第10話 ビクトリーレコード
さゆりファンクラブの沖村からリクエストハガキを受け取りに行くよう指示されたビクトリーレコード大阪支社は、大阪市中心部より西にはずれたビジネス街にあった。
学校帰りに学生服でビジネス街を歩く梅次の姿は、少し異質であった。
ビクトリーレコードが入居するビルの玄関横には、ショーウィンドウが設置されており、所属歌手によってリリースされた曲のポスターが貼られていた。その中に、安里さゆりの新曲のポスターも貼られていた。梅次はそれをしばらく見た後、エレベーターで販売促進部のある5階へとあがった。
エレベーターの扉が開くと、正面に間仕切りがあり、直接は中の様子が見えなかった。恐る恐る間仕切りの横から事務所内を覗くと、男性一人が電話対応しており、女性二人が事務仕事をしていた。
「あの……すいません、安達さんはいらっしゃいますか」
「はい、わたしですけど」
若いほうの女性が返答した。22、23歳くらいだろうか。小麦色に焼けた肌が印象的で、髪も日焼けのせいか、色が抜けて赤茶っぽい色だった。
「安里さゆりファンクラブの沖村さんから、リクエストハガキを受けとりに行くように言われて来ました。真山と申します」
「ああ、聞いてますよ。こちらへどうぞ」
梅次は応接室へと通され、ソファに座るよう促された。
「高校生?」
「はい、こ、高校一年です」
「わっかいねー。わたくし、安達と申します」
差し出された名刺には、安達舞と書かれてあった。
舞は、梅次がはじめて接する社会人の女性であった。名刺をもらったのも初めてのことで、こういう場合、自分はどうすべきなのか戸惑った。
「あ、あの……、ぼく名刺もってないんですけど」
「そら持ってないでしょ。高校生で持ってる方がおかしいよ。いいよ、いいよ」
舞はそう言って笑った。
「これ、送られてきたハガキです。とりあえず200枚あるんで、お渡ししますね」
「ありがとうございます」
「ラジオにリクエストするの?」
「はい、とりあえず自分と、友達何人かに頼んで、ミッドナイト・リクエストにハガキをだそうと思います」
ミッドナイト・リクエストは、関西で深夜にラジオ放送されるリクエスト番組で、ハガキでのリクエスト数によって、ベスト20曲がラジオで流される。さゆりに限らず、当時のアイドル歌手は、このような組織票が親衛隊などによって送られていた。
「ミッドナイト・リクエストって、何枚くらい送れば、リクエスト流してもらえるんですかね?」
「さぁ〜、どうなんかなぁ。あまりラジオ聴かないからわからへんのよね」
「そうですか。まぁ、とりあえず友達にも頼めるだけ頼んで、ようすを見てみます」
「うん、さゆりちゃんの曲、かかったらいいね。また結果おしえてね」
「はい、また報告に来ます」
梅次はハガキを学生カバンに入れ、ビクトリーレコードをあとにした。
さて、誰にリクエストを頼もうか──バレー部の東内は、悪ふざけが過ぎる時があるので、ハガキに下ネタを書いたりしかねない。ロック好きの仲西は、アイドルのリクエスなんてと、バカにしそうだ。まずは確実にリクエストしてくれそうな、アイドル好きの井坂に頼もう。空手バカの武下と、体操部の瀬水にも書かそう。当然ながら男子校だから、男子ばっかりになってしまう。確率統計学的に男からのリクエストばかりというのも、ちょっと不自然だ。そうだ、小学校時代の女子友達に連絡して、女子数名にも書いてもらおう──梅次の考えうる、確実にリクエストハガキを書いてくれるであろう選抜を頭にめぐらせ、それぞれに依頼することにした。
梅次は、リクエストハガキを書くにあたり、友人の了解を得た上で、映画「太陽がいっぱい」のアラン・ドロンよろしく、自分の字体を崩し、友人になりきった筆跡で10枚ほど書いてみたが、書き終わって見比べると、どことなく自分の字癖が出てしまってる。妙に角張った字や、丸文字で書いてみたりはするのだが、なぜか似たようになってしまい、同一人物が書いたのがバレるような気がした。しかし躊躇してるヒマはない。さゆりちゃんのために、と思う一心で、ハガキを書き続けた。
書いたリクエストハガキは、同じポストから投函すると、同じ消印になってしまって、組織票がバレるんじゃないかと心配になったので、わざわざ違う区まで行って、数枚ずつバラバラに投函した。
万事は尽くした。あとは放送を聴くだけだ。
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