最終章 狂気の最果て
第41話 『殺人鬼』セレスティア・ヴァレンタイン(前編)
「先輩の部屋に挨拶に行きましたが……。相変わらず返事はなかったっス」
リビングに戻るなり神妙な顔でジリアンが告げた。
報告を聞いたカレンがタバコを片手に持って重苦しそうに吐き出す。
たちまち部屋の中がむせかるような匂いで立ち込める。
「そうか……。何度も行かせてもらって悪いな、ジリアン」
「いえ、大丈夫っス。これも先輩のためを思ってあたしから望んでやっているんで。……全然ダメみたいっスけどね」
「でもこのままいつまでも待ち続けるわけには行かないですよ。一応、私たちは居所を失っている身なんです。早くセラさんを起こしてあげなきゃ」
「そうは言っても仕方ねえだろ。一番大切にしていた人を失ったんだ。その痛みは私もよく理解している」
オリヴィアの苦言にカレンはしかめっ面を浮かべ、困ったように頭を掻く。
そしてタバコを再び咥えてゆっくりと煙を吸い込み。
伏せ目がちに視線を遠くへ向けて、煙を吐き出しながら小さく呟いた。
「結局、私たちじゃ力になれないってことなんだろ、リコ……」
――――凜華たちとの戦いを終えてから二週間が経過した。
単刀直入に言えば、カレンたちは行き詰まっていた。
※※※※
――――カレンたちがセラの元に辿り着いた時、既に戦いは終わっていた。
そこには、リコの亡骸を抱え泣きじゃくるセラの姿があった。
聞けば、埋め込まれていた『爆弾』が起爆したのだという。条件は凜華を倒すこと。初めから、リコを助けさせるつもりなどなかったのだ。その卑怯な手口による怒りとどうしようも出来なかった無力感に苛まれ、打ち震えることしかできなかった。
だが、この時までセラの様子に異常はなかった。確かに精神的に不安定になっていたものの、まだ彼女と会話することはできた。
それから市街地へと帰り、ボロボロの空家を見つけて彼女たちはそこで泊まることにした。元々長期滞在する予定はなかったのでホテルは一泊分しか予約していなかったし、何より濃厚な血の匂いを纏っていた彼女らに市民たちが不審がっていたのだ。閑静な町だけに空家がいくつかあったのが幸いしていた。
そしてカレンたちはせめてリコを弔ってあげようと、彼女の墓を建てることを提案した。その発言を聞いた途端にセラが肩を震わせたため、恐らく拒否されてしまうだろうとカレンたちは推測していたが、意外にもセラはその提案に頷いていた。まだ、この時も彼女はリコの死を受け止めようとしていた。
そしてリコが身に付けていた赤色の宝石が繋げられていたブレスレットをセラに預け、簡素な棺桶を作ってやり、そこにリコの遺体を眠らせて埋葬してあげた。それから数分後にセラに異変が起きた。
しばらくは呆然としたようにリコの墓を眺めていたが、突然大声を上げてその場に泣き崩れだした。
リコのブレスレットを握り締め、何度もリコの名前を呼びながら「返してよ!」と泣き叫んでいた。その姿はあまりにも悲痛で、カレンたちは直接目を向けることすら出来なかった。
どれほど戦闘の経験を積み、覚悟を決めていたところで彼女は一人の少女だ。ずっと大切にしていた恋人を失って冷静を保てるほど彼女の心は強くない。
時間が経ち、泣き止んでからはその場から動かなくなってしまった。呼びかけても返事は返さず、ジリアンたちに支えられながら部屋に戻る時もふらふらとおぼつかない足取りをしていた。
そして、自室に戻してからしばらくしてセラは鍵を掛けてしまい。
――――2週間経った今でも部屋の中に閉じこもっている。
※※※※
「…………」
セラはベッドの上で膝を組み無言で座っていた。
右腕には空色の宝石が付いたブレスレットを、左腕には赤色の宝石が付いたブレスレットをそれぞれ身に付けている。
リコの存在を少しでも身近に感じられるように……。あれから2週間も肌身離さず身に付けているがそれで寂しさや孤独感を埋めることはできなかった。
飲まず食わず、そして一切に眠らずに今日まで過ごしてしまっている。不死身であるが故に栄養失調で餓死することはないが身体は痩せてしまい、ずっと泣いていたせいで目は真っ赤に腫れて濃い隈もできている。
情緒も不安定になってしまい、リコとの思い出に浸っては泣き出すのをずっと繰り返している。更に『臨界点』に近づいている影響で怒りと恐怖の感情を失ってしまい、セラは廃人になる寸前にまで追い詰められていた。
精神が限界を迎え、死に至るまで最早時間の問題でしかなかった。
顔を膝に埋めすすり泣くセラであったが、何者かの気配を感じ、今にも枯れそうな声でぽつりと呟く。
「…………いるんでしょ、咲良」
「あちゃー、ばれちったか✩ はいはい今出てきますよー」
音もなく、咲良が目の前に現れていた。
セラは静かに顔を上げ、生気のない表情で咲良を見つめ返す。
「……リコは、ホムンクルスなんだよね」
「うん、そうだよー。ワタシが作ったの」
「だったらもう一回作って」
声を震わせながらセラが言う。
「もう無理だよ。これ以上リコがいないのは耐えられない。どんなことでもする。何でも聞く。だから、お願い。リコに会わせて」
目に涙を浮かべ、縋るようにセラは咲良に懇願する。
