第6話


 所長が敵情視察を終えて帰ってきたのはそれから一時間後のことだった。まあ、電車で一駅で行ける距離だからそんな手間もかからなかったのだろう。


「お疲れ様です。麦茶、飲みますか?」

「あ、ああ。一杯貰おうか」

「?」


 所長の慌てている姿に若干の疑問を感じたけれど、僕は冷蔵庫から麦茶を取り出すこととした。麦茶の入った瓶が冷えている。それを取り出して、コップに麦茶を注いだ。そして、それを所長席で座っている所長の前に置いた。


「ああ、ありがとう。助かるよ……。にしても、こいつは厄介なことになりそうだな」

「何か分かったんですか?」

「分かったも何も、大方の予想通りありゃあ魔術師がしでかした案件だ。東新宿の駅を降りたら気持ち悪い空気が立ち込めていやがった。そんでもって、それの発生源は……」

「みどりの星、と言ってましたっけ。その施設なんですか?」


 麦茶を飲んだ後、所長はゆっくりと頷いた。


「……ああ、そうだ。その『みどりの星』なんだがな、何か調べて出てきた情報はあるか?」

「そう言われると思ってて、既にまとめてありますよ」


 客人が座るソファの前にあるテーブル、その上に置かれているステープラーで留められた数枚の紙束を手渡す。

 それを見ながら、もう一口麦茶を飲み干した。そのタイミングを見計らって、また麦茶を注いでいく。


「成程……。あの宗教は、少女を神に仕立て上げているんだな?」

「只の少女では無さそうですけれどね。何でも『奇跡』を起こすことが出来るとか。……やっぱり神下ろしでもしたんですかね? 名前を見た限りでは、魔術師の家系では無さそうなんですけれど」

「ふむ……。だが、混血の可能性もある。先祖返りの可能性だって充分あり得るだろう。だが、あの強力な『結界』を作り上げられる程の力が、その少女に存在するのか?」

「なら、やはり神下ろしですか」

「結論を急ぐな。だが、可能性は高い。潜入したところでこちらの力に気付かれる危険性もあり得る。なら、」

「夜を見計らって、攻めに行きますか?」

「……君は時折考えが荒っぽくなるね。少しは自重した方が良いぞ。だが、今回はそれが正しいかもしれないな」


 麦茶を一気飲みした所長はそのままソファに向かうと、ごろんと横になった。


「私は今から寝る。休業中の看板をかけておいてくれ」

「今日、もう調査に入るんですか?」

「調査するなら早い方が良いだろ。それに、いつ新たな被害者が出て来てもおかしくない。なら、さっさと解決してしまった方が良い。それが一番だ。そうとは思わないか?」

「そりゃあまあ、それが一番だと思いますけれど」

「宜しい」


 折畳式の携帯電話を取り出し、ポチポチと操作する。

 アラームでもかけたのだろうか。ある程度操作を終えると、机の上に携帯電話を放り投げた。


「それじゃあ、二十二時に起こしてくれ。一応十分前にアラームが鳴るはずだ」


 今が十七時だから、五時間後ということか。


「深夜手当は出ますよね?」

「出るわけないだろ、ここを何処だと思っている」

「うわー、ブラック」


 しかしこれ以上話したところで何も解決しない。そう思った僕は、そのままその指示に従うほか無かった。

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