第一章57  『勝者と足掻きと○○と』

 


「こんなの……」


 フォレストの町――周りを木で作られた柵と、魔物避けの街灯に囲まれたこの町は、目の前に直ぐ森がある。

 その西入り口、魔物避けの街灯が全て破壊されたこの場所に私たちはいた。

 大狼王キングウルフを倒したと思った瞬間、奴は戦狼キラーウルフを遠吠えで呼び寄せた。


「これは流石にヤバそうにゃ」


 ライが森を見ながら呟く。目の前には沢山の戦狼キラーウルフ。十頭は軽く越え、百頭……いや、それ以上いるか?

 ここからじゃ正確な数は分からないが、暗闇の中で光る両目の多さを考えれば、姿が見えているのと合わせると、それぐらいはいてもおかしくない。


「西の森でも沢山倒したのに、まだこんなにいたんですね……」


 ライの背中に担がれたエン君も、流石に表情が暗い。確かに、西の森にいた私たちは戦狼キラーウルフをかなりの数倒したが、それでも今この場にいるのを見る限り、どんなに少ない数だったか分かる。


「これも全部奴の計画だったってのか? ふざけやがって」


 そう毒づくガイさんだったが、私も同じ気持ちだ。

 大狼王キングウルフはフォレストの町を破壊すると言っていた。ガイさん達が退けたのはほんの一部にしか過ぎなかったのだろう。

 氷の槍の向こうを見てみるが、大狼王は遠吠えを上げてから、全く動いていない。


「もしかしたらこれは、自分がやられた際の、最後の保険だった可能性もあるね」


 ウィンさんが疲れきった顔でそう言う。

 自分がやられたとしても、これだけの数の戦狼キラーウルフが町を襲うなら、大狼王キングウルフが言っていたフォレストの町を破壊する事は簡単だ。


「……どう……する?」


 テディの上にいるフェイちゃんの声が、通信用の魔法石から聞こえてくる。こうやって、私たちが会話してる間にも、戦狼キラーウルフの数は増えている。

 悩んでいる暇はないが、かといって下手に動けない。まぁ、このまま考えていたとして、この状況をどうにかする術が思い付くとは到底、思えないけど……


「ドンさん、西入り口の前や周りを氷の槍で埋められますか?」


「出来るが、俺たちはどうするんだ?」


「外で戦います。もし町に入られて脇道にでも逃げられたら、この数を一頭ずつ追うなんて不可能だと思いますし」


「皆、輪になれ!」


 ガイさんの掛け声で、力を使いきって動けなくなったエン君を中心に並ぶ。

 私の右隣から、ライ、ガイさん、ウィンさん、長身の男、ガイさんたちと一緒にいた魔王、テディに乗ったフェイちゃんの順に大きな円を作る。

 戦狼キラーウルフたちは、低い唸り声を上げながら移動する私たちの様子を伺っていた。


「来るぞ!」


――ガイさんが叫ぶと同時。


 大量の戦狼キラーウルフたちが、一斉に襲い掛かってきた!


火花スパーク!」


 眼前に迫る戦狼キラーウルフにまず一撃。いつもなら、近接に持ち込んで戦うが、この状況じゃ直ぐに孤立して終わりだろう。

 隣を見ると、ライも同じく距離を空けて戦っている。


「おいトール! あの魔法はもう使えないのか?」


「カリーナの魔力がないのとぉ、この人数の耳を保護するのも無理だよぉ」


「くそっ! これじゃ流石にじり貧過ぎる」


 ガイさんと、長身の男が何やら話していたが、私も自分の事で手一杯で全部聞いてる暇はない。


「まずい!」


 何頭かが、私たちを抜いて町に向かう。


「任せろ!」


 西入り口に近くに氷の槍を幾つも作っていたドンさんが振り返り、氷のナイフを投擲して二頭を倒す。でも、まだ三頭が……


「ロウ!」


――ウィンさんがそう叫ぶと同時。


 空中から残った三頭に向けて、大きな羽根が飛んできた。警戒していなかった上空からの攻撃に、三頭は倒れる。


(何とかなった…………でも……)


 テディが手を払い、四頭の戦狼キラーウルフを弾き飛ばす。だが、その動きも前と比べると鈍い。

 それはフェイちゃんだけじゃない――皆そうだった。

 エン君を庇いながら戦う私や、ライ。手が疲労や怪我で動かないのか、両手扱っていた大剣を体全体を使って片手で振るうガイさん。フェイちゃんが乗るテディも魔力の減少が原因か、明らかにサイズが小さくなっていた。


(このままじゃ本当にまずい……)


 口には出せないが、皆分かっていた。この人数で、これだけの戦狼キラーウルフを倒しきるのは不可能だ。皆、怪我や疲労で限界が来ている。


「……ガイ!」


 通信機からのフェイちゃんの声に振り返ると、ガイさんが戦狼の一頭にのし掛かられていた。


「ガイさん!」


 助けに近付こうとするが、横から戦狼が飛び掛かってくる。何とか横に転がり回避するが、目眩で直ぐに動けない。


「くっ! ハチ!」


 影から出てきたハチが、覆い被さった戦狼に噛み付く。その隙にガイさんが戦狼を大剣で貫いた。

 何とかなったとはいえ、このままじゃ全員が倒れるのも時間の問題だ。


「これはちょっと厳しいにゃ」


「私も同感」


 大きな円のように並んでいた私たちは、いつの間にか小さな円、いや点のように集まっていた。全員、息が上がり、立っているのもやっとだ。

 フェイちゃんも魔力が切れたのか、今はエン君と一緒に私たちの円の中心にいる。


「いよいよ、やべぇな……フェイ、俺の後ろにいろ!」


「……うん!」


 ガイさんがフェイちゃんを庇うように、背後に移動させる。本来なら羨ましい! と叫びたい所だが、どうやら私も相当余裕がないようだ……

 飛び掛かって来た戦狼キラーウルフ火花スパークで倒した瞬間、それは来た。


「…………あ……れ?」


 体の自由が利かなくなり、地面に転がる。


「ドロシーさん!」


「ドロシー!」


 エン君とライが呼ぶ声が聞こえるが、起き上がれない。何とか首だけは動かせるが、それだけだ。


「いよいよ……」


 倒れた私に一頭の戦狼キラーウルフが迫る。ライがこちらに向かおうとしているが、他の戦狼に邪魔されている。何とかしないと……

 しかし、体は動いてくれない。私の体の筈なのにどうして?

 戦狼との距離が縮まっていく。その大きな口が私に向かって開かれる。


 これは……


 駄目だ…………


――諦めかけたその瞬間。


「放てっ!!」


 聞き覚えのない大きな声と共に、炎や氷、雷など色とりどりの魔法が戦狼キラーウルフに降り注いだ。

 あれは、間違いない!

 見覚えのある紋章をつけた集団。

 その紋章は、鎧を着た騎士の背後に魔ノ者らしき影があり、地面にいる大きな目のような物に剣を突き刺して、柄に両手を添えている。

 それはを表す紋章だった。


「うおぉぉぉぉぉーー!」


 大きな叫び声に首だけを動かすと、森から馬車が現れた。消火活動をしていた魔王たちも帰って来たのだ。馬車から降りた魔王たちも戦狼キラーウルフを蹴散らしていく。


 そして……


 この町を舞台にした私たちと大狼王キングウルフの戦いは、王都からの応援と消火活動から帰ってきた魔王たちの協力で幕を閉じた……

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