第22話 疑心暗鬼
隔月の会報が送られてくるはずの月なのに、会報が送られてこない。おかしいなと思い、梅次はさゆりのファンクラブへ電話した。
「はい、安里さゆりファンクラブです」
「沖村さん、こんにちは、真山です」
「あぁ、真山くん……こんにちは」
「今月、会報が送られてくるはずなんですけど、まだ届かないんですよ。もう発送は終わってるんでしょうか?」
「あのね……もうすぐ発表されるんだけど、さゆりちゃん体調崩して、しばらく休養することになったの。それで、ファンクラブも、さゆりちゃんが復帰するまで、活動休止になりそうなの。ごめんね」
「…………え、え? この前、大阪のラジオ局で会った時、元気そうでしたよ」
「うん、あのあとね、ちょっと……、体調崩したんだ」
「病気、ですか?」
「病気ってわけじゃないんだけど、ちょっと疲れたみたい」
「いつまで休養するんですか?」
「それもちょっと、まだはっきりわからなくて、未定なんだ」
「さゆりちゃん、まだ東京にいるんですか?」
「うん、今は東京の自宅にいる」
「沖村さん、あの……さゆりちゃんの自宅の電話番号、教えてもらえないですか。どうしても、さゆりちゃんと話したいことがあるんです」
「真山くん、それは…………ちょっとできないよ」
「…………そりゃそうですよね。すいません、沖村さんを困らせて」
沖村は、梅次の気持ちがよくわかっていた。もしかしたら、今のさゆりの病んだ気を紛らわせてやれるのは、業界人でない方がいいのかもしれないとも思っていた。さゆりは周囲に心を閉じてしまい、以前のような天真爛漫さがなくなり、あまり誰とも話をしなくなってしまった。しかし、さすがに梅次だけを特別扱いできないし、それ以前に、事務所の人間として、所属タレントの連絡先をファンに教えるなんてことはできなかった。ただ、沖村の気持ちの中で、毎週ファンクラブの電話で梅次と話すうち、他のファンとは一線を画す特別な感情が、彼に対して生まれていたことも確かだった。
「真山くん、あのね……、さゆりちゃんの電話番号を教えることはできないけど、来週の土曜日、お昼過ぎくらいかな、真山くんの家に、さゆりちゃんから電話をしてもらえるようにお願いしておくから、待っててくれるかな」
「ほんとですか!? 沖村さん、ありがとうございます。さゆりちゃんからの電話、待ってます」
今後、さゆりが現場に復帰できるのか、沖村も確信が持てなかった。容態が落ち着いたら、さゆりは一旦沖縄の実家へ帰ることが決まっていた。もしかしたら、そのまま東京の戻ってこないのでは──だとしたら、その前に、梅次にさゆりと話す機会を与えてやりたい。それが、梅次のさゆりへの真剣な想いに対して、沖村がしてやれる最後のことだと考えた。
その夜、沖村は、さゆりの様子を見に、彼女の家に寄った。
細谷に襲われて逃げ帰った日、急遽ロケ地から東京の自宅へ戻り、その夜は戸村が一緒にいてくれたのだが、さゆりが高熱を出して倒れたため、そのまま病院に入院して処置を受けた。次の日には熱も下がって症状が回復して退院したのだが、精神状態も不安定だったので、だれかが交代でさゆりのそばに付いててやることになったのだ。
さゆりはあれ以来、人間不信に陥ってしまった。あの瞬間も、事務所ぐるみで自分に枕営業をさせようとしたんじゃないかと、疑ったくらいだった。
交際していたユーサクに電話をしても、レコーディングで忙しいからと、真剣に取り合ってくれなかった。ファンにも手を出していたユーサクにとって、さゆりは都合の良い女の一人でしかなかったのだ。
はやく沖縄に帰りたいと思っていた。
「さゆりちゃん……具合、どう? 何か食べた?」
「…………うん、ゼリーとか」
「あまり食欲ない?」
「…………あまり、食べたくないかなぁ」
「熱はでてない?」
「計ってないけど……大丈夫だと思う」
すっかり元気のなくなってしまったさゆりの姿に、沖村も悲しくなった。沖縄に帰って、もう東京へは戻ってこないほうが、さゆりにとって幸せだろうと思った。
「さゆりちゃん、再来週、沖縄に帰るでしょ。その前に、お願いしたいことがあるの。聞いてくれる?」
「……なんですか?」
「さゆりちゃんのファンの真山くん、さゆりちゃんの実家まで行った真山くん、いるでしょ? 彼にね、さゆりちゃんから、電話をかけてあげてくれないかな? 今日、彼から電話がかかってきて、どうしてもさゆりちゃんに話したいことがあるから、電話番号教えて欲しいって言われたの。それは教えられないって断ったんだけど、彼、本気でさゆりちゃんのこと好きだったみたいだし、さゆりちゃんから電話してもらえるようにお願いしてみるって、わたし、彼に言ったの。さゆりちゃんの気持ちが無理なら、かけなくてもいい。でも、彼に何か想うところがあるなら、電話してあげてくれないかな」
沖村の話を聞きながら、ぼんやり宙を見つめていた。そして、しばらく間をあけて、さゆりは答えた。
「……いつですか」
「来週の土曜日。土曜日のお昼すぎって伝えてある」
「土曜日……ですか」
さゆりの宙に浮いた視線の先には、梅次が作ったプロレスのマスクが飾られてあった。
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