第11話 敗北

 送ったリクエストハガキが反映されるであろう日、梅次はミッドナイト・リクエストの放送が始まるのをドキドキしながら待った。放送時間は深夜の午後11時から午前3時まで、4時間もある。おそらく放送の最後の方は寝てしまうと想定していたので、ラジカセで録音することにした。しかし、リバースで録音したとしても、最大録音時間は2時間である。番組すべてを録音はできない。ということは、午前1時までは寝ずに聴いた上で、そこから録音ボタンを押さなければ、さゆりの曲が流れたのかどうか確認できない。

 梅次の想定では、ランキング20位から順に発表されるので、送ったハガキの枚数を考えても、番組前半で曲がかかるはずだと考えていた。


 午後11時の時報とともに、番組が始まった。オープニングトークのあと、待ちわびたランキング発表だ。


「まずは、第20位から発表です」


 番組パーソナリティの、次の一声を固唾を飲んで聴き入る。


「第20位は──山上達夫の低気圧ボーイ!」


 ──さゆりの曲ではなかった。

 梅次はラジオから流れる軽快なイントロを聴きながら、「ということは、19位? もしくは18位とか!」と、ひとり興奮していた。しかし、19位でも18位でもなかった。そのまま、さゆりの曲はコールされぬまま、15位までの発表が終わった。

 胸に去来するものが、興奮と期待から、懐疑と不安へと変化していくのを、梅次は感じていた。

 不安は的中し、その日、さゆりの曲はベスト20に入っていなかった。

 結局、梅次は最後まで番組を聴いたのだが、さゆりの曲が流れた場合のことを記録するため、ラジカセで録音はしていた。寝ぼけて聴き逃したんじゃないかと、そのテープを再生して確認したが、やはり、さゆりの曲はかかっていなかった。

 次の日も、そのまた次の日も同じで、200枚のハガキは瞬く間に消費された。

 組織票であることがバレて、カウントしてもらえなかったのか? それとも、リクエストを頼んだ友達が、ポストに投函してくれなかったのか? ちゃんと投函したのかと尋ねても、投函したと答えるに決まっている。ラジオ局に電話で問い合わせなどしようものなら、組織票だと白状してるも同じだ。

 いずれにせよ、今回の作戦が失敗した理由を確認する術はなかった。

 さゆりの役に立てると思い、張り切って取り組んだリクエスト作戦なのに、結果が出せなかったことに、梅次はとても落胆した。失敗の理由が判明していれば、反省をふまえて次のチャレンジに活かせる。しかし、それすら分からないのだ。

 テレビで全国放送されていたメジャーな音楽番組でも、さゆりの曲が取り上げられることはなく、彼女が歌うことができたのは、朝早くの子供ショーや、地方局のローカル番組のゲストでの歌唱くらいで、高校生が一人で気を吐いたところで、どうにかなるものではないのは、当然といえば当然であった。


 梅次はファンクラブの沖村に電話をした。


「沖村さん、すいません。かなりたくさんの友達にも頼んでリクエストハガキ送ったんですけど、ランキングに入ることができず、さゆりちゃんの曲、かかりませんでした」

「あぁ、そうなんだ。そんな謝らなくていいよ。こちらこそ無理いってごめんね。頑張ってくれてありがとう」

「また個人的には、これからもリクエストハガキ出します」

「うん、ありがとう。これからも応援してあげてね」


 沖村は、とくに梅次を責めることはなかった。しかし、梅次は、逆にそれがつらかった。

 電話で話しただけの、しかも高校生である一ファンに、貴重な予算の一部を託してくれた沖村に対して、梅次は申し訳ない気持ちでいっぱいだったのだ。彼女の期待に応えられなかった事が無念であった。なんとかしたいと思っても、自分の努力だけではどうにもならない事がある、その現実にぶつかった高校生は、自分の無力さを感じていた。


 梅次は公衆電話を切ったあと、自宅へもどって茫然としていた。

 しばらくして、思い立ったように、さゆりのレコードをターンテーブルにおき、静かに針を落とした。テーブルの回転とともに、オーディオのスピーカーは、さゆりの歌声を美しく部屋に響かせた。目を閉じれば、その場にさゆりがいるようだ。しかし、この瞬間ときばかりは、ラジオノイズで汚され、遙か遠くから届くさゆりの歌声を聴きたかった──梅次はそう思いながら、いつのまにか眠りについていた。

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