第2話 プロレスからアイドルへ

 梅次が中学二年生のとき、初代タイガーマスクの出現とともに第二次プロレスブームが到来した。力道山時代が第一次で、プ女子も出現した現在のプロレスブームが第三次ブームとなるのだが、第二次は日本のプロレス歴史の中で、特殊な数年間ともいえる。

 第一次の力道山時代は、相撲VS柔道、日本人VS外国人という分かりやすい図式に多くの日本人が熱狂していた。

 第三次の現在は、プロレスというのはショーであるという前提のもと、派手な演出とストーリーで多様な媒体を巻き込んでブームを形成している。

 梅次の熱狂した第二次はというと、まだまだ過渡期で成熟しておらず、新日本プロレスがストロングスタイルという「本気でっせ感」を打ち出したために、プロレスを真剣勝負だと思い込んでいたプロレス信者と、「プロレスは八百長でしょ」という非ファンたちの間で、しばしば論争が繰りひろげられていた。さらには、プロレスファンの間でも、アントニオ猪木の新日本プロレス派と、ジャイアント馬場の全日本プロレス派での「どちらが強いか論争」や、新日分裂騒動、団体間でのスター選手引き抜き騒動など、ありとあらゆる抗争が、プロレス団体やファンの間で勃発していたという混沌としたブームであった。


 梅次が男子校へ通っていたのが原因か否かは定かでないが、女の子との接触もなかったためにプロレスに傾倒してしまい、彼は毎日プロレスのことばかりを考えていた。将来はプロレスラーにでもなろうかと考え、進路指導で担任に「プロレスラーになろうと思います」と宣言したのだが、「お母さん泣いてはったぞ。バカなこと言ってないで、はやく勉強しろ」と諭される始末。

 それでも中二病のど真ん中であった梅次は、放送されるプロレスの試合は全て録画して繰りかえし観たし、出版されるプロレス雑誌は全て買うなど、自分がプロレスラーになることを信じて疑わなかったのだ。

 身長は180㎝もなかったので「タイガーマスクと同じジュニアヘビー級だな。そしたらメキシコでルチャ・リブレ修行に行かされるかも」と考えて器械体操部へ入部したり、彼なりに夢へ向かってまっしぐらだったのだが、高校へ進学したころ、彼にとって衝撃的な事件が起こった。あこがれていたタイガーマスクが引退してしまったのだ。タイガーマスクがいなくてもプロレス自体がなくなるわけではなかったが、彼にとってタイガーマスクがすべてで、四角いリングを変幻自在に飛び回るプロレスに憧れていたことに、梅次は気づいたのだった。

 目標を失い、抜け殻のようになった梅次。しかし、学校帰りに新しいプロレス雑誌が発売されていないか探しに本屋へ立ち寄るというルーティンは体が覚えてる。タイガーマスク引退に関する続報記事が掲載されている雑誌は目を通していたものの、次第にその記事量も減ってくる。興味も薄れる。あてもなく書店内をさまよう。そんな日々がしばらく続いた。


 その日も梅次は学校帰りに本屋へ立ち寄り、ぶらぶらと店内を周回していると、平積みされた雑誌の表紙に目がとまった。セーラー服姿の女の子。ちょうど梅次と同い年くらいだ。とびきり美人なわけではないが、タヌキ顔の可愛い女の子であった。

 梅次は無意識にその雑誌を手に取り、表紙をめくってみると、4ページほどの巻頭グラビアも同じ女の子であった。最後のページにプロフィールが載っており、名前や出身地、スリーサイズ、所属事務所などが記載されていた。


「ふーん……」


 そう独り言をつぶやいて、梅次は雑誌を平積みの上に戻し、家に帰った。


 数日経ったある日の夜、家でテレビをみていた梅次は「あっ……」と思った。アイドルが主演する90分枠の単発ドラマで、ヒロイン役としてでている女の子が、あの雑誌の女の子だったのだ。静止した写真でなく、動いている、そして声を発している彼女をみた梅次は、なんだかモヤモヤしたものを、胸の中というか、頭の中というか、カラダ中に、なんだかよくわからない感覚が発生しているのを感じていた。

 ドラマが終わったあと、食事中も、風呂に入っているときも、ふとんの中でも、ずっと「あの女の子」のことが頭から離れなかった。なんて名前だっけかな、雑誌でプロフィール見たんだけどな……と思うやいなや、梅次はふとんから飛び出てリビングルームへ行き、新聞のラテ欄をみて、ドラマの出演者の名前を確認した。


 安里さゆり


 そうだ、そんな名前だった。ラテ欄には他にも女性出演者名が記載されていたが、あの雑誌の表紙、そしてプロフィールに書かれていたのは、確かこの名前だった。

 梅次のカラダの中に消化不良で澱んでいた「プロレス」は、彼女によって昇華され、入れ替わるように「安里さゆり」が充満した。

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