第7話
そして。
二十二時半。
東新宿駅から徒歩数分のところにある『みどりの星』の入るビルへとやってきた。びゅう、と生温い風が肌を伝う。それは警告だった。いや、或いはそうではないのかもしれない。
とにかく、気持ち悪い気配を感じることだけは確かだった。
「……何なんですか、これは」
「だから言っただろう、これは。『神』だよ」
「神?」
「魔術の類であることは間違いないということだ。それについては我が妹も同じ立ち位置だったと思うが? ああ、でも『あれ』は失敗だったかもしれない。何せ意識が無いと言っても何らおかしくはないからな」
実の妹を、あれと呼ぶ。それについては慣れない。慣れなくてはいけないと思っているのだけれど、慣れる訳がない。
そう。今の彼女、柊木杏がああなってしまったのは、一年前に起きたある出来事が原因だった。
いわゆる、『神下ろし』というやつ。
所長も経験があるからこそ、それについてそう断言できるのだ。
「でも、未だ魔術かどうかはっきりしていませんよね」
言い放つ僕に、所長は何も答えやしなかった。
テナントには電気が点いていない。二十一時も回るとこの辺りは夜の歓楽街と化す訳だが、しかしてこのビルはどうにも異常だった。
「……とにかく、ビルの中に入るぞ」
「鍵は? そんなもの持ってませんよ」
「当然だ。だから『抉じ開ける』」
ああ、さっき何か描いていたのはそれだったのか。
シャッターは締まっている。人通りは少なく、明かりも少ない。少し別のところに行けば歓楽街の明かりが眩しいぐらいに照らしてくれるのだろうけれど、今の僕らには携帯電話のライトで充分だった。
「誰か来ないか見張っていろ、今から『術式』を仕掛ける」
「それって不法侵入なんじゃあ……」
「連続飛び降り事件の手掛かりを掴むのと、不法侵入するのと、どっちを天秤にかける? そんなことは決まりきったことだよな?」
「……そりゃあ、そうかもしれませんけれど……。でも、もし訴えられたら?」
「何とかして揉み消すしか無いだろうよ。ま、相手がそうしてくれるかどうかはまた別の話になる訳だが……」
とにかく。
中に入らないと何も始まらない、と言い切った所長に僕が反対意見を出すことなんてできやしなかった。
だから僕は素直にそれを認めて、
「……分かりました。何か来たらすぐ呼べば良いんですね?」
「話がわかるようで何よりだよ」
そして、僕は監視役に、所長は『鍵開けの魔術』を行使する為にそれぞれ奔走した。
結果から言えば。
寸分の狂いもなく、所長は手際良く魔術を実行した。
僕はずっと待ちぼうけの形になっていたので、背後から声を掛けられて驚いてしまったが、声だけは出さなかった。
「良し。声を出さないだけ利口だ。ここで大声を上げていたらお前をぶん殴っていたところだよ」
「何で殴られなくちゃならないんですか!」
「うーん、何となく」
「何となくで殴られちゃあ、たまったもんじゃあないですよ!」
「まあ、良いだろ。とにかく、鍵開けの魔術は無事に成功した。中に入るぞ、少年」
所長は何処からか取り出した懐中電灯のスイッチを入れて、そのまま暗闇の階段を上っていった。僕も慌てて携帯電話のライトを使ってその後をついていくのだった。
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