第15話 散歩と煙草

「目の前にそびえるこのビルがここ本町キャンパスの中心で、ラウンジや食堂、多くの講義室や会議室などがあります。早速入ってみましょう」


 うら若き学部生の頃に軽く齧ったジェンダー論の観点からすれば悪い主張かもしれないが、若い女性による案内というのは場を盛り上げる作用が有意に認められる、と改めて思ってしまう。おそらく案内する声のトーン、口調のおかげだろう。

 などと、学生フレンズ代表としてキャンパス内を案内するアカギツネを見ながら、散歩とは全く関係のないことを考えていた。

 いかんいかん。このイベントと、後でレイに話しかけることに集中するべきだ、と自分を律する。


「内部のカフェテリアや食堂は、誰でも自由に利用することができます。食堂は学生生協に加入していないと若干高額ですが、フレンズの栄養管理が最優先で考えられている上に非常に美味しいです。フレンズのみんなも飼育員さんに無茶言って一度食べに来てみてはいかがでしょう」

「食べたーい!」

「ほらサーバルんとこの飼育員の子、お人好しだから頼めばいけるんじゃない」

「こないだお金ないって言ってたですー」

 アカギツネの言葉にフレンズ達が盛り上がっている。飼育員にのしかかる負担はさておき、キャンパス見学はそこそこ盛り上がっている。


 その後もキャンパス見学は順調に進んだ。

 運動場の紹介はコヨーテ以外のフレンズにも受けていた。近所に爆走できる場所があるのは大事なことらしい。

 未来の研究者かもしれない高校生は図書館に目を輝かせていた。一般の図書館とは違って学外の者の入館の手続きは煩雑ではあるが、サンドスター研究の第一線である学術論文誌なんかは普段そうそう手に入るものではないから、無料で読めるのはとても嬉しいだろう。

 木々の生えた休憩所、ちょっとした噴水、サンドスター関連の博物資料館……。

 日頃、学内の者は何も気にせず過ごしている場所。学外の者は気にも留めずに過ごしている場所。いざ案内だ、となってじっくり眺めると、案外面白い場所なんだと理解できる。


 そうしているうちに見学者一向はキャンパスをぐるっと一周し、入り口付近に戻ってきた。

「以上を持ちまして、散歩会はおしまいです。普段なかなか立ち入ることのない大学のキャンパスという場所ですが、入ってみると案外、雲の上の場所みたいな感じではなく、身近なものだったりします。もし興味があったら、またふらっと立ち寄ってみてはいかがでしょうか」

 アカギツネが良い感じの言葉を並べて、締めの挨拶をすると、フレンズ達が声を上げた。

「今度、運動場とか借りてみようかな!」

「木陰のベンチ、居心地が良かったのでまた来るですー」

「次は学食にチャレンジしたい!」

 フレンズ達にとってキャンパスを身近な場所にするという、カコさんの目論見は達成されたようだ。

 こうして、大学という場所の敷居をちょっとだけ下げる「キャンパス見学さんぽ会」は無事に終了したのであった。




 が。しかし。


 ここからが第二回戦だ。

 スタッフが再集合して簡易的な当日反省会を行うまでの十五分、この時間でやっておかなくてはいけないことがある。

 向かうはキャンパスの隅っこにある、先程の散歩会では通らなかった場所。なぜ通らなかったか? それは紫煙の揺蕩う場所だから。


「お疲れ様でした、レイさん」

「……お疲れ様っす」


 喫煙スペースで一人、煙草を指に挟んでいるレイ。なぜ吸わない奴がここに来た、と訝しむような顔をしている。それもそうだが、こちらにも確かめなくてはいけないことがあるから。

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