第20話 心ここに在らず

 沖縄から帰ってきた梅次は、映画のキャンペーンで、大阪のラジオ局へさゆりがやってくる情報を得た。その日、高校の課外授業があったが、途中で抜け出して、ラジオ局で出待ちすることにした。


「俺、ちょっと、抜けるわ」

「どこ行くねん」

「さゆりちゃんに会いにラジオ局まで行くねん。東内もくるか?」

「おー、行く行く」


 梅次は、親衛隊がいた時のために、東内を連れて行くことにした。190㎝近い男がいたら威圧感もあるし、少しは役にたつかもしれない。


「安里さゆり、ラジオ局に何しに来んねん」

「今度、主演映画が公開されるねんけど、それの宣伝を兼ねてゲスト出演やとおもうわ。もし親衛隊がおったら、戦わなあかんかもしらん」

「……え、おいおい、俺そんなん嫌やで」

「なんやねん、お前は体と態度はでかいのに、気は小さいなぁ、相変わらず」


 ゴネる東内を連れて、ラジオ局の玄関までやってきたが、親衛隊はおろか、梅次ら二人以外、誰もいなかった。このあたりから、自分のさゆりに対しての入れ込みようが、特殊というか、他より群を抜いてることを自覚し始めた梅次だった。女の子との恋愛経験もなかったので、好きになった異性とは結婚を考えなければならないという観念が、いつのまにやら梅次のなかで形成されていたのかもしれない。


 番組出演が終わり、ラジオ局のエントランスから、さゆりとマネージャーが出てきた。


「さゆりちゃん、こんにちは!」

「ああ、こんにちは!」


 さゆりは梅次を覚えていてくれた。


「この前、沖縄に旅行いったとき、さゆりちゃんのご実家におじゃましたんです」

「お姉ちゃんに聞きましたよ。真山くん来たよーって。沖縄どうでした?」

「海も空も綺麗で感動しました」

「そうでしょう、わたしもよく沖縄が恋しくなります」

「プレゼント、捨てずに持っててくれたんですね」

「当たり前じゃないですか! 大事にしてますよ。時々被って遊んでます」

「喜んでもらって嬉しいです。あ、プレゼントといえば、このTシャツ、多恵さんにいただいたんです。サインしてもらえますか」

「いいですよ。じゃあTシャツの袖の方を引っ張ってください、そのほうがサインしやすいんで」


 梅次は多恵にもらったオリオンビールのTシャツを広げ、さゆりにサインを入れてもらった。


「じゃあ、お仕事頑張ってください」

「はい、いつも応援ありがとうございます。じゃあまた」


 そう言って、さゆりとマネージャーはタクシーに乗り、次のキャンペーン先に向かった。


「さゆりちゃん、さっきのファンの子、知ってる子なんだ」

「うん、沖村さんとよく電話で話すみたい。この前も映画のロケ現場まできてくれたの。誕生日プレゼント持ってきてくれて」

「へー、沖村さんと……。でも、さゆりちゃんの実家にまで行くなんて、ちょっと怖くない?」

「うーん……でも悪い人じゃないと思う」


 さゆりの3代目マネージャーである戸村は、22歳の新人女性マネージャーであるが、梅次の行動が少し行き過ぎてないかと心配になった。しかし、戸村の心配をよそに、さゆりは浮かぬ顔でタクシーの車窓に流れる景色をぼんやり眺めていた。


 さゆりが出演する番組は、多くのアイドルが共演していた。だいたい同じ世代の同じ顔触れが多かったので、彼らは次第に仲良くなっていった。当然、男と女がいるわけだから、交際に発展することもあるわけで。

 さゆりも多分にもれず、ロックバンドRUSHのボーカル・ユーサクと恋愛関係になっていた。それはまるで、姉の多恵が帰郷してぽっかり空いた寂しさの穴を埋めるように。

 RUSHが全国ツアーで沖縄へいった際には、さゆりはタクシードライバーである父親の秀峰に、バンドメンバーを空港まで迎えに行ってもらえるよう手配するなど、家族にもユーサクとの関係は、それとなく伝わっていた。

 さゆりの仕事は多忙を極めていた。ドラマの撮影、バラエティ番組、そして完成した映画のキャンペーンの為に、全国を飛び回る日々。

 もともとは歌手になりたかったさゆり。確かにメジャーレーベルであるビクトリーレコードから2カ月ごとにシングルは発売しているし、LPだって2枚発売された。しかし、ビクトリーレコードは、さゆりの同期アイドルの奥田真理子を推しており、さゆりの曲はヒットチャートにランクインするには至っておらず、女優業の比率が高くなりがちであった。

 群雄割拠のアイドル界。プロダクションとしては、息長く活動できるようにとの思いから、歌一本ではなく、女優としての仕事もとってきていたが、徐々にさゆりの思いとの齟齬が生じはじめていた。

 そんな時、事件は起こった。

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