第16話 反証と干渉
「どうしたんすか、煙草も吸わないのにこんな所に来て」
一人で一服していたところにやってきた突然の来訪者に、いぶかしむ表情を見せるレイ。
「そうですね……。レイさん、あなたに煙草を辞めさせるため、と言ったらどうしますか?」
「はい?」
思わぬ言葉に戸惑っているようだが、僕は言葉を続ける。ここで相手のペースに合わせて自分を消してしまったら、言いたいことが言えないまま機を窺ってばかりになってしまうから。
「以前、会議の後に喫煙所まで案内したことがありましたよね。あの時、あなたは昔から煙草を吸っているって言いましたよね。なぜ嘘なんか吐いたんですか?」
『昔から吸ってるんですか、煙草』
『……、まあ、そうっすね』
「……なんで嘘だと言い切るんですか?」
「ミライさんから伺いましたよ、あなたの以前の担当はアフリカゾウのフレンズだったと。そのうえ、飼育員とフレンズとして関係が良好だったそうじゃないですか」
『彼の前の担当がアフリカゾウさんだったんですけど彼女とも凄く仲が良かったみたいで……』
「それが何か?」
「煙草の匂いはアカギツネでさえ嫌がっていますよ。イヌ科と比べても更に嗅覚の鋭いアフリカゾウさんです、彼女の前でどうして煙草を吸うことができたでしょうか?」
『アフリカゾウの嗅覚は、ヒトの十倍って言われてます。私たちイヌ科のけものの大体二倍ですね。フレンズ化した彼女も鼻が良くて、匂いのキツいものは苦手でしたよ』
「古文のハンゴっすか?」
「ええ、反語です。つまり、あなたは喫煙していなかった」
「……」
沈黙は肯定とみなして良さそうだ。
「では本題です」
「まだあるんすか」
「すみません」
レイの手にある煙草は灰になりきっておらず、まだまだ吸えそうであった。が、彼はそれを吸わないでいる。少なくとも、それが吸えなくなるまでの間はこの推理ショーじみた会話を続けていて良さそうだと感じた。
「あなたが煙草を吸い始めたのはアカギツネの担当になってから。では、なぜそんなことを始めたのか」
レイは何も言わない。
「レイさんは、アカギツネに嫌われたかったんじゃないですか?」
無言のまま、彼は深く息を吐いた。ニコチンを帯びた白い息ではなく、困惑と諦念を帯びた溜め息だ。
「そう考えると辻褄が合うんですよね。アフリカゾウさんの時とは違って、アカギツネに冷たいような態度を取るのも、わざわざヤニの匂いを付けるのも。ただ、その理由は分かりません」
「……これだから、嫌なんすよね」
沈黙の末にレイは言葉を発した。
「なんで、赤の他人の感情に、行動に、口を挟むんすか。放っておけばいいのに」
「それは……」
「なんですか」
少し言葉に詰まったが、それでも言い切る。
「……それは、僕がアカギツネの先生だから」
何事にも悲観的で、何者でもありたくない僕が、ジャパリパークに来て得た、自己の存在証明。僕は、曲がりなりにも、この島にある大学で、フレンズやヒトから先生と呼ばれるような存在で、そのぶんだけ彼らのことを考えて行動するべき者だ。
「アカギツネが悩んでいるのも、あなたの過去も、他人事です。放っておくのは簡単です。むしろ干渉しないほうがいいのかもしれません。それでも、納得できません。あなたら二人が変にすれ違っているのを見過ごすのは、僕自身が納得できません」
アカギツネの想いに応えたい。思考の末の答えは、お節介だった。
どうやら、僕は変わってしまったらしい。面倒事や他人の事に首を突っ込んでいくようになってしまったようだ。常に周りに怯え、必死に押さえ込んで隠してきた自己とか自我とかが、ケーキ屋のレジで微笑む一匹のアニマルガールをきっかけに、溢れ出るようになってしまった。
「ヨウさん、そうやって他人のプライバシーにつけ込むのはアレっすよ、なんとかハラスメントっすよ」
「……ですよね。すみません、調子に乗りました……」
言葉にされると冷静になる。はい、溢れすぎました。首突っ込んですみませんでした。
「だから、今後の面倒を避けるために全部言いますよ、俺がアカギツネについて何考えてるのか」
「え」
「あんたみたいな名探偵に色々丸裸にされるのはゴメンです。だったら自分で話すってだけっす」
実際のところ名探偵なのは、話を聞いただけでレイの過去のヒントを教えてきたリカオンの方であって、立場としては某ミステリーシリーズの三毛猫飼いの刑事同様、あくまでワトソンに過ぎないのだが。
レイはそのことを知るよしもないので仕方ないが……。
とにかく、彼の思いについて、話を聞くことができそうだ。
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