第28話 『咲良』・後編

 ――――どうも、この世界には科学では説明しきれない超常現象が確かに存在するらしい。

 それらはかつて過去に『魔法』と呼ばれ、一世を風靡していたらしい。この『魔法』は精神、すなわち『魂』に強い影響を受けるらしく、信念とも呼べるほどの強い精神を持つ者でなければ扱えないと言われていたそうだ。

 だが、錬金術の研究をきっかけに科学が発展し、『魔法』は次第に衰弱していった。当然の摂理だ。いちいち精神を鍛えずとも、もっと簡単に扱えて便利な技術が開発されれば皆その力に頼るに決まっている。人間の文化とはいつだって、楽するために進化するものなのだ。

 時が進むにつれて『魔法』は淘汰されていき、そして人類の遺伝子がこの力は不要だと判断してしまったのだろう。有り体に言えば人間から『魔法』という力を操る機能が退化してしまった。

 よって今では『魔法』を扱うには信念を超えた強い精神――――いわば『狂気』にまで到達しなければ扱えなくなってしまった。その上に扱える力も限定的。過去の遺物らしく、まるで役に立たない代物にまで落ちてしまったのだ。


「それが『権能』の正体」


 と、は血のように赤黒い瞳の少女――――アーテーの燃えるような真っ赤な髪を撫でる。

 されるがままのアーテーは目を細め上機嫌に鼻を鳴らす。


「で、キミはかつての『魔法使い』みたいに『権能』を自由に扱えるホムンクルスとしてが作ったっていうワケ。ここまでOK?」


「なるほど。だから、ワタシの力ってこんなに自由自在なのねー」


 楽しげに言うアーテーの頭の上をぐるぐると一冊の本が回る。

 そのアーテーの首には後ろからそっと手を回し、もたれかかるように抱きしめる。


「ふふふ。キミはこの世界の『神様』になるために作ったの最高傑作だ。寝る間も食べる間も惜しんで、『魂』の仕組みを完全に解明して、心を正常に保ったまま『権能』を正しく使える、これ以上ないほど完璧な『人形』でしょう?」


「えへへー」


 の褒めるような言葉に、アーテーは破顔する。

 私利のためにホムンクルスを製造するのは政府から禁止されている。だが、それ以上に『魔法』の研究はこの国では極刑に当たるほどの重い罪となっている。今では使われない力とはいえ、人間には過ぎた代物。もし、かつての『魔法使い』のように自在に操れる者が現れれば、それだけで一国を滅ぼせるほどの『兵器』と化す。

『魔法』という力に溺れた者によって戦争が勃発し、人類滅亡の危機にまで迫ったのはかつての歴史が証明している。故に、この国では『魔法』は最大の禁忌として封印されているのだ。

 

