第22話 狂人はかく語りき

 オリヴィアはジリアンと共に雑貨屋を訪れていた。

 逃亡中の身の上に不死者との戦闘に巻き込まれる可能性があるので雑貨店に入ったところで欲しい商品など見つかるはずもないが、「あたしって飾りストラップ大好きなんですよー」と興味ありげな様子だったので仕方なく入ることにしたのだ。

 当然ながらめぼしい物などなく、あれ買おうかこれ買おうかと悩むジリアンを遠目に見ながらオリヴィアは店内を回っていたが、そこである一つの商品に目が止まり立ち止まった。


「…………かわいい」


 一言。

 表情をほとんど変えることなく、オリヴィアはぽつりと呟く。

 それは小さなテディベアであった。

 オリヴィアは情に頼らず冷徹に対象を暗殺できる優秀な狙撃兵であったが、実はファンシーな物を愛でる趣味があった。

 大人びた言動とは裏腹に、彼女の心は純粋なうら若き花を恥じらう乙女であるのだ。


「あれ、オリヴィアさん。何ぬいぐるみずっと見てるんスか?」


「ふえっ!? み、みみみみ見てないわよ!?」


「あ、かわいいー! へえ、オリヴィアさんこういうの好きだったんスねぇ」


「ち、違うわよ! 別に好きとかそんなんじゃ……」


 赤面し目を逸らそうとしたオリヴィアが、はっと目を見開く。

 ピンク色の髪を揺らし、小動物のようなくりくりした瞳を輝かせて笑顔を浮かべるジリアンに見惚れてしまっていた。

 無邪気な表情はまさしく年相応の少女そのもので。

 思わず、オリヴィアはそんな彼女を見て口に出してしまっていた。


「かわいい……」


「やっぱりこのクマちゃん気に入ってるじゃないスか」


「え、違うわよ。そのぬいぐるみじゃなくてあな――――」


 そこでオリヴィアは自分が何を言おうとしているのか気付き、赤面してジリアンから目を逸らす。

 何故か心臓の鼓動が早くなっている。彼女の顔をまともに見ることができない。

 突然、様子がおかしくなったオリヴィアにジリアンは疑問を抱き、彼女に詰め寄って耳元で囁く。


「どうしたんスかぁ、オリヴィアさん」


「ひああああ!? 何でもないわよっ!!」


 ジリアンの言葉にぞくぞくと背筋が震え、彼女から逃げるように走り去るオリヴィア。

 もちろん、ジリアンは誘惑するつもりで接したわけではない。しかし素面でここまで蠱惑的な言動を取る彼女が色々な意味で恐ろしかった。


「あ、オリヴィアさん待ってください! 何で逃げるんスか!?」


 当然ながらジリアンは自覚などなくオリヴィアを追いかける。

 このまま彼女と一緒にいたらおかしくなる、と確信したオリヴィアは周囲をろくに見ずに逃げ続け。






 とん、と。

 黒いコートを羽織り、黒いフードで顔を覆い隠した少女にぶつかってしまう。






「いたっ!? ご、ごめんなさい、ご無事で――――」


 即座に起き上がり謝罪の言葉を述べていたオリヴィアが少女の顔を見て思わず黙ってしまう。


「オリヴィアさーん、大丈夫で……す…………っ!?」


 追いついたジリアンも少女を一目見た瞬間、目を見開き顔を引きつらせた。

 



