幕間

 ――――因果応報という言葉がある。

 自らが起こした結果には、それが善事であれ悪事であれ必ず報いが帰ってくるという考えだ。

 元々これは宗教的観念から生じた考えだが、この世界の事柄を説明する上では非常に的を得た言葉だろう。

 当たり前のことだ。悪いことをした人はいずれ不幸な目に遭う。善いことをした人はいずれ幸福を手にする。直接的にせよ、間接的にせよ、相応の報いを受けるのがこの世界の理なのだ。

 であるならば。
















――――それは、『神』と呼ばれる存在であっても例外ではない。
















「あはははははははは!! 死んだ!! リコが死んだよ!! ああ、清々したぁ!!」


 アーテーは腹を抱え、涙さえ浮かべながら大笑いしてエルメラド軍国本部の地下室を下っていた。

 周囲には大量の血液を流し、倒れこむ兵士たちの姿がある。恐らく、ここで暴走していた霧乃が辺り構わず殺し尽くしていったのだろう。

 アーテーが向かう先は地下室にある研究所の一角、彼女が生まれ落ちた咲良の研究室だ。そこには200年たった今でも綺麗に肉体が保たれている咲良の遺体が培養基の中で眠っている。

 アーテーの『計画』。ある程度『計画』が進行すると彼女はこの場を訪れて、何も答えない咲良に報告をする。それが彼女の日課であり、心を安らげられる貴重な癒しの時間だ。

 特に今回の成果はアーテーにとって良好的に大きく進んだと言っても過言ではない。

 リコが死亡し、セラは深い絶望に陥った。彼女が『完成』するまで秒読みといったところだろう。

 あとは自分が背中を押してやるだけでいい。そうすれば彼女は堕ちる。『計画』がいよいよ完遂する。何の変哲もなかった、ただ一人の少女が世界を蹂躙し尽くすのだ。

 そのことを想像するだけでアーテーは興奮が止まらず、独り言を続けていた。ずっと嫌悪していたリコが死亡したことが彼女の機嫌をより良くしていたのだろう。

 人間と同じ心を持つホムンクルスを完成体として研究していた咲良にとってアーテーはまさしく傑作品にあたる。だからこそ、咲良は自らに愛を注ぎ丹精を込めて育ててくれたのだ。

 その、アーテーにしか許されない領域をリコが勝手に踏み入れた。彼女が完全な心を手に入れたのは偶然の産物であるが、そんなことなどアーテーにとってはどううでもよかった。ただ、彼女が自らと『同じ』であることが既に許せなかったのだ。

 だから彼女に『失敗作』の烙印を押し付け、徹底的に彼女を追い詰めた。凜華と絆が芽生え始めていることを知るや否や、彼女から引き剥がし死亡したと思わせて、いずれ再会した時に心に癒えない傷を負わせるよう不死者に仕立て上げた。リコ自身の手で殺せるようにただの不死者ではなく、あえて再生能力を持たせず、戦闘能力も与えず、更には権能も効果を適応させないように調整してあげた。

 セラと恋人になったという事実を聞いたときはあまりの都合の良さに口角がつり上がった。セラは元々『計画』を完遂させるのに最適な不死者になると見込んでいたが、どうすれば彼女の心を壊せるか非常に悩んでいた。そこでリコの存在が出てきた。セラを徹底的に砕くのに恋仲という関係を利用させてもらったのだ。


「うっふふ✩ まったく酷いねぇ、リコりんは。アンタなんかがセラに出会っちゃったせいで、セラが苦しむことになったんだよ」


 スキップを踏みながら、アーテーは一人呟く。

 ――――さて、戻ったら何から話そうか。もし、咲良が生きていたらワタシの功績を褒めてくれるだろう。

 何度も見たドアの前に辿り着き、頬を緩ませながらアーテーは勢いよくドアノブを回した。






 ぴちゃり、と水音がした。






「――――」


 靴底が、確かに何らかの液体を踏みつけた。

 匂いは一切感じない。ということは血液ではない。

 静かに、アーテーは壁際のスイッチに手を伸ばし、照明を付ける。

 まず最初に目に入ったのは、床に撒き散らされた透明な液体だった。

 次にガラスの破片。視線を走らせると雑に破壊されたのか、規則性のない大きさのガラス片があたり一面に散らかっていた。

 そして視線を走らせる中、所々に赤黒い『何か』が細かく飛び散っているのが見えた。恐らく、この『何か』が発生させるはずの生臭い匂いを透明な液体が吸ってしまっていたのだろう。

 そして最後にそれらが集まっていはずの一角に視線を向ける。

 『それ』は大きな布で覆い隠していたはずだったのだが、取り払われ粉々にされていた。

 つまり。


 

 何者かがこの部屋に侵入し。

 咲良を眠らせていた培養基が破壊され。

 中にいたはずの咲良の体はその何者かによって、肉片と化した。



「――――」


 アリス・ウェストブラッド。

 こんなことができるのは、彼女しかいない。

 諦めの悪いことに彼女はまたアーテーに一矢報いようと動いていたのだろう。

 確かに、エルメラド軍国本部に侵入される恐れを考えなかったのはアーテーの失念であろう。だが、そんなことはもう気にも留めなかった。

 ただ、咲良が壊された。大事に取っていた彼女を失ったのだ。

 そこまで思考して。

 アーテーは。






「ふざけるなあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」







 ただただ、あの時のように涙を流し、慟哭をあげることしかできなかった。


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