「でも、どうしてそこまでしては『魔法』を使えるホムンクルスを作りたかったの?」


 尤もであろう疑問をアーテーはちょこん、と首を傾げてに問う。

 質問されたは「んー」と腕組みをしてしばらく唸ったあと、満面の笑みで答えた。


「科学者の宿命って奴、かな?」






※※※※






「……様。……上様」


「――――」


「『母上様』」


「うわお、びっくりした!」


 深い思考に陥ったまま、動かなくなった咲良の背後でガスマスクの少女――――ヒルドルが彼女の名を呼びかける。

 いきなり現実に引き戻された咲良が驚きのあまり、椅子から飛び上がった。


「何か考え事ですか、『母上様』」


「ああ、いやちょっと昔のことを、ね…………」


「?」


「気にしないで。それより、せっしーはどうしたの?」


「ご覧のとおり、こちらに連れて参りました」


 そう答えたヒルドルは視線を下に向ける。

 その先には、鎖で全身を拘束されたシスター・セシリアの姿があった。


「さ、咲良様……!? これは一体どういうことでしょうか…………!?」


 状況を飲み込めず、恐怖するセシリア。

 身動きを取られ目の前に咲良が立っている。その事実だけで、セシリアにとってはまるでこの世の終わりのように感じられるほどの絶望を受けていた。


「ん、ご苦労様ヒルドルちゃん。下がってていーよ」


「御意に」


「咲良様! わた、わたくしめが何か致したのであればすぐに謝罪させていただきます! ですから、ですからどうかご容赦を……!」


「あはははは! めーっちゃビビってるじゃんせっしぃ!! 涙目だし生まれたての小鹿みたいにぷるぷる震えててかわいそう!」


 セシリアの様子に咲良は手を叩いて大げさに笑う。

 突然、咲良が大声を上げたことにびくりとセシリアが肩を震わせた。


「そんな心配しなくてもいいよん。今日はお仕置きじゃなくてご褒美をあげに来たの」


 咲良の言葉を聞いたセシリアが顔を上げて、彼女の顔を見つめる。

 わずかに希望の光が差し込まれたかのような顔。

 その表情を見た咲良は笑いをこらえて、セシリアの頭を優しく撫でた。



「じゃ、とりあえず一回死んでみよっか✩」



「…………………………………………………………………………え?」


 笑顔で告げる咲良。

 彼女の言葉が耳に入り、脳に到達し、一言一句なぞらえて理解しようとして。

 ついぞ、彼女の言葉の意味が分からずセシリアは固まってしまった。


「あ、あの咲良様?」


「ん? どしたの?」


「いえ、おっしゃっている意味がぁぁぁぁぁぁぁああああああああああ!!!!!?????」


 背骨の脇にあるわずかな空洞部。

 そこに容赦なく咲良はナイフを突き立て、腰の辺りにかけて体重をかけて一気に切り裂く。

 背中から走る激痛と切り開かれる感覚にセシリアは恐怖と混乱を覚え、絶叫した。


「んっふっふー。せっしー。驚くのはまだまだだよぉ?」


 息を荒げ、頬を紅潮させ興奮した様子を見せる咲良。

 剥き出しになった脊椎のあたりから刃を侵入させ、こつこつと肋骨を叩く。


「うぎぅ!?」


「なーに悶えてるの(笑)。本番はこれからだよ?」


 異常な感覚に奇怪な声をあげるセシリアに咲良は嘲るように嗤う。

 そして器用にナイフでセシリアの肋骨を一つずつ切り離し始めた。


「あっ、ああああああああ!? 咲良様っ、やめてぇ、痛いです、おかしくなってしまいますからぁぁぁぁぁ!!!!」


「もうちょっと耐えてね、せっしー。こっから面白くなるから✩」


 肋骨を全て切り落とし、咲良は素手をセシリアの体内に潜り込ませる。

 ぐちゅぐちゅと肉と血を掻き分けるような不快な音。

 咲良がひと振り手を動かすごとにセシリアの体が大きく痙攣し、激痛に慟哭をあげる。

 そのまま咲良はセシリアの両肺を掴み、引きずり出した。

 そして赤黒く未だ動き続けるグロテスクな臓器を翼のように広げる。


「じゃーん! 名づけて『血鷲の刑ブラッドイーグル』! 初めてにしてはよく出来たと思わない!?」


「あっ、ああああぁぁぁぁぁ…………」


 致死量に至るほどの痛みと自身の体を弄ばれている狂気的な状況。

 涙で視界がぼやけ、嗚咽を漏らすセシリアはただ咲良に懇願することしかできなかった。


「おやめください、咲良様……。わたくしに至らぬ点がございましたら……すぐに謝らせていただきます……。ですから、やめてください。もう、やめて、痛くしないで…………」


「なーにを勘違いしてるのかなぁ、せっしー」


 そう言って咲良はそっとセシリアの頭を抱え、耳元に唇を近付ける。

 決して、彼女を逃がさないとでも言うように。


「これはね、さっきも言った通り。お仕置きじゃないんだよ?」


「でしたら」


「だから、これはやらなきゃいけないからやってるんじゃないの。この咲良がやりたいからやってるだけなんだよ」


「――――嫌ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!」


 楽しげに囁く咲良の言葉に。

 ついに、セシリアが限界を迎えた。

 

「どうして!? どうしてどうしてどうしてっ!? わたくしばかりなんですか!? 何でわたくしがこんな目に遭わなければいけないのですか!!?? ただ、ただ『神』に祈りを捧げていただけなのに、どうしてっ!!!???」