 まったくの無表情。

 しかしその瞳には計り知れないほどの激情を宿していた。



「あ、なたは…………?」


 オリヴィアが恐る恐る尋ねて。

 ふっ、と。

 少女は表情を崩し、年相応の柔和な笑みを作って答えた。


「ああ、こちらこそごめんなさい。私、ヘイゼル・ラドフォードと申します」


 先程までの張り詰めていた雰囲気が一瞬にして消え去る。

 だがオリヴィアたちは未だ警戒と緊張が解けずにいた。

 ――――まだ、彼女の瞳には炎の如く燃え続ける感情が渦巻いていたからだ。

 ヘイゼルと名乗った少女は物腰な態度でオリヴィアに一つ尋ねてくる。


「……早速で申し訳ございませんが、セシリア・ウェイトリーという人物はご存知でしょうか?」






※※※※






「やあ」


 何の前触れもなく。

 唐突に、目の前に咲良が座っていた。


「――――ッ!?」


 それだけで。

 世界がぐるりと変わってしまった。

 咲良という『異常』が混ざるだけでそれまでの『正常』が全て崩れ去る。先程まで幸せに浸っていた時間に終わりを告げられる。

 ――――何故、どうして、どうする、何が何を分からない分からないどうすれば良いの!?

 思考がおぼつかなくなる。視界がふらついてくる。全身から嫌な汗が流れ落ちて

くる。呼吸が乱れていく。

 かつてない緊張と絶望と恐怖に襲われ、わたしは、わたしはっ、わたしは――――ッ!!??


「ちょっ!? ちょちょちょちょーっと待った! はいストップ!! ひとまず落ち着いて!!」


 慌てたような咲良の言葉にわたしがはっとする。

 気が付いたらわたしは立ち上がり、腰に当てられた鞘から刀を抜こうとしていた。


「ここ店の中だよ! 騒ぎを起こすつもり?」


「でも、あなたは『騒ぎ』程度ですませないでしょ……!」


「いくらこの咲良でも人目のつく所は弁えます。今日はそんなことをしたくて来たんじゃないの。とりあえず座りな?」


 咲良の正論した言葉に釈然としないながらもわたしは大人しく従い、席に戻る。

 もちろん相手が相手だ。油断など出来るわけない。

 彼女を睨み付け尋ねる。


「……何の用?」


「今日はアンタに話があって来たのです✩」


 いつものようにおどけてみせる咲良。

 彼女は店員を呼び付け、他の客と変わらないように注文をする。


「あ、すいませーん。コーヒー1杯お願いします」


「はい、かしこまりました。そちらのお客様は?」


「……いらないです」


「じゃあ2杯で✩」


「かしこまりました」


 勝手に注文を頼む咲良を睨むが「おお、こわいこわい」と軽くいなされてしまう。

 このままでは埓があかない。事を起こさない(当然ながらそんなの信じていないが)でまでわたしに話があるというのだ。きっとろくな話ではないだろうが何か不死者について聞き出せるかも知れない。


「それで、話って何?」


「まあまあ、落ち着きたまえよセラくん。ここ喫茶店だよ? まずは1杯頂くというのが礼儀というものではないかね?」


「わたしはもう飲んだ。そんな悠長なことしていられると思う?」


「そんなの知ってるよぉ。知ってる上で頼んだの」


「はぐらかさないで。殺すよ」


「…………へぇ」


 わたしの言葉に咲良が口角を上げる。

 

「随分とらしくなってきたじゃん」


「……何が」


「殺気」


 咲良の言葉にようやくわたしも気が付く。

 ――――いつから、衝動に飲まれていた?

 いつの間にか右手が刀の柄に伸びていた。

 無意識の行動に自分でも恐怖を覚えてしまう。


「いや~順調に『殺人鬼』に近付いていて嬉しいなぁ✩」


「黙って、そんな訳ないでしょ!」


 咲良の言葉をかぶりを強く振って否定する。

 

「元はといえば、あなたのせいでこうなったでしょ!」


「強情だねえ」


 頬杖をついて他人事のように突っぱねる咲良。

 その様子に苛立ち、抗議の声をあげようと口を開こうとした所で「お待たせしましたー」と店員がコーヒーを持ってきた。

 喜々として咲良が受け取り、早速口を付ける。


「うん、おいしいね。セラも飲みなよ」


「……いらない」


「店側から出されたものは基本頂くのが礼儀ってさっき言ったじゃん。話はそれからだよ✩」


 なおも不真面目な咲良に舌打ちし、コーヒーに口を付ける。

 こんな緊迫した状況で味わって飲めるわけない。

 先ほど飲んだものと同じコーヒーのはずなのに、味はよく分からなかった。ただ熱い液体がわたしの喉を通り過ぎていくだけだった。


「でさ。気になってるんでしょ。ミーナが死んだ理由」


「…………!」


 図星だった。

 今まさにわたしが聞きたかった話題を振られ、びくりと背筋が震える。

 

