トランキライザー
@koma2_555
第1話
「お願いします」
「はーい」
インターホン越し。大判のタオルを二枚と専用のボディソープとうがい薬。それらが入るトートバッグには誰もが知っているキャラクターがしっかりとプリントされている。これがわたしの夜の大切なお仕事道具だ。
「こんな可愛い子が来てくれるなんて思ってなかったから、緊張したけど気持ち良かったよ。ヒナちゃんだよね、また指名するからね」
「うん、また絶対だよ?」
しっかりとわたしの手の内に吐き出された白濁液をティッシュで拭き取った。これが、命の元か。特有のぺたぺたした感覚とそれにくっつくティッシュはこれまたしっかりと残ったけれど、後でシャワーで洗い流せばいい。
見た目、おおよそ四十代くらいだろうか。もう後は眠るだけのような部屋着にさっさと身を包んで、それでも薬指にはシンプルな指輪が光っていた。
「単身赴任でこっちに来たから、分からないことが多くてね」
「じゃあ、いろいろ教えてあげなきゃ。ラーメン屋さんとか」
「そうだね、札幌と言えばラーメンだ」
ひとりでシャワーを浴びて、タオルを巻いたまま持参したお仕事道具を元あった場所に戻してゆく。それから、脱ぎ捨てられソファの端に丸められた下着を身に付け、普段ならきっと着ることのないフリルがあしらわれたワンピースを頭からすっぽりと被った。壁に掛けられた時計は決められた時間を示していて、わたしはテーブルに置かれたお金を小さなポーチに詰め込んで立ち上がる。
わたしはお金でいろんなものを売っている。あい、ゆめ、からだ、こころ。そして、いろんなものを手に入れた。
「はい、お金」
「ありがとうございます、…っと、ヒナさん乗りました。サンゴー回収しました」
手に入れたのは、おかね、おかね、おかね。それと、ふとした時に感じるありったけの絶望。
「空がもう、明るいね」
「四時過ぎでもう明るくなる時期になってきましたね」
カラスの鳴き声が聞こえる。もう車がたくさん走っている。金髪の男のひとと高いヒールの靴を履いた女のひとが腕を組んで歩いている。それがわたしの生きるすすきのの街だ。わたしは、あの信号機の下に転がっているアルミ缶、あ、車に轢かれてぺしゃんこ。
明日は遅番だから、まだ少し眠れる。
昼間はカフェ店員。夜はたまに、風俗。少しずつ悲しいけれど板に付いてきた。わたしの寂しさを埋めるにはこれしか、ない。受け取った今日のお給料。お仕事だから、当たり前。これがわたしの日常。
トランキライザー @koma2_555
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