最終話 だから、あなたをここで殺します
────その日は雲一つない快晴であった。
時刻は正午に近付こうとしているのに、どこの街にも人の姿は見当たらず一切の静寂に包まれていた。
それもそのはずだ。この世界の人々はみんな死に絶えたのだから。
「────」
セレスティア・ヴァレンタインはその光景を無表情に眺めていた。
空色の瞳は濁りきり、真っ白だった髪には血がべっとりとこびり付いている。それどころか頬にも衣服にも体の隅々にまで血痕が付着していた。
ジリアン。カレン。オリヴィア。霧乃。ヘイゼル。因縁の敵を殺し、時には仲間の命まで奪って屍の山を作り上げていって。
その過程で感情も記憶も大切な人も失ってしまって。
セラはただその場に立ち尽くすことしかできなかった。今の彼女は生者に反応するだけの壊れた機械のようだった。心なんてとっくに死んでしまっていた。
このまま彼女の魂が死を迎えるまで間もなくといったところで。
「やっほー、セラ。酷い有様だねぇ✩」
背後から咲良が現れた。
名前を呼ばれたセラはきゅう、と瞳孔を細め振り返る。
曇ったガラスのようなその瞳で、じっと咲良を見つめる。
「…………」
「もう言葉すら忘れてしまったのね。さながら今の君は殺人マシーンといった所かな?」
何も反応を返さないセラの様子に咲良は思わず肩を竦める。
確かに『計画』を進めるためにセラの精神を徹底的に痛めつけた。だがその極致がこんな機械的になってしまうのは予想外であった。そして何より咲良にとってはつまらないものであった。
ここにリコを殺した張本人がいるのである。せめて感情をぶつけ合いたかったのが咲良の本音だ。
だが。
「……あなたも、わたしと同じ」
「お?」
「だから、あなたをここで殺します」
刀を引き抜き瞳に殺意を宿してセラが言う。
その言葉を聞いた咲良は口笛を吹いて上機嫌になった。
「なんだ、喋れるじゃん」
咲良は感心したような声を上げる。
それから二人は口を閉じ、見つめ合う。
訪れる静寂。それは一秒にも満たなかったのか、あるいは数時間もそうしていたのか。
時間の感覚さえわからなくなるほどに二人は視線を合わせて。
同時に、激突した。
両手で刀を握ったセラが咲良の胸に突き立てる。
咲良が右手でセラの衣服ごと突き破って心臓を貫く。
双方の胸に穴が空き、だばだばと大量の血液を流していく。
「ははっ」
咲良が笑ってセラに顔を近付ける。
その頬は紅潮していて興奮気味に咲良は口を開いた。
「いいね。最高だよその目。くすくす、やっぱり殺し合いはこうでなきゃ」
「…………」
咲良の目的は死ぬことである。ならば大人しく殺されるべきであるのだろうが、それはフェアではない。
殺すつもりで来るなら、こちらも全力で殺しにかかる。それこそが真の『殺し合い』であり、ここまで導いたセラが本当に咲良を殺せるのかどうか試す最後の試練でもあるのだ。
咲良の言葉にセラは何も返さず、刀を引き抜いて態勢を立て直そうとする。
だが、がしりと咲良の左腕が刀身を掴み、胸に貫いていた右腕を引いてその場から一本のナイフを出現させた。
そしてナイフを掴むや否やすぐさまセラの右目に突き刺す。
ぐじゅり、と眼球が潰れていく感触。そのまま奥深くまで刺さり、こつりと前頭骨にまで届くのを感じる。
たとえ憎しみに身を焼いていたヘイゼルであっても、この苦痛は耐えられないであろう。『痛み』こそが不死者を殺す毒となるのだから。
だが。
「────」
「っ!? 嘘、でしょ……!?」
セラは表情一つ変えることなく咲良の右腕を切り落とした。
その様子に咲良は息を呑み、戦慄する。
今の痛みは咲良ですら味わいたくないほどの激痛を伴うはずだ。それをいとも簡単に彼女は払い除けてみせた。
「まさか……!」
瞬時に右腕を再生させ、咲良はセラの右隣にまで素早く飛び込む。
そして指先が下腹部に触れた途端にセシリアの『権能』であった『天罰』を行使した。
無機物有機物問わず、あらゆる世界中の痛みを凝縮させ相手に流す異能力。
不死者であってもほんのわずかに受けてしまえば発狂してしまうほどの痛み。
それを受けてもなお、セラは。
「…………」
無反応だった。
間違いない。咲良の読み通り、セラはあらゆる痛覚を失っている。
