第18話 はいさい沖縄

 南港を出航してから2日目の朝、梅次ら3人は、初めて沖縄の地を踏んだ。

 バスに乗ってホテルまで行き、荷物を部屋へ置いて、早速ホテルのアクティビティに参加した。離島まで行き、そこで自由な時間を過ごす。

 小型ボートに乗せられ、到着したのは小さな無人島であった。海はまだ少し冷たく感じたが、泳げなくはない。バナナボートもなにもないが、梅次ら3人は、しばらく無人島での海遊びを楽しんだ。

 今まで見たこともない空や海の蒼さ、降りそそぐ陽の光。こんな素敵な環境で生まれ育ったさゆりを、梅次は羨ましく思った。その反面、現在の東京での暮らしが、さゆりにとってストレスになっていないか心配にもなった。というのも、映画のロケ現場で、間近で見たさゆりの肌はかなり荒れていたのだ。年齢的にニキビができてもおかしくないが、年相応のそれではなく、吹き出物と言ったほうがよさそうな、あきらかに疲れによる肌の荒れ具合であった。

 今の自分には、さゆりの心を癒してやる術がないことが歯がゆい梅次だった。


 無人島から本島にもどって昼食をとったあと、樋山と磯部より一足先にホテルへ戻った梅次は、電話をかけることにした──さゆりの実家へ。

 いきなりかかってきたファンを名乗る男に対して、さゆりの家族がどんな反応を示すかなど考えもしなかった。そうそう沖縄も気軽に来れる場所でなかったし、とにかくどんな些細なチャンスも逃すまいと梅次は必死で、客観的な視点を持つことができなかった。

 失敗は許されない。梅次は、電話口で慌てないように、自分が話す内容、受け答えの想定脚本をノートに書いた。何度も自分で書いた脚本を音読し、決断がついたところで電話をかけることにした。

 0、9、8──あ、沖縄県内にいるのだから、市外局番は必要ないのだ、と気がついたが、かまわずプッシュを続けた。ここで中断すると、再びかけ直すのに、かなりの勇気とエネルギーが必要になると思ったからだ。

 全ての番号をプッシュし終えた。1度目のコールが終わり、2度目のコールが鳴り始めた時、3度目で一旦切って仕切り直しをしようと考えた梅次だったが、幸か不幸か、2度目のコールが終わる前に、向こうの受話器があがった。


「はいもしもし、安里ですが」

「あ、あの、わたくし、さゆりさんのファンで真山と申しますが、関西の方から友達と沖縄に旅行に来てまして、できましたら、ご家族にお土産をお渡ししたいと持って来たのですが、明日お伺いしたらご迷惑でしょうか」


 電話にでたのは、若い女性の声だった。おそらく、どちらかのお姉さんであろう。梅次は、そのとき彼が考えうる、最大限の丁寧な言葉を使い、可能な限り滑舌よく話した。印象良く思われたかったのだ。

 梅次のフローチャート式脚本に書かれたパターン1は、「いいですよ」と、すんなり許可されるパターンであるが、拒否された場合はパターン2に進み、お土産を玄関に置いて行っていいか許可を得るつもりだった。梅次の想定では、当然パターン2に進んでいくであろうと思っていたが、返事は意外にも1のほうであった。


「んー……そうですか。わかりました。明日、何時に来られますか?」

「あ、はい、えっと、朝の11時頃は大丈夫でしょうか?」

「11時ですね。場所はわかりますか?」

「はい、宜野湾市○○ですよね」

「タクシーで来るなら、パイプラインへ、と言えばわかります。宜野湾シューズって靴屋さんがありますから、その横の道を入ったところです」

「ありがとうございます。では、明日の11時に伺わせていただきます」


 あまりにもすんなり受け入れてもらえた梅次は、少し拍子抜けしたが、明日、さゆりの家族と会えることを考えると、ソワソワして落ち着かなかった。部屋の中を、意味もなく右往左往を繰り返していた。

 しばらくして樋山と磯部がホテルの部屋に戻って来た。


「あのな、明日の午前中、ちょっと、さゆりちゃんの家いってくるから、二人で行動しといてくれる?」

「ああ、そうなん。わかった」


 樋山があっさりと返事した。世間ではメジャーになりきれてない安里さゆりも、梅次のクラスでは認知度80%といっても過言でないくらい、梅次のさゆり好きは知れ渡っていたので、樋山は特に驚いた反応も示さなかった。

 その夜、梅次は明日の準備をしながら、沖縄県の都市地図でさゆりの家への経路を入念に調べていると、なかなか寝付けなかった。

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