第1章 不死身の少女

第1話 北方の町、ウルス

『えー、間もなくー間もなくーウルス駅ー、ウルス駅ー』


 車掌の声が汽車内に響き渡る。

 いよいよわたしたちの目的地、ウルス町の到着だ。


「セラ、もうすぐだね」


 目の前に座る少女が楽しげに呟く。


「リコ、分かってると思うけどわたしたちは観光に来てるんじゃないんだよ。ころ――――人探しに来てるんだから」


 物騒な単語を口に出そうとして寸前で抑える。

 元々小さな町なので降りる人も少ないのだが、今は汽車の中。公共の場で簡単に口に出していいものではない。

 わたしの注意に少女――――リコは拗ねたのか頬を膨らませる。


「そんなの知ってるよ。でも、折角来たんだから楽しんだっていいじゃない」


「気持ちは分かるけど……。人探しが先! その後に観光しましょう?」


「はーい。あと観光じゃなくてデートでしょう?」


「なっ……!?」


 思いがけない言葉にわたしの頬が熱を上げていく。間違いない、今のわたしの顔は真っ赤になっているはずだ。


「いっ、いきなり何を言い出すの!? 今は公共の場で、わ、わたしたち、お、おおおおお女の子同士なのよ!?」


「はいはい。でもセラの方が声大きいよ」


 リコの言葉に、はっと息を呑む。

 周囲を見渡せば乗客員たちが微笑ましいものを見るかのような目でわたしたちを見ているではないか。

 恥ずかしさで卒倒しそうになった。


「~~~~っ!? リコ、もう着いたみたいだよ、早く出よう!!」


「へっ? ちょっ、セラ!」


 わたしはリコの手を引いて急いで駅を降りる。

 何はともあれ、北方の町、『ウルス』の到着だ。



※※※※



 エルメラド軍国。それが、わたしたちが住む国の名前だ。

『軍国』と名付けられている通り、この国は陸軍が政治を取り仕切っている軍事国家である。建国した当時から軍は設立されていたようで、戦争によってこの国は発展してきたらしい。故に、他国との緊張は未だ張り詰めているが国内の経済は非常に潤っていて、生活には困らないような人ばかりだ。

 そんなエルメラドのほぼ最北端にある小さな町こそが、今回のわたしたちの滞在地『ウルス』である。いくら市街から離れた田舎町だとはいえ、流石は経済大国エルメラド。はたまた最北端という地理が相性良かったのか、この町では貿易が主な商売となっているらしく、それなりに賑やかな町で観光客も年々増えているらしい。


「うわー、セラ見て! おいしそうな食べ物がいっぱい!」


 目を爛々と輝かせてリコが袖を引っ張ってくる。

 リコ――――紅崎こうさきリコはわたしの相方として共に旅をしている少女だ。年齢は十五歳。身長は百五十四と小さめで更に幼い顔立ちをしているから、よく小学生と間違われる(こんな事リコに言ったら怒られるけど)。藍色のショートカットに赤い瞳が特徴的な小柄な少女だ。


「はいはい、まずはホテルについて予約しなきゃ。衣食も大事だけど、宿泊地を決めなきゃ何もできないよ」


「セラ真面目過ぎだよー」


 わたしの返答にリコは拗ねたような声を上げる。

 セラ――――わたしの本名はセレスティア・ヴァレンタインだ。周囲からは長いと言われ、わたし自身本名で呼ばれることに慣れていないので普段は『セラ』と呼ばれている。わたしもこの呼び名は気に入っていたりする。

