第2話 血濡れの殺人鬼
「ぎぃぃぃぃいいいいあああああああ、ごめんなさいいいいいいいいっ!!!!」
「うるさい」
二人目の男は早かった。
迫り来るわたしに恐怖を抱いた彼はパニックを起こし何度もわたしの体に向かって発砲した。また体に新しい銃創を作っていくが構わず彼の懐に飛び込み、胸を斬り腹を蹴り上げて倒れ伏したところで、すかさず腹を斬り裂いた。下腹部には骨が少なく、鍛えていなければ脂肪の塊で形成された肉しかないので非常に柔らかく斬りやすい。その代わりに脂と血で多少の刃こぼれはしてしまうが。
胸から血を、腹から胃と腸、そしてぶよぶよした黄色い肉塊をこぼしている男は激痛に慟哭をあげる。どうせ出血多量で死ぬだろうしその割には叫び声をあげられるほど元気な様子だが、耳障りなのですぐに絶命してもらおうと正面から喉に向かって延髄ごと貫こうとする。
「……あれ?」
ごり、という刃先が何か硬いものに当たる感触を覚えると同時に貫通が止まる。
どうやら目測誤って首の骨に当たってしまったらしい。男は震える手で刀身を掴み、抵抗しようとする。当然ながら掴んだ掌から血が流れ出しているが。
「……はぁ」
違う。こいつに黙って欲しいのではなく、ただ命を奪う感触が欲しかっただけだ。
殺すのは好きだが、戦闘狂ではない。あくまでこの手で絶命する瞬間、目の前で息絶える瞬間に快楽を覚えるだけだ。だから命を奪う実感を得られる刀を武器としているし、即死できるようになるべく首を狙っている。
だけど、今回はちょっと失敗してしまった。ならば、どうするか。
「……ふふ」
思わず浮かんできた考えに笑みを抑えきれなくなってしまう。その顔を見た男の顔が恐怖に引きつり必死に抵抗しようとする。
「もう、暴れないでよ」
まずは喉に刺さった刀を一気に引き抜く。その途中でも男はまだ刀身を掴んでいたせいで、ぱっくりと掌の皮が裂けてしまった。断面から白と赤の筋肉と細い血管が覗かれる。
刀を逆手に持ち、相手の額に向かって勢いよく柄を叩きつける。出血と前頭葉に加わった衝撃で一瞬気を失ったかのか男の抵抗が止む。その隙に顔面を掴み後頭部を地面に叩きつけた。
ぐしゃあ、と掌に衝撃が加わる。原始的な方法だが確実に仕留められる一撃だ。念のため後頭部を確認すると割れた穴から脳漿が垂れ流れていた。
「くふふ」
残り三人。笑みを貼り付けたままわたしは振り返る。
ああ、残念。どうやら一人は失神してしまっていた。意識がないものを殺しても『楽しみ』がない。
壁に寄りかかって震えている男の姿が目に入るやいなや、即座に刀を構え突っ込んでいく。
「うっ、うわああああああああ!!!?」
怯えた男がろくに照準も向けないまま乱射する。片手でずっと撃っているせいで衝撃を受け流せず、弾道が乱れる。まあ、当たったところでわたしに意味はないが。
心臓目掛けてひと思いに突き刺す。わたしにとっては少々つまらない結果になってしまったがどうやら即死してしまったようだ。
「さあて……一人は気絶しているから残りはあなただけっ――――!?」
乾いた銃声、頭に響く衝撃、鈍い鈍痛。
間違いない、銃弾が脳に直撃した。
熱に浮かれていたような思考が晴れていく。あれほど強い殺人衝動は嘘のように消えていた。
衝動に飲み込まれている間も意識は喪失されないが、常に高揚した気分に陥る。たった数分間の出来事でも覚えていないことがあるのだ。実際、今のわたしには状況を把握するのでいっぱいいっぱいだ。
「……っ、そうだ、あの女の子は……!?」
一方的にわたしが蹂躙していたとはいえ、銃弾はそれなりに飛び交っていた。被弾している可能性が高い。せっかく助けに来たのに殺してしまっては本末転倒だ。
見渡すと倒れている少女の姿を発見する。一瞬、助けられなかったと絶望するが駆け寄ってみれば気絶しているだけだと安堵する。無理もない。いきなり目の前で血肉が飛び散るような惨状が行われれば誰だって気を失ってしまうだろう。
だがそれも束の間。
「死ねええええええっ!!」
まだ、一人。背後から銃声が響く。
即座に振り返り、頭に直撃しないよう体を反らしつつ右肩に被弾させる。
「ぐっ……!」
右肩に鈍痛。加えて衝撃と骨にめり込む感触。その感触は骨を通り抜けて右腕の感覚が消失する。貫通した。神経もやられた。力の抜けた右手から刀が落ちていく。だが、地面に転がる寸前に左腕で柄を拾い上げ、できる限りの体重を掛けて胸を斬り裂いた。
「っ!? くうううう……!!」
斬撃をすると同時に殺人衝動が再び目覚めるが必死に抑え込む。前方を見ると斬り裂かれた男は即死しなかったようだが、傷と痛みで動けなくなっているようだった。それに出血も酷いし胸の方から肋骨と肺が覗かれている。治療するつもりなど毛頭ないが、このまま放っておいても出血多量か感染症による壊死ですぐに死ぬだろう。
