第5話
「まさか、その事件に魔術師が関わっていると言いたいわけ? あれは全部自殺の筈では」
「中心地に、何があると思う?」
赤い円は、半径一キロメートル圏内に存在している。
そして、その中心にあるものは――。
「『みどりの星 新宿支部』……?」
「流石に新興宗教までは詳しくないか? 最近動きを見せている新興宗教だ。その新興宗教について色々と話したいことがあってな。どうやらその新興宗教のトップ、魔術師らしいんだよ。それも『神を師に持つ』と宣っている。これは魔術師にとってもあまり宜しくないことじゃあないか?」
「神下ろしをしたってことになるわね、それが『本当』だとするならば」
「嘘じゃあないとは思う。だが、誇張は多くあると思う。新興宗教というものは誇張があってこそ、の組織体制だからな」
「成程。それで? 私にその情報を持ってくるからには、何かして欲しいことがあるんじゃあなくて?」
「今、新宿区近辺を警戒態勢にしている。理由は……まあ、言わずもがな。そこで君に依頼したいのは、潜入捜査だ」
「潜入捜査? 破防法でも持ってきて、やってしまえばいいじゃあない。そういうところはあんたたち警察のお得意じゃあなくて?」
「そりゃあ、俺だってそうしたい。だが、現状証拠が一切無いんだ。魔術がどうやって人間の心理に働かせて、自殺するに至るかがはっきりとしない。だから君に頼んでいるんじゃあないか。魔術課とは言うが、魔術師が一人も居ないのにどうかしているとは君だって知っているだろう」
徐々に大石さんの語気が強まっていく。
「そりゃあ、そうかもしれないけれど」
しかしそんなこと物ともせずに、所長は話を続けた。
「それは良いとして、潜入捜査程度でその証拠が掴めるかねえ? 神を下ろしたのが事実であるとすれば、魔術師としての力は圧倒的に敵いやしない。後は国が裁くしか方法は見当たらないよ」
「それをどうにかするのが、君の仕事だろうが」
「その通り」
頷いた後、所長は右手を差し出した。
「交渉成立ね。いつも通り、前払いでお願いするわね」
「ああ、了解した。いつも通り、いつもの口座に振り込んでおこう。よろしく頼むぞ」
そしてそれを見た大石さんも、右手を差し出すのだった。
◇◇◇
プリンを食べながら、大石さんたちが置いていった資料を眺める所長。
甘い物を食べながら考え事をするとうまくまとまるらしい。それは所長が良く言っていることで、だから僕は良く甘い物の買い出しに行かされることがある。そんなに食べて太らないのか、なんて思うかもしれないけれど、所長曰く『脳がエネルギーを使っているから、太らない体質なのよ』とのことらしい。
「……とにかく調査しないと話が進まないわね」
そう言った所長はプリンを最後までかっこんで、立ち上がる。
「何処へ?」
問いかける僕の言葉に、所長は一言だけ答える。
「強いて言うなら、敵情視察と言ったところかしら」
そうして、所長は事務所を出て行くのだった。
テーブルにプリンの食べた痕を残したまま。
片付けるのは、いつも僕の仕事なのだった。
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