 白髪のポニーテールに青い瞳。色白の肌。それがわたしの外見である。明らか人より目立つので、若干のコンプレックスではあるが仕方なしと諦めている。


「それでセラ、今から泊まるホテルってどこなの?」


「ええと、地図によれば後三分くらいで――――きゃっ!?」


 ホテルを探そうと地図を眺めていたとき、突然横から何者かにぶつかった。

 不意のことだったので受身を取れず、地面に倒れてこんでしまう。

 だが、その直前にわたしは何とかぶつかった相手の顔を見ることができた。


 ピンク色のドレスを着込んだ、華奢な少女だった。

 少女はぶつかったわたしに目もくれず、走り去ってしまう。

 だが少女の表情には焦りと恐怖があり、まるで何者かに追われているかのような、そんな必死な形相を浮かべていた。


「まったく。何なのよ、あの女。セラにぶつかって謝りもしないで」


「リコ」


 わたしは一言だけ呟くとリコの方に振り返り、地図を渡す。


「セラ?」


「予定変更。リコは先にホテル行ってて!」


 それだけ伝えるとわたしは勢いよく振り返り、少女の方に向かって走っていく。


「は!? ちょっ、セラ!」


 背後でリコが叫ぶが、無視して少女の方を追いかける。

 ――――ごめん、リコ! 終わったら謝るから!

 

「いたぞ! あの女を追え!」


 後ろから男の怒号が響き渡る。

 ちらと横目で見れば五人の男が追いかけているではないか。わたしはともかく、か弱い少女を集団で追い詰めるのはいけ好かない。

 と、前方の少女が右方向へ消えていく。どうやら路地裏の方に隠れていったようだ。

 だが、そんな場所に入った所で上手く逃げ切れるなんて、そんな都合のいい展開がある訳ない。実際、路地裏に入ってみると奥は行き止まりで戸惑っている少女の姿があった。


「あのー……」


「ひっ!?」


「あらら……」


 少し声を掛けただけで少女は恐怖し、後ずさってしまう。

 この様子では事情を聞けそうにもない。複数の人に追われているということは碌でもないことをやってしまったのだろうが、身なりを見るに彼女は身分が高そうなので悪事を働いたとは思えないし。

 どうしようかと悩んでいると、男たちがわたしたちの元に追いつく。


「テメェ、逃げてんじゃ……! あ? 誰だテメェは」


「邪魔すんなら殺すぞ!」


「はあ……」


 わたしの姿を黙認した男たちが殺意を向けてくる。

 よく本などで見かけるが、何故こうもチンピラたちは辺り構わず喧嘩を売るのか。ましてや相手は少女二人。いい歳した大人が情けない。

 呆れてモノも言えないので、わたしは鞘に収めていた刀を抜く。もちろん、相手はチンピラなのであくまで威嚇のつもりだ。


「確かにわたしはあなたたちには何の関係もありませんが……。女の子を追い掛け回しているのは見過ごせません。事情は知りませんが首を突っ込んでいただきます」


「ふざけるのも大概にしろよ、テメェ!」


 テメェしか言えないのか、こいつらは。

 どこまでも典型的な言動を取るチンピラにため息を吐くが、そこで予想外のことが起きた。

 確かに威嚇のつもりで抜刀をしたのだが、相手は怯むどころか警戒心を強め、懐から拳銃を取り出したのだ。

 意外にも好戦的な態度とこの場にあってはならないはずの物騒な武器に眉をひそめる。


「……この国では軍人以外の武装は禁止されているはずですが」


「へっ、じゃあお前は軍の関係者なんだな? じゃあお前は生かして帰せないな。今すぐここで殺してもらう」


 わざわざ自分が闇組織の一員であることも吐き出してくれた。チンピラはどこまでも脳無しらしい。

 しかし、相手は既に引き金に指をかけている。カチャリ、という音が一斉に鳴ったことから弾は既に込められているのだろう。銃撃戦が始まるのは避けられない。対してわたしは刀一本。わたし自体は別にどうでもいいのだが、このままでは背後の少女もろとも撃ち抜かれて終わりだ。

 わたしは少女の方に振り返り、思いついた言葉をそのまま早口で叫ぶ。


「ここはわたしが何とかするから隙を見つけたら早く逃げて! あと、戦っている所は見ないでね! 一生、お肉が食べられ――――」


 ぱあん、と。

 乾いた銃声が響く。


 初めに熱があった。次に衝撃を受けた。最後に激痛が走った。

 どこを撃たれたのか。うまく思考はまとまらないが、頭がジンジンするからきっと頭を撃たれたのだろう。

 目の前を赤い液体と無色な液体とピンク色の肉が飛び散る。これは……わたしの、脳……? 

