第一章56 『協力と決戦と○○と』
「何故ダ? 何故壊れなイ!」
森の町、フォレストの中心にある大樹マザーの前に
直ぐ近くの建物の屋上にいる私にも気付かない所を見ると、いかに焦っているかが分かる。
大狼王の真上にある
ガイさんの言っていた魔法とはこれの事だろう。よく見ると、氷の槍は止まっている訳ではなく前に進もうとしているが、魔法陣に阻まれて動けず、遠くからは止まって見えていただけのようだ。
その真下には大狼王が何度も前足をマザーにぶつけようとしているが、当たる直前に別の魔法陣が現れ弾かれている。
西入り口近くでガイさんたちと相談していた時には気付かなかったが、前足を振るうだけではなく、小さな氷の槍なども魔法で生み出し攻撃に使っていたみたいだが、その全てがことごとく魔法陣によって弾かれていたみたいだ。
私は、皆に提案した作戦を実行する為に、更に大狼王に近付いた。
私の作戦が全て上手くいくかは分からない。予想から組み込んだ内容だってある。
正直不安じゃないかと問われれば、そうだと答えるしかない。
でも私は、ドンさんも、リンちゃんも、町の皆も、全部助けると決めた――その為には
下を確認すると、道の向こう側にある建物の影にエン君を背負ったライが見える。私が目で合図するとライが無言で頷いた。
ここからが勝負だ!
呼吸を整え、ひとつ目の作戦を実行する為に、なるべく大きな声で話し掛ける。
「町を壊すんじゃなかったの?」
「……なッ!? 何故貴様がここにいル?」
驚いた表情で、横の屋上にいる私を見る
「そんな事はどうでもいいのよ! 私には町を壊しているようには見えないけど? 私を絶望させるんじゃなかったの?」
「…………貴様ァ」
沸々と煮えたぎるように、徐々に怒りを露にする
「そうか!
「貴様ぁぁぁぁぁぁァ!!」
下等だと蔑んでいた相手に同じことを言われ、激昂しながら空中に沢山の氷の塊を生み出す大狼王。
普段なら、こんな安っぽい挑発は流されていたかも知れないが、大樹マザーを壊せなかったという予想外の結果が、今のこの状況を作り上げていた。
大狼王は怒りから、充分過ぎるほど私だけを見ている!
飛んでくる氷の塊を、後ろに跳んで避けながら、通信用の魔法石で呼び掛ける。
「ガイさん! フェイちゃん!」
「任せろ!」
「……
返事と同時、私を睨み付ける大狼王の背後に巨大なクマのぬいぐるみが現れる。その頭には栗色の髪の女の子と、体中包帯だらけの赤いツンツン頭が乗っていた。
「
そう魔法石から声が漏れ、遠くに見えるテディの頭からガイさんが飛び下り、大狼王の背中を大剣で斬りつける!
「がぁッ! ぐぁぁぁぁァー!!」
背中の痛みに振り返ろうとした所で、テディの左ストレートが大狼王の右頬に直撃した。その凄まじい威力に、回転しながら地面を転がっていく。まだ西入り口までは遠い!
私の予想は当たった。
ライを一瞬で凍らせたあの魔法。あれは対象が近くにいて、相手を認識している必要があるのだろう。
その証拠に、私ばかりに意識を向けていた大狼王は背後にいたガイさんと、フェイちゃんを凍らせる事は出来なかった。
呪文も使わずにそんな事が出来ることに最初は驚いていたが、氷の塊を自分の近くに生み出すのと同じく、見える範囲のみ使える技なのだろう。
もしかしたら、難しく考え過ぎていただけで、実際は物体の周りを氷の塊でただ覆うという単純な魔法なのかも知れない。
私やドンさんがくらった
「
屋上から下の道に飛び下り、建物の影にいたライとエン君に合流する。向かうは西入り口方面。
地面を転がっていった
大狼王の視線は、間にいるテディで邪魔されており、私たちは見えていないだろう。
「……起き上がった」
魔法石からフェイちゃんの声が聞こえる。前にいたテディが両手を上げ、大狼王の両前足と組み合う。
「邪魔をするなぁぁぁァーー!」
「……
フェイちゃんがそう唱えると同時に、テディの足にタイヤと排気口が付いた靴が現れ、踵部分にある排気口から勢いよく火が飛び出た。
組み合った体勢のまま、物凄い速度で西入り口まで大狼王を押していくテディ。
テディに攻撃する為に用意していたのか、氷の塊がその速さについていけず、虚しく空を切る。
私が立てた作戦の一つ目。
まずは町への被害を抑える為に、大狼王をマザーから引き離し、フォレストの町から追い出す。
その為に、私を含めた五人で大狼王の元に向かった。大狼王と一番やり取りをしていた私を囮にして、ガイさんと、フェイちゃんで西入り口まで連れていく。
エン君とライはそれが出来なかった時の為に、保険として連れてきていたが、この調子ならその必要はなさそうだ。
今、西入り口付近には
タイヤから火花を散らして前に進むテディの後を追いながら、状況を確認してみると、
「……テディ……もう少しだけ……我慢して」
魔法石からフェイちゃんの声が聞こえる。上を見ると、テディの頭の上にいるフェイちゃん目掛けて複数の氷の塊が飛んで来ているみたいだが、全てガイさんが大剣で叩き斬っている。
フェイちゃんとテディの頑張りのお陰で、西入り口まで近付いてきた。あと、少し!
「舐めるなぁぁァーー!!」
――そう
テディのタイヤと火が出る排気口が付いた靴が地面ごと凍らされた。まずい!