 激情。

 今までの『狂信者』としての姿でも咲良に猫かぶっていた下っ端の姿でもない。

 間違いなく、今の彼女は本来の『セシリア・ウェイトリー』そのものに戻っていた。


「それはもう、運が悪かったとしか。アンタがこの咲良の目に付けられた時点で人生詰んでたとしか言い様がないね」


「嫌、嫌だっ、もう嫌なんですっ!! もう痛いのも苦しいのも嫌!! ああ、『神』よ、偉大なる『神』よ!! お助けください! 本当に、慈愛をください!! お願いだから助けてよッ!!!!」


「はいはい残念ながら神なんていません。それアンタが作った妄想に過ぎないから」


 必死に『神』に助けを呼ぶセシリアを咲良は冷たくあしらう。

 落ちていたナイフを拾い上げ、躊躇なくセシリアの右耳に突き刺した。


「ぎぃ、ああああああああああああああああああああああ!!!???」


「人間はみぃーんな無駄で無意味。特に宗教なんかその代表格だよね」


 ぐりぐりとナイフをこねくり回しながら耳奥へ深々と刺していく。

 とっくに鼓膜は突き破れ、ともすれば三半規管まで貫いていた。


「あっ、うぁっ、嫌ああああああああああああああああああ!!」


「自分の弱さを、自分の無意味さを認められないから『神』だなんて都合のいいものに縋る。本当に愚かだよね、君たちは」


「かっ、『神』を愚弄しないで、ください……! 確かに、わたくしには聞こえるんですよ…………!」


 片方の三半規管を潰されたことにより、視界と重心がふらつきながらもセシリアは咲良を睨み付ける。


「ああ、『神』よ。お答えください! その慈悲を持って、この哀れな子羊めをこの地獄からお救いください! ねえ、聞こえているんでしょう! 答えなさいよ、答えてっ、答えろッ!!」


「だから言ってるでしょう、神なんていないって」


「いるんですよ! いつもなら答えを返してくれるんですよ!! 『神』よ、黙ってないでいい加減に答えてくださいっ! 何で、何でっ、誰もわたくしを救ってくれないのよぉぉぉぉぉぉおおおおおお!!!!!!」


 ――――あと少しだ、と咲良は一人ほくそ笑む。

 そして右手をセシリアの右目に手を伸ばし。

 眼球を掴んだ。


「あきゅっ!? ぐぅ、ああああああああああああ!!!???」


 激痛と共にごろごろと瞼の中で不快な異物感を覚える。

 勢いよく咲良は腕を引き、セシリアの右目が抉り取られた。


「がぁぁぁぁぁぁぁ、やめてえええええええええええええええ!!!!!!」


「神なんていない」


 表情を込めずに無機質に、冷たく咲良が言う。

 その言葉にセシリアの左目がはっと見開かれる。


「違う、違う! 存在するんです、『神』は!!」


「いないよ」


「いるんですっ! 聞こえるんです、助けてくれるんです!!」


「いない」


「やめて、うるさいっ、黙れ、いるんだ!!」


「いない」


「ああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…………!!」


 頭を抱え、咲良の言葉を聞き入れないかのようセシリアが叫ぶ。

 だが、彼女の頭の中では『神』と『いない』という言葉が何度も反芻されていた。

 矛盾した言葉に挟まれ、同時に脳に刷り込まれていき、取り返しのつかないほどに心の壁が破壊されていって。

 唐突に。

 だらん、とセシリアの腕が垂れ下がった。


「あれ? せっしー? おーい?」


 ひらひら、と咲良がセシリアの前で手を振る。

 呼びかけても反応がなく、咲良はセシリアの顎を掴んで無理矢理こちらに顔を向けさせた。

 セシリアの左目が咲良を捉える。

 直後、にたりとセシリアは常人には浮かべられないような、壊れた笑顔を浮かべた。


「…………………


「ふふ、ついにせっしーも『臨界点』超えちゃったか。これで『下準備』がやっと終わったね」


 あっけなく精神崩壊を起こしたセシリアの頭を離し、崩れ落ちるセシリアに目もくれず咲良は振り返る。

 そして、手を広げ、もうこの世にはいない『彼女』に向かって高々と咲良は宣言をした。


「さあ、始めるよ。、キミを殺したこの世界に対するささやかなの復讐劇。キミの願いが叶うのもすぐそこだ」


 舌舐りをして、空虚な笑みを浮かべ咲良は一人呟いた。


「待っててね、。あと少しでもそっちに行くから」


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