ある少女の追憶

――――今でも、ワタシはその時のことを鮮明に思い出せる。



「ねえ、はどうしてワタシを作ったの?」


 記憶の中で、幼いワタシはに笑顔でそう尋ねる。

 無邪気に。純粋に。このあとに待ち受ける運命を知らないまま。


「……それがの願いだからだよ」


 彼女は照れるようにワタシから目を逸らして返す。

 照れ隠しするときはいつも、ツインテールの髪を弄くり回す仕草をする。

 その仕草がとても可愛らしくて、ワタシは大好きだった。


「願い?」


「うん。科学者の性かもしれないけどさ。やっぱり研究している身としてはの研究成果が世界中に広まってほしんだよね。こう、どどーんと!」


「どどーん?」


 手を満遍なく広げ、が朗らかに笑う。


「そ。どどーんと。の作ったものが評価されたい。の名を世界に知らしめたい。の研究で世界に大きな影響を与えたい。そんな普遍的な欲求だよ」


 そう言って照れながら答えるはまるで夢を語る子供のように屈託のない笑みを浮かべた。

 ワタシは彼女のそんな笑みに惹かれていたのをよく覚えている。


「普遍的だなんてそんな。ワタシがの願いを叶える存在になれるのなら喜んで手伝うよ。ワタシにとってが一番だからね!」


「嬉しいけど、身に余る言葉だなぁ」


 ワタシの言葉には赤面して頬を掻く。

 そして、無言でワタシの背中に顔をうずめて抱きついてきた。

は気恥ずかしいことや嬉しいことがあると、そうやってワタシの背中に抱きつく癖がある。

 そしてワタシも彼女に身を任せるように体の力を抜いて体温を共有する。

 ――――これが、ワタシとの日常。

 の部屋にあるたくさんの本と研究記録を読んで知識を学び、他愛もない話をして、一緒に食事と睡眠を取り、時にはただの少女の振りをして買い物に出かけて、夜には体を重ねて。

 満ち足りた幸福にありふれた生活。

 いつかが願いを叶える、そんな日が来るまで。

 春が過ぎ、夏が過ぎ、秋が過ぎ、冬が過ぎて。

 は。

 は。





















※※※※





















 死んだ。





















※※※※





















「…………?」


 一瞬の出来事だった。

 ワタシが『権能』を使っているところを見られたのか。それとも、の研究データを盗み見た人物がいたのか。

 いつものようにからおつかいを頼まれ、紙袋を抱えて部屋に帰ってきた時だった。

 見知らぬ男の集団が部屋に押しかけていた。

 軍服を着用しているを見るに恐らく、エルメラド国軍の人たちだろう。

 彼らの視線の先。

 足元。






 頭から血を流して倒れているの姿があった。

 





「そいつは二つの禁忌を犯した」


 ワタシに気付いた男の一人が振り返り、銃口をワタシに向ける。

 

「一つは私用でのホムンクルスの製造。そしてもう一つは『魔法』の研究。貴様らはこの国家を揺るがすには充分すぎるほどの危険分子だ。だから、迅速にをこの場で粛清した」


「――――」


「そして貴様もだ。『魔法』を自在に操るホムンクルスなど最早人間ではない。貴様は、ただの化物だ」


 かちゃり、と弾が込められる。

 ああ、そうか。

 ワタシは、存在してはいけなかったのか。

 ワタシが生まれたせいで、ワタシを作ろうと思ってしまったせいで、は殺されてしまったのか。

 ワタシとはこの世界で一緒に生きるのはダメなのか。


「ふざけるなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!」


 瞬間、ワタシは激昂した。

 燃え上がる感情のままにワタシは『権能』を行使する。

 そして、男が発砲するのは同時だった。

 最初に発砲した男の内側から人体が破裂する。頭、胴体、四肢、余るところなく全てを同時に内側から爆発させ、文字通り男の体は木っ端微塵となった。そして連鎖的に爆発が引き起こされ、室内にいた兵士全てが肉塊と化す。

 だが、男の腕も確かに優秀ではあった。


――――!」


 ワタシは、倒れて動かない咲良の元へ駆け寄ろうとして。

 銃弾が見事に前頭葉から貫通され、ワタシは意識を失った。






※※※※


 




