第27話 えんだー

「真山君、じゃあ、ホテルまで送っていくから」

「い、いや、これ以上、ご迷惑をかけるわけには──」

「いいからいいから」

 多恵にそう言われ、迷惑ばかりかけて、申し訳なく思うと同時に、さゆりの家族は、なんと優しく温かい家族なんだろうと、梅次は思った。勝手にやってきたにもかかわらず、ホテルまで送り届けてくれるなんて。

 多恵にしても、梅次の行動は少々行き過ぎた感があったとはいえ、妹さゆりのことを想ってくれている。自分にはいない、可愛い弟のようにも思えたので、梅次を無下にはできなかった。

 さゆりの家を出ようとソファを立った梅次は、しばらくの間、さゆりの部屋の扉を見つめていた。もうこれで、さゆりちゃんとはお別れだ。きっぱり忘れなければならない。しかし、今後さゆりがどんな人生を歩むかわからないが、さゆりには幸せになってほしいと願った。残念ながら、幸せにするのは自分ではなかったが、彼女が誰と結婚しようと、幸せになってほしい──そう願いながら、さゆりの部屋の扉から目線を落とし、さゆりの家を出た。

 家の外では、徹があの時のように、クルマを用意してくれた。助手席に多恵、後席に初枝と梅次を乗せて、梅次の宿泊しているホテルへ向かって、徹のリンカーン・コンチネンタルは走り出す。

 流れる沖縄の街の景色をぼんやり見ながら、やっぱり、沖縄ってアメリカンだなと梅次は思った。ふだん梅次が暮らしている街とは、まったく雰囲気が違う。梅次にとって沖縄は非日常であり異世界であり、夢の中のようだ。そうだ、きっと夢を見ていたのだ。夢の終わりはハッピーエンドではなかったが、とても幸せなストーリーの夢だった。こんなに温かい人たちと出会えて、生涯をかけようと思えるほど好きな女の子と出会えて、とても幸せな夢だった──梅次は、そう思うことにした。


「おなか減ったでしょ」


 ふいに、梅次は初枝にそう言われ、「あ、はい」と答えてしまった。


「じゃあ、あそこのエンダーに入ろうか」


 多恵の言葉に徹は頷き、ハンバーガーショップのA&Wの駐車場へとクルマを停めた。

 店内へ入り、それぞれ注文したセットを、四人が座るテーブルまで、多恵と徹が運んできてくれた。


「これ、僕の分の……」


 そう言って、梅次は、自分のセットの代金を、マジックテープのバリバリ財布からだし、初枝に差し出した。


「こういう時は大人に甘えて、ごちそうさまって言っとけばいいのよ」


 初枝は微笑みながらそう言い、代金を財布にもどすように促した。

 それは、とても心地よいお説教であり、梅次はその気持ちに甘えることにした。

 A&Wは沖縄にしかなく、梅次が今まで食べてきたどのハンバーガーよりも美味しかった。実際、本土のハンバーガーチェーン店のものよりパテが肉厚で美味しかったのだが、もしも、さゆりと結婚できていたら、こういうさゆりの家族と一緒に食べるシーンが日常としてあったのだろうな──そんな妄想がスパイスとなり、格別美味しく感じたのかもしれない。

 せっかく、初枝や多恵と食事をしてるのだから、家族しか知らないさゆりのことを色々と聞きたいところだが、梅次は敢えてそれをせず、もくもくとハンバーガーを食べた。さゆりを知れば知るほど、彼女への想いが大きくなって、気持ちに踏ん切りがつかなくなるような気がしたのだ。

 多恵は、自分に弟がいたなら、こんな感じなのかな──そんなことを思いながら、ハンバーガーを頬張る梅次を見ていた。


 食事を終え、再び徹のクルマに乗って、ホテルへと向かう。

 車内で色々と話をしたが、梅次はあまり覚えていなかった。それは、この車内での幸せな時間と、ホテルに着いてから、母から怒られるのだろうな、という憂鬱の狭間でストレスが生まれ、脳の海馬がうまく働かなかったのか。とにかく、A&Wでの食事の記憶しか残っていなかった。

 いよいよ、梅次の宿泊しているホテルの駐車場に到着した。


「じゃあ……ここで、帰るね。ホテルまで行かなくて、大丈夫だよね?」


 多恵は、助手席のウィンドウを下げ、梅次にそう言った。


「はい、大丈夫です。ご迷惑おかけしました。ありがとうございました」

「じゃあ、元気でね」


 多恵はそう言って、手を振った。梅次は、3人それぞれにお辞儀し礼を言って、走り去るリンカーンを見送った。そして、あぁ、これで本当に終わったんだな、俺のさゆりちゃん──梅次はそう心で呟き、ホテルのエントランスへと入っていった。


 梅次は、家族と宿泊してるホテルの部屋に戻るのはバツが悪かったが、戻らないわけにもいかないので、わざと不機嫌を装って部屋へと入っていった。部屋には母の英子だけがいた。父と弟妹たちは、プールにでも行っているようだ。また母のお小言を聞かなければならない、と思ったが、意外にも、英子は説教じみたことは何も言わなかった。


「ちゃんと謝ってきたか?」

「……うん。ホテルまで送ってきてもらった。……ハンバーガー、ごちそうになった」


 とつとつと、梅次は英子に報告した。それ以上、英子は何も言わなかった。

 その夜、レストランで食事をした後、ホテル内のショップで土産物を家族で見ていると、英子はクリスタルの花瓶を指差し、梅次に言った。


「これ、ご迷惑かけたから、お姉さんに贈っとこうか」


 梅次は英子に対し、とても申し訳ない気持ちになった。そして、我が子の過ちをフォローしようとする母の気持ちを、ありがたいと思った。


「うん……ありがとう」


 梅次は素直にそう言った。

 優しく温かいのは、さゆりの家族だけではなかった。自分の家族もまた、優しく見守ってくれてるのだと、梅次は気付いた。

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