第10話

「遅すぎるぞ、杏!」

「おまえたちが勝手に動き出したのが、悪いだろうが!」


 そこに居た彼女は、意識を失う前の彼女とはどこか違う印象を受けた。

 男らしくなったというか、女っぽくないというか、まるで人が変わったというか。


「何を気にしている、少年。……あれは、間違いなく杏だぞ?」

「杏……確かに外見はそうですよ。ですが、中身は」

「神下ろしの代償。お前も知らないつもりではあるまい。何せ、その場に居たのはお前なのだから」


 そうだ。

 確かにそうだ。

 その場に立っていたのは、僕だけで、その情報を整理できるのが僕だけで、その事態を把握できていたのが僕だけだった。

 柊木杏。

 彼女は神下ろしの儀を実行し、失敗した――そう思われていたはずだった。

 しかしながら、今彼女は目の前に立っている。

 けれど、それは一年前までの彼女とは違い、どこか男っぽい性格になってしまったような……。

 杏は右手に持っていた紙をくしゃりと握りつぶす。そして、一言だけ詠唱を行う。


「マテリアライズ」


 そして、彼女の右手には小刀が握られていた。ぐしゃぐしゃにされた紙は、どこかに消えてしまったというのか――。


「あいつ、下ろした神は傲慢だと思っていたが、どうやら私たちの想像を覆すものだったらしいな。……お前、知っているんだろう? あれが『何』を下ろしたのか」

「知らないですよ。……知っていても、それを言えないのが約束です」

「約束、か。くだらない価値観だ。いつまで経過してもそんな価値観を弄ぶからこのようなことになるのだ。いつまで経過しても魔術師の地位は裏でしか暗躍できない。表舞台に出ることを許されない。それが魔術師の魔術師たる所以だ」

「そうでしょうか」


 僕は、それでも言えずにいた。

 その出来事を、誰にも言えないでおくということ。それは僕にとって、そして彼女にとって、独白めいたことに近いかもしれないけれど、

 杏はそのまま飛びかかる。少女はただにやりと微笑むばかりだった。少女の影が姿を見せ、そのまま杏を取り押さえようとする。しかし杏の攻撃により、影は切り裂かれた。


「……! 私の攻撃が、止められた!?」

「神下ろしと、言ったか。少女よ」


 杏の言葉に、少女は頷くことしか出来ない。

 自分の立ち位置が変わってしまうと、一気に態度を変えてしまう。それは普通の、少女の考えなのかもしれない。


「くだらない。くだらない価値観だ。神下ろしなど、間違っている。それは神に力を使わされているだけに過ぎない。人間により裁きを受け、そして魔術師としての烙印を押されろ。それが今のお前に残された道だ」

「そんなこと……そんなこと出来るわけないじゃあない! 私は、この『みどりの星』を導かないと」

「導いたところで、何になる」

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