 背後から甲高い悲鳴が聞こえてくる。ああ、見られちゃったか……。多分、腰が抜けて動けなくなっているはずだ。外見だけだと十五にも満たない少女だったから無理はないが。

 また、ぱんぱんと銃声が聞こえてくる。

 首、肩、胸、腕、腰、足。どうやら全身に銃弾をぶち込まれているようだった。その証拠に地面に倒れたわたしの体が血の海に溺れてきている。

 だが、そこまでの銃創と出血をしてもなお、だ。


「ふん。あれだけ調子こいてやがって、このザマか。軍人も大したことねえなァ」


「じゃ、次はテメェの番だ」


 男の一人が銃口を少女に向ける。

 目の前の惨状に顔を青白くしていた少女はただ一言、「神様……」とだけ呟いた。

 否、

 引き金が容赦なく、発射される。

 だが、その銃弾は勢いよく起き上がったわたしの肩に吸い込まれていった。


「はぁ……はぁ……、よくもやってくれたね、あなたたち……」


「な、何だ!?」


「こ、コイツ、あれだけの傷を受けて!?」


 典型的な驚き方をする男達には目もくれず、わたしは少女の方を振り返る。

 少女はわたしを見るなり「ひっ」と怯えた声を上げた。

 理由はわかっている。今ここに鏡がないからわたしの姿を確認する方法がないが確信はある。

 あれだけの傷を受けても立ち上がったわたしの様子に、ではない。

 

 今、わたしは恐らく満面の笑みを浮かべているからだ。


「ねえ、キミ……。今、『神様』って言ったよね……?」


「えっ……あっ……」


「言ったよねぇ?」


 もう一度、圧をかけるように少女に問いかける。

 少女は怯えながらもわたしの問いに答えようと口を開こうとした。


「て、テメェ、今すぐ死ねえっ!」


 だが、そこで男の邪魔が入る。

 まだ弾が残っていたのか、何発もわたしに向かって撃ち込んでいく。

 ごほ、と口から血を吐いた。

 お腹にできた傷を触るとぐじゅり、と嫌な音と共に激痛が走った。指がお腹の中に入り込んでいる。恐らく、腸にも穴が空いてしまったのだろう。

 だが、今はなど重要ではない。少女の言ったことが大事なのだが、こいつらがいると邪魔で仕方がない。

 だから、わたしは躊躇なく男の右腕を斬り落とした。


「……あえっ?」


 理解できない、といった表情を浮かべる男。

 片腕を失ったことで重心が崩れたのか男はそのまま倒れ伏してしまう。

 と、同時に断面から血を噴き出した。


「あ、があああああああああああっ!!!? 腕がああああああああああ!?」


 ようやく痛みが広がったのか男が叫びだす。

 それもうるさいから、わたしは今度は首を切断しようとする。だが、刀に大量の血が付着したせいで中々首を切れない。

 仕方ないから一度喉を切ったあと、止めに口の中に刀を突っ込んだ。鈍い感触とともに鮮血が迸り、男が黙る。うん、実にいい気分だ。


「ひっ、な、何だコイツ!?」


「ちゅ、躊躇なく人をきっ、斬ったぞ!?」


「うるさいなあ……。あなたたちだってわたしを躊躇なく撃ったじゃん。この人は喉と腕だけで済んだけど、わたしなんか全身に穴が空いてるんだよ?」


 事実、今もわたしの頭から脳漿が垂れ流されているし、左手は貫通して動かせないし、心臓は何発も撃たれて文字通り

 それでも、死なない。死ぬことを許されない。死ぬほどの痛みと傷をいくらでも味わうことはできるが、わたしの意識は途絶えることができないのだ。

 これは、いわば呪いだ。わたしが『神様』から与えられた呪いしゅくふくなのだ。

 そして、かけられた呪いは一つだけではない。普段は無意識に押さえ込んでいるが、今みたいに痛みと興奮で理性が飛ぶと目覚めてしまう最悪の呪い。

 

 強い殺人衝動と、それに伴う快楽。

 いわば、わたしは不死身の殺人鬼だ。


「へ、へへ。えへへへ。久しぶりに抑え込まなくて済むからさあ。ちょーっと加減ができないけれど、ごめんね?」


 男たちの顔が恐怖に歪む。

 彼らには残念ながら、パーティーはまだ始まったばかりだ。

 

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