第4話

 柊木伝承相談所、とは言っているがその殆どが魔術についての依頼を受けているだけに過ぎない。結局の所、魔術相談所などと言えない事情があるのだ。魔術など表舞台にあげてはいけない――さっきそんなことをモノローグで言ったような気がするけれど、まさにそれがその通りだと言えるだろう。


「で。何ですか、野暮用って」

「ああ、そうだった。もうすぐやってくるはずだが」


 僕がプリンを冷蔵庫に仕舞い込んだと同時に、インターホンが聞こえた。


「おっ、来た来た」


 まるで宅配ピザの注文を待ちかねていたかのような感覚で、インターホンへ向かう所長。


「今回は、お偉いさんもお揃いって感じね。りょーかいりょーかい。鍵は開いてるから、そのまま入ってきてちょうだいな。ユウキ、あんた、お茶用意して。えーと……四つあれば足りるかな?」

「そんなに容器ありましたっけ?」

「無かったらなんとかするんだよ。取りあえず用意だけしておけ、用意だけ」


 ドアノブを捻る音が聞こえ、やがて二人の男が中に入ってきた。

 一人は見覚えがある。大柄の男だ。柔道の有段者だという話も聞いたことがある。確か名前は――。


「大石くんと、もう一人は新入り?」

「まあ、そんなところか。挨拶しなさい」


 大石さんの言葉を聞いて、もう一人の小柄で茶髪、頬にはそばかすが出来ている男は頭を下げた。


「大石さんの部下の、御劔と言います」

「それじゃあ、話に入りたいのだが。……先ずは座っても?」

「良いよ、好きに座りな。んでもって、一応そこの新入りに自己紹介しておいたほうが良いかな? 大石くん」

「そうだな、して貰えると助かる。一応、ある程度の情報は渡してあるつもりだが」


 二人が座ったのと同じタイミングで、対面するようにソファに腰掛ける所長。


「私の名前は柊木夏乃。ここは柊木伝承相談所と名乗っているけれど、実際そんな相談が来るはずも無い。来るのは、あんたたちが悩んでいるものみたいに、『魔術師』が絡んでくる事件が殆どだね。現に私も魔術師の端くれだ。魔術は使うことが出来るし、読み解くことも出来る。まあ、限界はあるけれど。……何か質問は?」

「ええと、魔術って、本当にあるのでしょうか?」


 御劔という青年は、まだ魔術について懐疑的だったようだ。当然だろう。魔術なんてものは普通に表舞台に立っていれば触れることはまず無い。

 それを見せつけるように、所長は一枚の紙をテーブルに敷いた。


「……あの、これは?」


 紙には、円と、その円に沿って魔術文字――ルーンとでも言えば良いのだろうか――具体的な文字組み立てはそれとは違う、一定のリズムや文字の構成がある――が描かれている。

 それを見た御劔はまだ意味を理解できておらず、


「あの、これはいったい」


 と声をかけるばかりだった。

 それを聞いていた所長はくすりと微笑むと、


「まあ、見ていれば分かるよ」


 とだけ言って、その紙に『触れた』。

 そして、その紙は轟!! と燃え上がった。


「うわわっ!! 何ですか、突然! ライターを使うならそうと言ってくださいよっ!」


 御劔の言葉に、さらに微笑む所長。


「ライター? 私はそんなものを一つも使っちゃあいないぞ。私が使ったのは、火炎魔術の魔術式が描かれた紙と、詠唱に必要な『魔術師』としての用意を済ませただけの話だ」

「……分かったか、御劔。魔術は、我々の常識をこうも簡単に覆してしまう。だから、お前が思っている以上のことが起きているということだ。理解したまえ」


 ごほん、と咳払いを一つしたところで、ちょうどお茶ができあがったので、四人分持って行く。

 それぞれのところに置いて、僕は当然のように所長の隣に腰掛ける。


「これはこれは、どうも。済まなかったね、私の部下が、無礼を働いてしまって」

「無礼とは思ったつもりはありませんよ、大石くん。君だって最初は魔術師について懐疑的だったじゃあないか」

「それについては本当になんとお詫びすれば良いのやら……」

「それは良い。用件について教えて貰えるかしら。警察がわざわざやってきたのでしょう。何か、魔術師に関して魔術課の範疇を上回ることが起きたということだと思うのだけれど」

「そうだ。そうなのだよ」


 そう言って手に持っていた封筒を開け、何かを取り出す。

 それは新宿区の地図だった。そしてある場所に赤い円がつけられている。


「これは……」

「連続飛び降り事件、」


 大石さんは単語だけを述べて、


「それだけならば、たとえ魔術師だろうと聞いたことはあるだろう?」


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