痛みとは生物が持つ必要最低限の防衛反応だ。これを失ってしまえば当然ながら生物はあらゆる危機にから身を守れなくなってしまう。不死者ならむしろ都合がいいのだろうが、今の咲良にとっては非常に困る。
ただでさえ、今のセラは魂が崩壊寸前だ。これ以上戦いを長引かせてしまえば彼女が先に倒れてしまう可能性がある。
そうなると咲良の『計画』は全て台無しだ。今度こそ彼女は誰もいなくなったこの世界で、永遠に孤独に生き続けることになってしまう。
「……っ! それだけは嫌────がはっ!?」
己の想像に身震いし咲良は反射的に叫ぼうとしたところで、突如みぞおちに衝撃を受けた。
セラが刀の柄で殴り飛ばしたのだ。呼吸が奪われ、一瞬だけ意識が混乱する。
その隙を見計らってセラは刀を逆手に握り、勢いよく咲良の脳天ごと貫いた。
「くっ、ぅぅぅぅううううううう!!」
世界がひっくり返るような衝撃を感じながら咲良は声を上げて飛びそうになる意識を抑え、『権能』を行使する。
直後、セラの四肢が切断された。だが『臨界点』に達している彼女は凄まじい速度で肉体を回復させていく。
その合間に咲良は刀を引き抜き、彼方に向かって放り投げた。
「…………!」
セラが振り向き、体を再生させながら『黒影』によって刀のそばまで距離を詰めようとする。
だが。
「させる、かぁ!!」
咲良もまた『権能』を使って刀のそばまで瞬間移動をする。咲良の方が一足早く辿り着き刀を握って、振り向きざまに眼前まで近付いていたセラの額を一刺しした。
「ぐ、ぁ…………っ!?」
「はぁ……はぁ……これでっ!」
初めてセラが苦痛に呻き表情を歪める。
そろそろセラが限界に達しようとしていた。正気の素振りを見せたらそれが不死者の最期だ。もう間もなく、セラは『崩壊』する。
ここで、殺してしまったら咲良はまた途方も長い時間をかけて人間が繁栄するのを待ち、『計画』を一から始めなくてはいけないだろう。あるいは、人間が復活する前に咲良の精神が尽きてしまうのが先か。どちらにせよ、果てしない孤独が待ち受ける地獄の未来しか彼女には残されていない。
だが、それでも。
この戦いは決着をつける必要がある。
そうして、咲良はセラに刀を突き立てようとして。
ぼとり、と右手首が落ちていた。
「……え?」
訳も分からず、咲良は呆けた声を出す。
断面からとめどなく血が溢れ、意識を持っていかれそうになりながらも、思わずセラの方を見つめていた。
彼女の口。
その端から見えるのは肌色の肉か。
「っ!!!!!???? が、ぁぁああ、うあああっ!!!!????」
セラの常識を逸した行動に咲良の思考が弾けた。
恐怖と混乱でパニックになり、何度もセラの顔を殴り付ける。
だが、セラも無抵抗のままではなく同じように咲良の顔を殴り返していた。
いつの間にか二人は取っ組み合い、互いに馬乗りになって転がりながら何度も殴り合いを繰り返していた。
「このっ、アンタ、何なんだよ! 死ねよ、さっさと死ねよぉ!!!!」
「くぅ、ぐふっ、がはっ!? あああああああああああああ!!!!」
だが狂乱していたのは咲良だけではない。
セラもまた、一度痛みを味わってしまったことでパニックに陥ってしまい、言葉にならない叫び声を上げながら咲良を何度も殴り付けていた。
時には噛み、時には目を潰し、時には首を絞め合って。
互いが互いを拒絶し、否定し、排斥し合う。
二人の間にあるのは憎悪ではない。ただ理解できないことによる恐怖しかなかった。
限りなく増大した恐怖が二人を飲み込み、理性は喪失され精神はあっけなく砕けていった。
だから、どちらかが倒れるまで拒否し続ける。そんな長い攻防が続き……。
「はぁ……かはっ……」
「けほっ、ごほっ……」
二人は荒い息を吐きながら睨み合う。
全身はがくがくと震え、唇の端からごぼごぼと血の泡が吹き出る。
互いに限界はとっくに達していて。
だから、次の一手が最後。
「「殺す……!」」
二人同時に殺意に満ちた言葉を叫んで。
激突が、起きた。
ばたり、と。
片方の人影が地面に倒れていった。
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