最後に失神していた男を縄で縛る。情報提供役として軍に明け渡すつもりだ。皮肉にも殺すのは得意だが、拷問をできるほどわたしは非情にはなれない。
「はぁ……はぁ……。ははっ、我ながらひどいね……」
本当に酷い有様だ。全身は穴だらけ。血は止まらないし、頭から脳漿も流れている。銃創は放っておいたままなので、いくつか弾丸が肉やら骨にも食い込んでいる。
不死身のわたしだからこそ、何とかなったわけだ。……わたし自身はそれをいいこととは思えないけど。
ともかく、今は少女の容態が心配だ。いつ気絶したのか分からないが、間違いなく最後にあの惨状を目に焼き付けているから起こすのは少々酷だが、事情も聞かなければならない。いい加減、リコも心配になっているだろうし。
「ねえ! ねえ、君! 大丈夫? 返事して!」
体を揺らしつつ声をひたすら掛ける。
わたしの声に意識を取り戻したのか、少女の瞼が開かれていく。
「んっ……ううん……。あ、れ……?」
「あ、大丈夫!? 怪我はない!?」
「は、い……。えっ、と……あなたは……?」
ぱちぱちと瞬きし、ようやく意識がはっきりしたのか目を見開いてわたしを見つめる。
「――――きっ」
「き?」
「きゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!?」
「へっ!?」
突然、わたしの姿を見るなり少女は悲鳴を上げた。
そしてぐるん、と瞳が裏返り再び気絶してしまう。
何で!? と焦るがそこでわたしの姿を思い出す。
なるほど、きっと今のわたしは周りからは化け物に見えるだろう。自分で言ってて傷付くが。
……というより。
「どうしよう、これ……」
辺り一面、血と臓物の海だ。行き止まりしかない裏路地とはいえ、人が入ってくる可能性もある。
確実に『上』から怒られる。全身から血の気が引いてくるのを感じた。
※※※※
『はい、はい。すみません、まだ合流できてなくて……』
何とかホテルの個室前までやって来れた。男の身ぐるみを剥ぎ、ちょうどわたしの姿を覆い隠せるほどのマントを見つけたのだ。それを被って少女を背負い、道歩く人々に軍の支部を尋ね、場所を知る人に縛った男を押し付け連行させた。当然、万が一のことがないよう男には念入りに脅してある。わたし自身が向かうべきなのだろうが、残念ながらそれを遂行する時間はない。押し付けてもらった人には悪いが、そこそこ強面な方だったのでまあ、無事だろう。
そして、前述したとおりホテルの個室前まで戻って来れたのだが(チェックインする際、受付員にかなり怪しまれたのだが)、扉の前から響いてくる声を聞くにどうやらリコが『上』の人と通話しているらしい。それに、わたしが戻ってこない様子にご立腹なようだ。ごめんなさい、本当に反省しています。
『はい、分かりました。また情報が入り次第、報告します……』
どうやら通話を終えるらしい。受話器を置く音が耳に入ると同時に扉をノックする。
「り、リコ……? せ、セラだよぉ……。ただいまぁ……」
「っ!? セラ!?」
ドタドタと向こうから騒がしい音が響く。わたしの声を聞くなりリコがこっちに向かって走っているようだ。
がたん、と勢いよく扉が開くと共にリコが飛び出してくる。
「セラ!? 無事だったの……って、何その格好?」
「は!? い、いや、その色々あって! 心臓に悪いからあんまり見ないほうがいいかなとか!?」
リコの指摘に慌てて誤魔化そうとする。絶対バレてると思うけど。
「……また無茶したんだね。さっきの女の子もいるし」
「いや、この子は放っておけなかったっていうか! と、とにかく中は見ないで、ね?」
わたしの言葉にリコがますます不機嫌そうな表情を浮かべる。
そしてがば、と躊躇なくマントの裾を掴んできた。
「うわあああ、見ないで! 見ないでえっ!!」
「いいから! どれくらい傷を負ったのか見せなさい!」
「そう言って、リコはこういうの苦手じゃないのおおお!!」
抵抗も虚しくリコはマントを取り上げる。
そしてわたしの姿を見るなり、リコは硬直してしまった。
「……ぁ」
「り、リコ?」
未だ回復していないわたしの醜体を直視したリコはわなわなと震え。
数秒の後、口を大きく開けた。
「きゃあああああああああああああああああああああああああああ!?」
「ちょっ、リコ!? しっかりして、リコ!!」
悲鳴を上げたリコはそのままぐるん、と瞳を裏返し気絶してしまう。
流石に二回もわたしの姿を見て気絶されるのは傷付く。
急いでわたしは救急箱と着替えを取り出すと迷いなくシャワールームへ駆け寄った。
まずは応急手当と血を洗い流し、必要最低限身なりを整える。
事情説明は、それからだ。
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