第17話 過去と赤狐
レイは、手に持った煙草を吸わずに、そこから揺らめく煙をただ眺めている。
「俺がアカギツネをどう思ってるか、でしたっけ。逆に、アカギツネは俺に対してあんな調子っすけども。そもそも、誰かに愛されるとか期待されるってのが、嫌ですよ」
「嫌ですか」
「ええ」
そして、ぽつりぽつりと断片的に昔語りを始めた。
幼い頃のレイ少年は、家族に愛されて幸せな、ごく普通の子供であった。いささか無愛想ではあったが、物覚えが良く色んなことを器用にこなし、両親にとっても自慢の子供であった。徒競走で1番だった、漢字テストで満点を取った、絵のコンクールで入賞した、なんだってできる子供で、両親がそれをよく褒めてくれていた。将来が楽しみだ、なんて言って。
ある時までは。
当たり前だ。成長するにつれて、勉強もスポーツも、美術だって人間関係だって難易度は上がっていく。100点満点や1番タイを取れなくなっていく。少しずつ彼は神童ではなく、凡人になっていく。
レイ本人は、そのことに対して別に落胆しなかった。そんなもんか、と割とすぐに納得した。
が、親はそうではなかった。愛するレイが平凡な少年に過ぎないということを認めなかった。彼のためだと言って、習い事を増やした。背伸びした成績の塾にも入れた。別にやりたくはなかったが、器用だったのでそれなりにはこなせた。でもやはりレイは普通の域を出なかった。
以下、無限ループ。完璧主義な両親は、高望みなレールに無理矢理に彼を乗せようとし続けた。愛するお前のためなんだ、という免罪符を振りかざして。勝手に期待したくせに、そのレールでうまく乗りこなせないと勝手に落胆する、勝手な生き物だった。
家族だけじゃない。友人や恋人だってそうだった。殆どみんなが「無愛想だが、なんだかんだ優しくて、なんだって器用にこなせるレイ」の上っ面だけを仮定して、勝手に自分に期待を抱いてやって来た。それが間違いだったと気づくと、勝手に愛想を尽かして離れていった。
結局は、愛されるとか期待されるとか、そんなものは相手が勝手にやっていることだ。どうせみんな、離れていく。だったらハナから愛されない方がずっといい。
「結局のところ、愛されるのが怖いんですよ」
長い話を終えると、煙草はもう短くなってしまっていた。レイは灰皿にそれを捨てた。
「その点、人間と違って動物は良いですよ。俺らに見返りを求めてこないし、裏切ることもない。期待してこない。まあ、信頼関係はありますが、ただ単に身の回りの世話をしてくれる別の生き物、ってだけっす。動物園の飼育員になれて良かった、と思ってたんすけどね」
「アニマルガールの担当になってしまった、と」
「ええ」
ジャパリパークの採用システムは知らないが、新種のアニマルガールはどんどん見つかっているというし、人手不足で動物担当の志望者がアニマルガールの担当になることもあるのだろう、と考える。
「アフリカゾウは、俺そのものに対してはそんなに興味がなかったから良かった。けれど、アカギツネは何故か俺を好いているらしい。でもその俺は、おそらく本当の俺じゃない。本当の俺を知れば、どうせまた勝手に離れていく。だったら初めから嫌われて、最初から離れられるのと何も変わらないじゃない。これでいいじゃないっすか」
「ちょっと待ってくださ——」
「ちょっと待ってよ!!!」
アカギツネが、立っていた。
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