今まで出ていた速度が嘘のように勢いを無くす。このままじゃ……
「……ガイ! ……掴まって!」
「フェイちゃん?」
魔法石で質問するが、返答はない。上を確認すると、フェイちゃんも、ガイさんも、テディの頭にへばりついていた。何をする気なの?
「……
――フェイちゃんが唱えたと同時。
テディの凍らされた靴が消え去り、
倒れ込むように見えたテディは、組み合った両手を支えに空中へ飛び上がり、大狼王の頭上で一回転しながら、背後に着地する。
テディはその回転した勢いのまま、両手を組み合ったままの大狼王を前方に投げ飛ばし、地面に腹から叩き付けた!
「ぐあッ! 何だト!?」
目の前で起きた光景に驚く
「エン君! これを!」
今まで一緒に並走していたライの後ろで休んでいたエン君にある物を渡す。
私の影から取り出した袋に入っていたハニーアップル。一個はこの町に来た時に、残りの五個はジードさんへのお詫びを買いに行った時に、そのどちらもドンさんが私にオマケしてくれた物だ。
食べなかったのは、ただ忘れていたのが理由だけど、まさか私たちの窮地を救うハニーアップルになるとは夢にも思わなかった。
ドンさんの優しさが今、私たちの力になったと考えると、何だか少し嬉しくなる。
流石にエン君も体の痛みのせいか、いつものように一瞬で食べる事が出来ず、一個ずつしっかりと食べて飲み込んでいるようだ。
「この量だと、きっと三十秒も力は使えないと思います」
六個のハニーアップルを急いで食べ終えたエン君が言ってくる。
「うん! 勝負は一瞬ね!」
手に持った二種類の魔法石を確認する。片方はポケットに入れ、もう片方はしっかりと手に握り締める。
西入り口前にいるフェイちゃん達は手筈通りに、
ここから見えるのは大狼王の背中だ。
「エン君。今までありがとう!」
最後に強く抱き締める。
「な……何をするんですか! それにその言い方は何だか縁起が悪いです!」
顔を真っ赤にしながら、そう言うエン君。
「ちゃんと帰って来るから大丈夫……」
ありがとうの気持ちを込めて、もう一度強く抱き締め、そして離す。この町で初めて出会った私に、ここまで協力者してくれるなんて、この子も本当にお人好しだと思う。
作戦が成功したら、この戦いももう終わりだ。エン君に、宿屋の時のように手を伸ばして確認する。
「私に最後まで力を貸してくれる?」
「勿論です!」
私が出した手のひらに、小さな少年の手が乗った。
「貴様ら全員殺してやル! あの女モ! お前らモ! 町にいる人間も全部ダ!」
「そんな事させる訳ないじゃない!」
「そこにいたカ、女ぁぁァーー!」
背後にいた私たちを見つけ、更に怒り狂う。
「
「くたばれぇェーーー!!」
私たちに向けて
「エン君お願い!
「はい! 任せて下さい!」
真っ直ぐ巨大な氷の槍に向かう。隣にはライの背に乗ったまま、呼吸を整えるエン君がいる。
「行きます!」
そう叫んだエン君を中心にして、魔力で出来た光の柱が生まれた。そして、ドラゴンの形になったその膨大な魔力と
激突したドラゴンの右手と、氷の槍から、魔力が火花のように散っている。
「はぁぁぁぁぁぁぁーーー!!」
叫びに呼応して、魔力で出来たドラゴンの右手が少しずつ大きくなっていく。氷の槍には徐々にひび割れが見え始めている。
「これで、終わりです!!」
エン君がそう言ったと同時に、ドラゴンの右手に呑み込まれ、氷の槍は大きな音と共に砕け散った。
「ナ、なんだト!?」
思わぬ出来事に茫然として立ち尽くしている
氷の槍とぶつかる直前に、魔力で出来たドラゴンの左手で宙に投げ飛ばして貰ったのだ。私の狙いは一つ……
「
――その一点に向かって、上空から雷となった私が落ちる!
電気を纏い、
「くっ!」
背中にぶつかる直前――空中に現れた氷の塊に拳を止められる。
「その程度デ、私に届くかッ!」
私を見上げながら笑う
「そんな事、分かってるわよ!!」
ポケットに手を突っ込み、魔力を躊躇なく送り込む。氷の塊に触れた拳から、激しい炎が生まれた。凄まじい熱さに手を開きそうになるが、歯を食い縛って耐える。間もなく、熱と拳の威力に氷が砕けた。
「なッ!? まさかそれハ……」
驚いた表情の
「ぐッ! 降りろ!」
体を激しく揺すって、私を振り落とそうとするが、毛を強く掴んで回避する。
先程、氷を砕いた拳を背中の傷に叩き込み、手を開いて握っていた
「止めロ!」
「これで、終わりだぁぁぁぁぁーーーーー!!!」
「がッ! ぐぁぁぁぁぁぁぁァーーー!!」
沢山の人たちの思いを踏みにじった
森に火が燃え移らないように、暴れ狂う大狼王の行く手にドンさんが氷の槍を出現させる。
大狼王は氷の塊を生み出して火を消そうとするが、激しい炎が直ぐに氷を溶かす。やがて……
ズシンと大きな音を立てて、
飛び降りた体勢のまま尻餅をついた私の周りに、ライや、エン君たち、ドンさんも集まってくる。
「私たちの
――そう叫んだ瞬間だった。
「ウオォォォォーーーーーン!!」
氷の槍の向こうで、耳を劈くような遠吠えが聞こえる。間違いなく、倒れた筈の
「何なのこれ?」
何度も、何度も――まるで何かを呼び寄せるような……
「嘘……でしょ?」
フォレストの西入り口。
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