第3話 恋のはじまり

 安里さゆり──それからというもの、梅次は勉強そっちのけで彼女のことを調べまくった。とりあえず次の日、平積みされていた彼女が表紙を飾る雑誌を買うため、いつもの本屋へ学校がえりに立ち寄った。

 一番上に積まれたものは、多くのタチヨミャーによって三角折り目がついて傷んでいるので、4冊ほど持ち上げて中段の一冊を抜き取る。下の方も、店員さんが雑誌の傷みの平均化をはかるために入れ替えてある可能性があるので、中段が無難だ。

 買うつもりもなく立ち読みする奴らは、本の扱いが雑で、雑誌を開ける親指と人差し指に、なんであんなに力入れるかね、というくらい三角折り目をつける。そんな気遣いのできない人間のことを、梅次は心良く思っていなかった。なんでこう、カモメの翼のようにフワッとアーチを描くように優しく指で支えてページを広げられんのかね──と。なかには、自分の荷物を平積みの本の上において立ち読みする人間もいたりして。そういう奴らをみると、ページをめくったときに、カッターの刃のように鋭いサラっぴんのページの下端で指を切って、1ヶ月くらいヒリヒリとした痛みが続き、そのまま化膿して指が腐り落ちて、一生立ち読みができなくなればいいのに、と考えていた。その反面、雑に扱われるから雑誌というのだろうか、などと考えたりすることもあったが、雑に扱うかどうかは自分がカネを払って購入してからのことだろ、バカめ──と、とにかく、この多感な時期の梅次は、あらゆるものに対しての怒りが充満していたのだが、安里さゆりは、そんな彼にとっての癒しになろうとしていた。


 彼女の写っている表紙、グラビアページの状態が良いことを確認し、レジへ持っていく。そこで店員が無造作に親指に力を入れて雑誌に湾曲をつけて紙袋に入れようものなら「チッ!」と思うところだが、とくに癇に障るようなこともなく購入することができた。

 雑誌は、カバンの中の地図帳など大きめの教材を保護材として厳重に包囲し、どんな宅配会社よりも丁寧に自宅までもって帰った。


 自分の部屋に入って制服を脱ぎ捨て、早速雑誌を紙袋から出して表紙を眺める。くりっとした目で、あか抜けない素人っぽい顔立ちが、梅次に妙な安心感を与えた。もしも男女共学の高校だったら、こんな同級生の女の子、いるんだろうな⋯⋯そんなことを考えながらページをめくった。

 男だらけで過ごした中学生活の三年間は、女子生徒がいなくとも、とくに何も不自由を感じていなかったが、あぁ、そういえば女の子って可愛いんだな──梅次はページをめくりながら、女性の存在を思い出すとともに、自分にもさゆりちゃんのような彼女がいたらな──そんなことを、ぼんやり考えていた。


 グラビア最後のページのプロフィールを改めて見てみると、沖縄県出身と書いてあった。あぁ、それでこんなはっきりとした顔立ちなんだ。身長が164㎝──女の子にしては高いほうだな。あ、去年に映画に出てたんだ。観たかったなぁ⋯⋯そんなことを梅次は一人で呟きながら、今後のスケジュールとファンクラブ入会申し込み先を確認した。これからアイドルとしてレコードデビューをするらしくて、デビューイベントなどの詳細はファンクラブの会報などで知らされるようだ。

 当時は現在のようなインターネットなどなく、情報は雑誌紙面や郵便物でしか得られないので、常にそれらに目を光らせておかないといけなかった。そんな中でもファンクラブの会報は、自分の好きなアイドルの情報がいち早くわかる手段だったので、そりゃ入るでしょ、というわけで、梅次は現金書留を用意し、入会金と月会費を入れて、彼女の所属事務所宛てに送ることにした。

 ネットでのカード払いも、コンビニ払いもない時代だ。とにかく何をするにしても時間と手間のかかる時代だった。そんな具合で、今までプロレスに費やされていた梅次のお年玉や小遣いといった原資のすべては、さゆりちゃんへと向けられた。

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