第12話 紫煙と常連

「無愛想だけど、行動に思いやりがこもってる所が良いの。何かあった時に俊敏に対処してくれるのも格好いいし。あとシンプルに見た目が良いってのもあるわね。

 ただ、一つ気になる点があるとすれば、匂いね。煙草ってやつかしら、あれの煙たい匂いがちょっと不快かも。昔はそんなこと無かったと思うんだけれど」



「動物ファースト」をスローガンとして掲げているこの都市では、煙草は嫌われる存在だ。副流煙による第三者への健康被害、煙に含まれるダイオキシンによる大気汚染、吸い殻のゴミ問題と、ヒトにとっても動物にとっても良いものではない、とされている。匂いが嫌だということでフレンズからも評判が良くない。興味を持つフレンズもいないわけではないが、喫煙には飼育員及び担当獣医の許可証が必要だし、そもそも初等教育を受けるスクールでの授業や講習会などで、真っ黒になった肺の画像を見たら大抵興味を失うそうだ。その辺の事情は以前アカギツネに教えてもらった。

 しかし、ここはテーマパークでありながら一つの街であるため、喫煙者だって存在する。彼らはただでさえ少ない喫煙所で、パークの外以上に肩身の狭い思いをしながら、煙草を吸っているのだろう。

 例えば、すぐ横を歩いている彼のように。



 しばらく無言で歩いていて微妙に気まずい雰囲気になり、耐えきれなくなったのかレイが話を切り出した。

「あの。アカギツネは、大学でもうまくやってますか」

「ええ、授業も熱心に聞いてくれているし、優秀ですし。レイさんのサポートがしっかりしているおかげなんでしょうかね」

「……そんなことは無いっすよ。自分、色んな意味で煙たがられるようなことしてますし」

 上手いこと返してきたが、レイの言っていることも事実だ。確かに、飼育員で喫煙という行為は、褒められたものではないし、一部のフレンズからは避けられている。彼の仕事ぶりが優秀で、担当フレンズから嫌われていないから何も言われていないだけだろう。

「昔から吸ってるんですか、煙草」

「……、まあ、そうっすね」

 左手でぶらぶらと弄んでいるコーヒーの缶に目を向けて彼は続ける。

「あと、アカギツネは、勉強の方はあまり心配してません。それよりも人間関係、っつうか」

 フレンズ関係、とでも言うべきだろうか。別に浮いているということも無いし、休み時間に学生フレンズと雑談しているのを見かけたりもするから、問題は無いと思うのだが、飼育員にしてみれば矢張り心配なのだろう。

「ずっと見ている訳じゃないので確証は無いですが、普通に仲良くやっているように見えますよ。他のフレンズとも、ヒトの学生とも」

「そうっすか。あいつ、他人ひととの距離感にズレた所あるので、ちょっと心配なんっす。他人のテリトリーにズカズカ入っていくんで」

「なるほど。でもそれレイさん相手だからでしょう、きっと。愛されてるんじゃないですか」

 冗談交じりにそう口にした瞬間、肩をぴくりと痙攣させたのが見えて思わずレイを見た。先程自販機の前で見たのと同じ、眉間に少し皺を寄せ、申し訳なさそうなしかめ面をしていた。

 何か言ってはいけないことを言ってしまったような気がして、思わずその場に立ち止まってしまい、喫煙所まであと廊下を真っ直ぐ進むだけの所で無言で佇む二人。再び気まずい空気が流れるが、レイの方が立ち直りが早かった。

「あ、喫煙所の場所分かったので、もう大丈夫っす」

「あっ……そう、ですね」

「どうも、助かりました」

 軽く一礼して、向こうへと歩いて行ってしまった。




 会議室に戻ってきたら、ミライさんが資料を片付けて帰り支度をしていた。アカギツネは既に帰ったようだ。

「あっヨウさん、お疲れ様です。荷物を置いたまま結構長いこと席を外してましたけど……?」

「お疲れ様です、レイさんに道案内をしてまして」

 先程のことを思い出して、ちょっと尋ねてみる。

「レイさんって、その、アカギツネからとても好かれていますよね。さっきも抱きつこうとしてませんでしたっけ」

「ええ、もうそれはそれは、アカギツネさんからスキンシップも積極的にしようとしているのにさっきみたいな感じで躱してるみたいで見ていて本当にもどかしいんですよ、私だったら全力で受け止めて耳から尻尾までモフり倒してしまうところなんですがレイさんはやはり堅実な方のようなのでそういうことはしないみたいなんですけどね、いや本当に羨ましいですアカギツネさんのモフモフのお耳が目の前にあってモフっても絶対怒られない状況なのによくモフらずにいられるなと思いますよ」


 うわ、やばい。なんか急に興奮した顔で熱く早口で語り始めたし、内容が大体モフモフに関することなので、セクハラならぬモフハラに認定されてしまいそうである。


「フレンズさんと仲が良いのは昔からで本当に羨ましいです、彼の前の担当がアフリカゾウさんだったんですけど彼女とも凄く仲が良かったみたいで色々ヒトの文化を教えにイベントとか博物館とかあちこち連れ回してたって聞いてて私もフレンズの皆さんとデートしたいと思ってるんですけどいろんなフレンズさん達と仕事であちこち出歩いてるから実質普段がデートなんですよねってそういうことじゃなくて特定の誰かと親密になってみたいけど皆んな可愛いから選べないと言いますか」

「は、はぁ……」

「私だってフレンズさんからハグとかしてもらいたいんですけど何故か知りませんが警戒されて近づいてきてくれないんですよ、私スキンシップしたいなあと思って」

「あ、あの……。ヨダレ、ヨダレ出てます」

「えっ⁈あっ、お恥ずかしい所を……」

 興奮のあまり爆速マシンガンけもトークをぶちかましたが、一段落ついて冷静になったようだ。ちょっと顔が赤くなっている。

 その後、少し興奮度を下げてけもトークをしてから、ミライさんと別れて帰路についた。避けられてるのはさっきみたいなのが原因なのでは、と言おうかとも思ったが、本人にも多少は自覚がありそうなのでやめておいた。


 帰り道、ずっと考えていた。電車の中でも、降りてからも。こういう時は、歩いて考えるのに越したことはないと相場が決まっているが、まだスッキリしない。

煙草。アカギツネ。レイの言葉。ミライさんの話。

 


 ちゃんと確かめないと、ずっと引っかかったままになる気がする。


 ふと顔を上げる。思考の海に潜っていたら、いつの間にかいつもの場所までたどり着いていたみたいだ。今日はいるかな、と思って店のドアを開けると、「いらっしゃいませ〜」と心地良い声が響く。

「また来たの、ヨウさん」

「ええ」

 リカオンがレジカウンターで頬杖をついている。今日も僕はこのケーキ屋でシュークリームを一つ買う。

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