「……どうして、不死身であるはずのミーナが死んだの。あの子は直前まで再生能力がわたしより全然高かったはずなのに」


「そこだよ」


 わたしの言葉に咲良は上機嫌になり、指をわたしに向けてくる。


「ミーナは他の不死者に比べて明らかに再生能力が高かった。それに頭も中々ぶっ飛んでたでしょ?」


「……あなたに比べればマシだとは思うけど。それとどういう関係が?」


「大いにあるさ。ネタバレすると『臨界点』を突破したからミーナは死んだ」


「りん、かい……?」


 聞き覚えのない単語に思わず聞き返してしまう。

 そういえばヘイゼルも口に出していたような……?


「そ。『臨界点』。簡単に言えば狂気の度合いのことさ」


「狂気の度合い……? どんな因果関係があるっていうの?」


「知っているかそうでなくとも薄々気付いているかもしれないけどさ、不死者の原動力は狂気から来ている」


 そう言って咲良はあっさりと不死者の秘密について語りだす。


 いわく、この不死身の呪いとは厳密に言えば『死ぬことがなくなる』のではなく、『肉体が再生し続ける』呪いらしい。

 故に肉体がいくら万全でも精神がすり減り、魂が死ねば不死者も命を失うことになる。

 強い狂気は人間の原動力になるが、時に強すぎる狂気に自らの精神が耐え切れず、そうなると魂が死に至る。この『自らの狂気が魂を殺し始めるライン』が『臨界点』だという。


「さっきも言った通り、不死者にとって狂気は原動力。『臨界点』に近付けば近付くほど再生能力とか身体能力が高まっていく代わりに、頭がどんどんぶっ壊れていくの。ここまでOK?」


「……急に魂なんて曖昧で非科学的な言葉が出てこられてもにわかには信じ難い話なんだけど」


「そんなの今更過ぎない? 現に不死身の呪いがかかってるのに?」


 咲良の言葉は最もだ。あまりにも飛躍した話になっているが認めざるを得ない。

 だが不死者を殺せる鍵が『臨界点』なのだとしたら……。


「つまり、わたしも『臨界点』を突破すれば……」


「自殺できるって? あー、無理でしょ普通に考えて。『臨界点』ってのは狂気が最高点に達した瞬間、完全に人間をやめる瞬間のことだよ。その頃には自殺なんて眼中にない『殺人鬼』に成り代わっているだろうさ」


「…………」


 わたしが大勢の人を殺さないように自殺したいのに、自殺するために大勢の人を殺すような存在に成り下がってしまっては本末転倒だ。

 だが今の話で収穫はあった。つまり、不死者を殺すには彼女らが抱えている狂気を利用し『臨界点』を超えさせる。

 ……ようやく見つけた。殺し方さえ分かれば後は簡単だ。彼女たちを見つけ、殺す。


「ふふっ」


 思わず笑みが溢れる。

 ああ、セシリアはどうやって殺そう。どうやって『臨界点』まで近づけよう。あとはヘイゼルに霧乃、そしてアリス……。

 彼女たちをどう殺そうか思案に耽り始めた時だった。


「…………セラ?」


 聞き覚えのある声。

 咲良の背後。そこに、リコが紙袋を抱え困惑した顔で立っていた。

 視線をわたしに向け、それから咲良に移って。

 咲良の姿を視認した途端、目を見開き恐怖の表情を浮かべる。

 そして震える声で彼女はこう言ったのだった。



……?」



 

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