第12話 ひとりぼっち
さゆりの歌手としての実力は、決して下手で音痴というわけではないが、歌唱力抜群の実力派というわけでもなく、当時のアイドル相応と言ったところだろうか。
まだ、メジャーなテレビの歌番組にはチャートインしていなかったが、さゆりは歌手活動を楽しんでいた。歌手になれたことが嬉しかったのだ。
場数を踏んでいなかったので、テレビ収録などで緊張する場面もあったが、しだいに現場の雰囲気にも慣れ、同年代のアイドルの友達もできはじめた。
当時のアイドルは、新曲を2ヶ月ごとにリリースするのが当たり前だったので、歌手活動の展開がはやく、さゆりもリリースした曲がすでに3曲となり、アルバムも1枚リリースする事ができた。
一方で、テレビドラマの仕事も好調で、ゴールデンタイムでの単発ドラマの主演や、有名脚本家による連続ドラマのレギュラーなど、若手アイドルの中でも注目される存在になりつつあった。
そんな時、ある番組のコーナーで、さゆりが特集される事になって、彼女の仕事についてや、プライベートな一面も紹介された。番組内では沖縄の家族も紹介され、両親と2人の姉も登場した。
「もー、さっきまであんなに喋ってたのに、なんでカメラの前だと静かになっちゃうのよー」
さゆりが笑いながら家族につっこみ、みんなが笑う、という和やかな場面など、末っ子らしい彼女の自然体の姿が、テレビ画面に映し出されていた。
番組収録が終わり、撮影クルーが撤収したあと、さゆりは家族との久しぶりの時間を過ごした。
「仕事はどう、辛くないの?」
「大丈夫だよ〜。また来月も新曲出るし、みんなの前で歌えるのが嬉しいの」
「つらければ、帰ってきていいんだよ」
「大丈夫だって、心配ないから、ね!」
さゆりの父親である秀峰は、さゆりの芸能界入りを、最後まで反対していた。
さゆりがスカウトされた時は、ウチナー(沖縄)での撮影ということで、とりあえず許可したが、上京するという話になった時、ひとり頑なに反対した。3姉妹の末っ子ということもあり、秀峰はさゆりを特別かわいがっていたし、当時、さゆりはまだ15歳だったのだ。
母親の初枝や2人の姉は、せっかくのチャンスだし、やってみればいいじゃない、というスタンスだったし、なによりも、可愛いさゆり本人の強い希望があった。
最終的に、女性陣に押し切られたかたちで、渋々であるが、秀峰は、さゆりの芸能界入りを許可した。
さゆりは家族に心配かけまいと強がってみせたが、現実の彼女のスケジュールはタイトであった。
ドラマの撮影は拘束時間が長く、深夜に及ぶこともしぱしぱあった。それが有名脚本家のドラマの端役ともなると、大御所のメインキャストのスケジュールに合わせなければならない。現場での緊張感はハンパなく、16歳の新人女優であるさゆりが、ストレスを感じていないはずはなかった。
それに加えて、はやいペースで新曲を出しているので、歌や振り付けのレッスン、そしてキャンペーンで全国を飛び回る日々だった。まさに寝る暇もなかったのだ。
実際、東京で一緒に暮らしている姉の多恵に対して、八つ当たりすることも、しばしばあった。
「おかえり、遅かったね」
「うん」
「今日、高校行ったの?」
「行ったよ」
「高校の後、どこかに寄ってたの?」
「仕事だよ。ドラマの撮影あるって言ってたでしょ。もー、いちいちうるさいなぁ」
「なにイライラしてるのよ。さゆりが自分で芸能界に入りたいって言ったんじゃない。だから私たちや母さんは応援してきたのに、そんなにつらいなら辞めて沖縄帰ったら? お父さんも喜ぶよ、きっと」
「つらいなんて言ってないでしょ! 今日は疲れたし、もう寝る!」
さゆりの帰りが遅くなっても、多恵は寝ずに待っていてくれる。そんな多恵に対して、仕事でのストレスをぶつけてしまう自分が情けなかった。申し訳ないと思っていた。しかし、自分の素を出して甘えられるのは、このとき、多恵しかいなかったのだ。
次の朝、反省した彼女にできることは、「昨日は、おねえちゃんに八つ当たりしてごめんね。許してちょ!」と、壁につるしたホワイトボードにメッセージを書いて、間接的に謝ることくらいだった。それを読んだ多恵が、「しょうがないな、まったく」で済ませてくれていた──いままでは。
多恵には沖縄にフィアンセがいて、この春に結婚する予定なのだ。多恵は、今の状態のさゆりを、一人で東京に残して沖縄に帰るのが忍びなかった。結婚をもう少し待ってもらおうかとも考えたが、さゆりのお目付役として上京することを理由に、すでに彼には昨年から待ってもらっていたのだ。これ以上は待たせるわけにもいかず、さゆりも「ヘッチャラだよ!もう東京も慣れたし、お姉ちゃん、沖縄帰って結婚して、幸せになってよ」と言ってくれていた。
「本当に大丈夫なの? お姉ちゃん、帰っちゃっても」
「うん、心配しないで。さゆりも、もう大人なんだし」
「どこが大人よ、すぐにふてくされるし、片付けもしないし」
「だいじょうぶだって。環境が人を育てるんだよ。お姉ちゃんがいなくなったらなったで、ちゃんと成長できるんだって、さゆりは」
「ほんとかなぁ、まだまだ甘えん坊の子どもだよ、お姉ちゃんからしたら、さゆりは」
「だいじょうぶだいじょうぶ!…………お姉ちゃん、1年間ありがとう。さゆり、頑張るから」
多恵は東京を離れ、沖縄へと帰っていった。
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