 結論から言えばは死亡し、ワタシは生き残った。

 本能的に『権能』を行使したのだろう。ワタシの肉体は異常なまでの再生能力を持つようになってしまい、物理的に死ぬのは不可能に近い状態になってしまった。

 有り体に言えば不死身の体を持ってしまった。を失い、ともすれば生きる意味さえ失ったワタシにとってあまりにも残酷な呪い。

 だが、今はこの体がかえって好都合であった。おかげ不眠不休でもワタシは『研究』を続けることが出来るのだから。

 


 の魂を複製し、蘇生させる。



 ワタシがいた培養器の中で眠るように横たわる咲良の遺体。元々ワタシたちホムンクルスの肉体を調整するための機械であったが、今はこれを延命装置として咲良の遺体を生前と変わらぬまま保存させてある。

 

「……待っててね、


 培養器の中で眠るように動かないの遺体を見つめてワタシは静かに呟く。

 ――――きっと、ワタシはもうどこかで壊れ始めているのかもしれなかった。






※※※※






 ――――それから、200が経った。


「…………はは」


 薄暗い密室の中で、ワタシの乾いた笑い声が響く。

 おかしい。おかしくってたまらない。

 ああ、こんな簡単なことに気付かなかったなんて。


「はははっ、あはははははははは!!」


 生命の本質とは『魂』であり、肉体はそれを形成する『器』にすぎない。

 初めからこの研究には結論が出ていたではないか。

『魂』が生命の全てなのだ。100%同じ遺伝子を持つ肉体を作れたとしても、各々の生命を定義する『魂』は100%同じに製造することが不可能なのだ。

 現に、ホムンクルスが証明してしまっている。は何人ものワタシを過去に作っていたらしいが、今のワタシと同じ思考・精神を持つワタシはいなかったそうだ。



 つまり、『魂』は死亡したら未来永劫消滅する。

 それが、200年かけた末の研究の結論だった。



「あはははははははははははは!! ひひひっ、ははははははははははははははははははぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああああああああああ!!!!!!」


 限界だった。

 ぱきり、とワタシの中で何かが砕ける音がした。

 を失い、生きる意味をも失った世界で死ぬことも許されず、最後の抵抗でを蘇生させようとしても全て無意味だった。

 正気なんか保てるわけない。


「――――意味?」


 ぽつりと。

 気付いてしまったワタシが小さく呟く。


「そうだ、死んじゃったら魂は天国にも行かず輪廻転生もせず、ただ消える。何もなくなる。全部、意味がないじゃないか」


 だとしたら、との思い出はなんだったのか。

 何のために生きていたというのだ。

 きっと、この事実に気付いた人はワタシだけではないはずだ。恐らく、人間が本能的に気付きつつも目を逸している事実。

 だとすれば、いずれは消える運命としながら何故人間は生きようとする? 何故生きることに意味があるかのように振舞っている?

 そもそも。

 


 そもそも、何でこの世界は存在するのだ?



「――――」


 飛躍した思考なのは知っている。

 だけど、これは的を得た考えなのは間違いないはずだ。

 長生きしようが、短い一生を終えようが死んでしまえばみな同じ。

 ならば、今生きているこの全ての生命はただ無駄な時間を過ごしているだけじゃないか。


「……分かったよ、


 震える拳を握り締め、ワタシは顔を上げて培養器の中で眠るに話しかける。


「キミの願いを叶えよう。ワタシが、この世界にキミの名を知らしめてやる。キミの作った最高傑作が世界を終わらせるんだ。これ以上ないほどの晴れ舞台だよ」


 培養器にワタシの顔が反射される。

 その表情は、我ながらゾッとするほど狂気的で、とても咲良かのじょが喜びそうな笑みを浮かべていた。


「だから、。ワタシが、咲良の名前を背負って生きていく。そうすれば、キミとの思い出も感情も無意味じゃなくなるでしょう?」


 そして。

 キミの願いを叶えた暁には。

 ワタシもキミの元へ向かうよ。


 心の中でそう締めをくくって。

 ワタシは。

 いや。

 が世界に反逆すべく、踵を返して立ち去った。


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