だがそんなセラの様子に咲良は「はあ」とため息を返すだけだった。
「……アンタ正気? 自分が何言ってるのか本気で理解しているの? 命を人工的に作り出そうとしているのよ。生命に対する最大の禁忌にして冒涜よ、それ」
「それでも、いい」
「それにホムンクルスを作るには大量の犠牲を伴う。リコ一人を作るのに数百人が死ぬよ。それでもいいの?」
「いいよ」
一瞬の逡巡もなくセラは返す。
「他の人なんてもうどうでもいい。リコに会わせて。本当に何でもします。なんでも言うことを聞きますから、だから。お願い……」
セラは本当に他人のことなど気にもかけなくなっていた。
リコに会うためならば他人を殺すことすら今のセラは躊躇しないだろう。例え咲良の手駒になろうがもうセラにとっては些細なことだ。ただ、リコに会わせてもらえるならば命を差し出すことすら惜しまないだろう
そんな矛盾した思いを抱えるまでにセラは壊れてしまっていた。ストッパーになっていたリコが失われていたことで、狂気を抑えきれなくったこと、そして現実を受け入れられなかったことで倫理観を破壊されてしまい、忌避感も罪悪感も消えてしまっていた。
そんな。
もう今にも事切れてしまいそうなセラを見つめ返して。
咲良は言い放つ。
「無理」
言われたセラの目が見開かれていく。
がしっと咲良の肩を掴み半狂乱になりながらセラは問い詰める。
「何でっ!? あなたは『神様』何でしょう!? だったらリコを生き返らせることぐらい造作もないじゃない! ねえ、早く会わせてよ! もう無理なんだよっ!!」
「そんなこと言われてもワタシにもできないことぐらいいっぱいあるよ。ねえ、セラ。死んだ人間の魂はどこに行くか知ってる?」
「そんなこと言われても、知らない……!」
「まあ、そうよね。正解はね、消えるの。消えて、どこにもいなくなるの」
「――――!」
咲良の言葉にぴたりとセラの動きが止まる。
咲良は遠くに目を向けて、まるで思い出話をするかのように懐かしそうな表情を浮かべた。
「昔ね、ワタシも大事な人が死んじゃったことあるの。気が付いたときには死んでいて看取る暇すら与えられなくて。それでホムンクルスならいけるじゃんって思って頑張ったんだけどね。どうやっても無理だった」
「そんな……」
咲良の言葉にセラの顔が絶望に染まっていく。
それを見た咲良は笑顔ではなく同情の表情を浮かべていた。
「最初はね。偽物でもいいやーって我慢できるの。でもね、段々接するうちにあの人じゃないって違和感が大きくなっていくの。同じ顔・同じ声・同じ口調で違うことを話す気持ち悪さが増していくの。結局、どう足掻いても死人にはもう会えないのよ」
「じゃあ、じゃあわたしはどうすれば!!」
「そこは自分で考えなよ。このまま腐り果てるか、それとも自分の意志でやりたいこと見つけるか。頑張って見つけるんだな」
「待って!!」
セラの静止する声を待たず、咲良は立ち去ってしまう。
残されたセラはリコのブレスレットに触れ、しばらく呆然として。
――――生きて。
「…………っ」
突如、頭の中で反芻されたリコの声に息を呑む。
最早、これは呪いだ。好きな人を失ってこんなにもつらくて痛くて苦しいのに、それでも彼女の願いを叶えたくて自殺するという選択肢を与えさせてくれない。彼女がいない世界なんて価値がない。生きる意味がない。
だが、それをきっとリコは許してくれないだろう。だから、生きるしかない。りこがいない世界で孤独に生きるしかない。
――――ならば、自分の好きなように生きることぐらい、許してはくれるだろう。
セラはそんなことを考え始めていた。否、もうそんな思考をしなければ今度こそ心が決壊していただろう。
つまり、自分の命がいつか潰えるその日まで生き続けその間にわたしができることをやり続けるのだ。そして、わたしができることなんて残っているのはもう一つしかない。
「分かったよ、リコ……。わたし、もう少しだけ頑張る。ちゃんと最後まで生きてみせるよ」
もうここにはいない彼女に向かってセラは静かに呟く。
そして、セラは左腕の赤いブレスレットを愛おしそうに撫でておもむろに立ち上がった。
もうセラに色覚は存在しないが、リコの目と同じ色の宝石が当てはめられていたのだという。ならば幸いだ。だって、血が飛び散ってもリコの色が失われないのだから。
そう、殺すのだ。みんな殺す。ただひたすらに殺し続ける。もう彼女にはそれしか残されていないから。
そこにリコの意思は関係ない。でもリコだって、好きに生きているわたしを見れば喜ぶはずだ。
この世界にいる人間。その全員が死に絶えるまでがわたしの寿命だ。恐らく、それが達成したとき既にわたしはわたしでなくなっている。『臨界点』を突破して精神が朽ち果ててしまうだろう。
その日が来るまで殺し続けよう。なぜならば、わたしは。
「――――わたしは、『殺人鬼』だから」
そう締めくくって。
セラは刀を手に取り、ゆっくりと歩き出した。
――――これから始まるのは復讐劇ではない。
ただの、殺人劇だ。
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