第13話 誕生日プレゼント
走るさゆりの後ろ姿を、梅次は懸命に追いかけた。
さゆりはどんどん離れていく。
距離が縮まるどころか、さゆりの後ろ姿は、どんどん小さくなっていく。
ふと、さゆりが歩を止め、後ろを振り返って、2歩、3歩と、梅次の方へ近づいてくる。近づいてきたかと思うと、さゆりはくるりと踵を返して再び走り出し、また梅次との距離をとる。
梅次は夢をみていた。さゆりをいくら追いかけても、近づいては離れ、また近づいては離れする夢であった。夢の中で、梅次はさゆりと親しい関係にあったようだ。さゆりは梅次に何か言葉を発していたが、梅次の耳にはとどかなかった。いや、聞こえていたのかもしれないが、思いだせない。
夢の記憶は儚く脆く、一瞬で崩れていく。
来週、さゆりは17歳の誕生日を迎える。梅次は、さゆりへ何かプレゼントをしたいと考えていた。ありきたりのモノを買って贈るというのは、梅次の性に合っていなかった。誰も考えつかず、さゆりにインパクトを与えるものにしたかった。
いろいろと思案した結果、プロレスのマスクを作って贈ることにした。もちろん、さゆりをイメージしたオリジナルデザインのマスクだ。
梅次は元来、手先が器用で、絵を描くことだけでなく、ミシンを使っての裁縫にも長けていた。小学校の家庭科の授業で学んだミシンの技術を、そのまま日常でも使っていたのだ。
デザインから生地裁断、縫製まで、丸1日かかってマスクを完成させた。
さて、それをいつ渡すか。
さゆりの誕生日当日のスケジュールを調べると、映画のロケ日になっていた。さゆりが主演の映画が製作されるのだ。そのロケ地は、中部地方の久万市であることはわかっていたが、具体的には明らかにされていなかった。梅次は、できればそのロケ地へ行って、直接さゆりに手渡ししたいと思った。
ロケ期間は1週間ほどで、梅次が行けるとすると、さゆりの誕生日の2日前、高校が休みである日曜日しかなかった。
とりあえず、場所を特定しなければならない。ファンクラブへ電話して、沖村に尋ねてみることにした。
「沖村さん、こんにちは、真山です」
「ああ、真山くん、こんにちは」
「あのぉ……さゆりちゃんの映画のロケ現場って、教えてもらうことできるんでしょうか」
撮影の邪魔になるからと、断られる覚悟で恐る恐る尋ねてみると、沖村の返事は意外なものであった。
「久万市にある、久万研修センターという場所でやってるよ」
「それって、撮影を見にいっても大丈夫なんですか?」
「うん、撮影の迷惑にならなければいいと思うよ」
「ちょうど、さゆりちゃんの誕生日だから、プレゼント持って行きたいんです」
「あ〜、なるほど。さゆりちゃん喜ぶと思うから、行ってあげて」
これで誕生日プレゼントを直接渡せる可能性が出てきたことに、梅次はとても興奮していた。日曜日なので、他にもファンがいるかもしれないし、親衛隊が来ているかもしれない。しかし、それらの障害を乗り越え、なんとかしてプレゼントをさゆりに手渡ししようと、梅次は覚悟を決めた。
映画のロケ現場へ行く当日、梅次は朝の7時に起きて準備をしていた。彼なりの精一杯にお洒落な紙袋に入れたさゆりへの誕生日プレゼントも、カバンの中に忘れず入れた。
ロケ現場である久万研修センターへ行くには、特急や急行電車を2時間半ほど乗り継いで久万駅まで行き、そこから歩いて久万研修センターまで行く。あらかじめ久万市の都市地図を本屋で購入し、念入りに徒歩ルートは確認していた。しかし、一体どれくらい歩かねばならないのか想像もつかなかった。
高校生の梅次は自動車はおろか、バイクの免許も取得していなかったので、電車と徒歩で行くしかなかったのだ。研修センターは山の中の辺鄙な場所にポツンとあったので、バスなども走っていない。とりあえず、久万駅まで行ってから考えることにした。
自宅の最寄駅で切符を買い、特急電車に乗り込んだ。流れる窓の景色をぼんやり眺めながらも、さゆりに会った瞬間の妄想が、梅次の脳を支配していた。
たくさんのファンが遠巻きに撮影風景を眺めている。その人垣の隙間から、演技するさゆりを探す。監督の「カーッツ!」の声で、撮影は休憩に入る。いつ来るかわからないその瞬間がくるまで、ひたすら待ち続ける。
さゆりを見つけた。ファンの声援に応えるように、彼女はこちらへ小走りで近づいてくる。
「さゆりちゃん、誕生日おめでとう! これ誕生日プレゼントです、受け取ってください!」
親衛隊のガードに抵抗しながら、プレゼントを持った手を伸ばし、さゆりへと渡す。さゆりは「ありがとう〜!」笑顔でそう言って、プレゼントを受け取る。
目の前の景色の流れが徐々にゆっくりとなり、流れに慣れた梅次の目に映った看板には、「久万」という駅名が書かれていた。
梅次は妄想をやめて降りる準備をし、久万駅へと降り立った。
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