第17話 飛龍
さゆりと急接近し、恋人にでもなったかのような勘違いをしはじめた梅次は、もっとさゆりを知りたいと思うようになった。雑誌やテレビ、ファンクラブから発信される情報だけでは飽き足らず、彼女の生い立ち、家族についても知りたいと思うようなった。
梅次は、さゆりの家族がテレビ出演した番組で、彼女の父親の名前を記憶していた。当時は現在のような個人情報がうるさく言われる時代ではなく、情報はダダ漏れの時代であった。携帯電話など存在せず、家庭の固定電話と公衆電話しかなかったのだが、電話加入者には地域の人名別電話帳が、電電公社(現在のNTT)から各家庭に配られていた。そして、地域の大きな電電公社インフォメーションセンターには、全国都道府県の人名別電話帳が揃えられており、人名さえ知っていれば、電話番号だけでなく住所まで知ることができたのだ。
梅次は大阪にあるインフォメーションセンターへ行き、沖縄県の電話帳の中から「安里秀峰」を探した。同姓同名が複数名あると、サラ・コナーを探すターミネーターのように順番にあたっていかねばならないが、「安里秀峰」は一人しかいなかった。
梅次は、電話番号と住所をメモして家に帰った。
次の日、梅次は、ゴールデンウィークに旅行の計画を立てた。行き先は、もちろん沖縄だ。一人で行くといえば親が不審がるので、同級生を巻き添えにすることにした。誘いに乗ってきそうな元剣道部の樋山と、帰宅部の磯部を誘うことにした。二人ともクラブ活動をしていないので、断られる確率が低いと読んだのだ。
「樋山、ゴールデンウィークに沖縄行かへん?」
「沖縄なぁ。別にええけど」
「磯部は?」
「ゴールデンウィークかぁ」
「なんも予定ないくせに」
「あほ! 予定……ないな。ないわ」
「じゃあ行こや」
「まぁ、行ってもええけど。じゃあ、行こか」
予想通り、二人は旅行に同意したので、あとは、クラス担任の許可を得るだけだ。
梅次の高校は、何かと許可が必要で、旅行へ行くにも申請書を提出し、羽目を外さないことを約束させられたうえで、許可される。幸い、担任の羽田は寛容な性格だったので、特に面倒なく旅行の許可がおりた。
3人で旅行計画を立てることにしたが、高校生でお金もないので、まずは格安プランであることが必須条件だ。今ならLCCという選択になるが、当時はLCCなど存在せず、沖縄への格安プランとなると、フェリーを使うことになる。しかし、大阪から沖縄まで片道2日間かかり、往復で4日間潰れるとなると、ほとんど沖縄での滞在時間がなくなるので、往路だけフェリーを使い、復路は飛行機を使う4泊3日のプランにした。これだと、フェリーは出航二日後の朝に那覇に着岸するので、2日半ほど沖縄で観光することができる。
プランも決定し、旅行会社に代金を支払って、旅行準備は完了した。
ゴールデンウィークを迎え、梅次たち3人は連休初日の夜、フェリーターミナルのある大阪南港へ向かった。
3人が乗り込む船は、飛龍というフェリーだ。
チケットを渡し、フェリーに乗船して自分たちの客室を探す。乗務員に聞いて案内された部屋は、2段ベッドが二つ設置された個室であったが、格安プランのため、タイタニックのディカプリオよろしく、窓もない閉鎖的な空間の船室であった。
荷物を部屋に置き、とりあえず船内でも散策するかと廊下に出ると、まだ出発前だというのに、ロビーに設置された灰皿に吐瀉物があった。不吉な予感がした3人は、すぐに酔い止めを服用した。
大阪から沖縄への航路は外海を通るため、船は揺れる。案の定、出航してしばらくするとフェリーは揺れはじめ、酔い止めを服用していても、なんとなく胸やけするような不快感を覚えた。その日は薬のせいか、3人とも、すぐに就寝した。
「おくしまやで」
樋山の声で、梅次は目を覚ました。
「おくしま?」
「さっき、おくしま通ったで」
「それ、やくしまのこと?」
「あ、やくしまやくしま」
屋久島のことであった。梅次は、樋山が剣道部で面を打たれ過ぎてバカになったんじゃないかと心配になった。
屋久島を通過したということは、航路の半分くらい来たことになる。
梅次はデッキへ出てみた。空はどこまでも蒼く晴れわたり、船首で切り裂かれた海は白い泡となり、波にのまれては消えていく。
全身で受ける潮風が気持ちいい。
舳先に広がる空を見つめ、梅次はさゆりの生まれ育った沖縄の地に、想いを馳せていた。
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