2人は金田さんの肩をたたく。金田さんの顔が曇る。
金田さんはうつむいて美術室に入っていった。私たちは立ち去った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます