第一章55  『合流と相談と○○と』

 


「あれ、どうなってるの?」


 テディの上に乗ったまま、現状を確認する。

 まだ遠いが、間違いなく大樹マザーは町の中心に変わらず、そびえ立っていた。少なからず、壊されたような形跡もここからは見えない。

 そして何より驚いたのが、マザーの前で宙に浮いたまま止まっている氷の槍アイスランスの存在だった。

 投擲される時は一瞬しか確認出来なかったが、ここからでも分かるあの大きさは、私たちの前で大狼王キングウルフが作った氷の槍アイスランスで間違いない!

 まるで手品か何かを見せられてるように、空中でぴたりと止まっているそれは、この町に初めて来た人ならそういう飾りなんだと勘違いしそうだ。

 何がどうなってるの?

 さっきからその言葉以外が思い付かない。

 氷の槍アイスランスが町に向かって飛んでいった時は、もしかしたらと、最悪の光景を見る覚悟もしていたが、私の予想はいい方向に裏切られた。だけど……


「あれは……」


 大樹マザーの前には、氷の槍アイスランス以外にも影がある。氷の槍の真下で、その大きな前足を振るうのは、私たちがここまで止めにやって来た大狼王キングウルフだった。


「何をしてるの?」


 ここからじゃよく見えないけど、マザーを直接攻撃しようとしている?

 大狼王キングウルフは何度も、何度も繰り返し前足を振り下ろしていた。


「お前ら!」


「うん? ガイさん! その見た目どうしたんですか?」


「まぁ、色々あってな!」


 突然、声を掛けられ辺りを見回すと、建物の影からガイさん達が現れた。体中に包帯を巻いている姿で、最初は分からなかったが、赤いツンツン頭を見る限り間違いなくガイさんだ。それとウィンさんに、その隣に…………


「あんた!」


 咄嗟に身構える。ウィンさんの隣に、私たちを誘拐した長身の男がいたからだ。


「待て待て! とりあえず、今は味方だ!」


 今にも飛び掛かろうとしていた私に、ガイさんからの制止が入る。

 言われてみると、長身の男も何だか気まずそうにしているように見えなくもない。

 信用は出来ないが、今はこんな状況だ。人手は多い方がいいと思う。


「それで、ガイさんたちはどうしてここに?」


「俺たちはここで、町を襲おうとしている戦狼キラーウルフを止めてたんだが、その後にあれが飛んで来てな」


 そう言いながら、空中で静止する氷の槍アイスランスを指差す。


「それから大狼王キングウルフまで町に現れたもんだから、各所と連絡を取り合って近くの住民を皆で避難させてたんだ」


「なるほど!」


「まぁ、お前らも無事で良かったが……」


 私たちを見ながら、ガイさんが話を続ける。


「俺にもどういう事か説明してくれや?」


 テディの上には、気絶したボロボロの姿のエン君、魔力の使いすぎか黙ったままのフェイちゃん、まだ半分程が凍ったままで意識のないライ、そのライを火炎の魔法石で溶かすドンさんが乗っていた。

 長くなるだろうが、この状況は順を追って説明していくしかない……







「という訳です」


 手短にだが、ガイさんと通信用の魔法石で話した後に起きた事を一通り説明し終える。

 その間、フェイちゃんは落ち着いて魔力を回復させる為にテディの上に残り、ボロボロのエン君は治癒の魔法を、ライは引き続き凍った体を溶かす作業がテディから降ろされた後も続いていた。


「泉で猫が助けた魔王や魔ノ者たちはどうしたんだ?」


「近くで火を消していた人たちに預けました」


 フェイちゃんのテディでは流石に全員を運ぶ事は出来なかった。それに……


「洞窟にもまだ魔王や魔ノ者たちが残ってる可能性があるので、そっちもお願いしてきました」


 大狼王キングウルフが、泉に持ってきた蓄える植物ストックプラントは二本だけだった。洞窟には他にも沢山あった事を考えると、魔力はそこで吸収してから泉に来たのだろう。泉で助けた人たちも生きていた以上、そっちにも可能性はある。


「なるほどな…………それは助かった」


 ガイさんはそう言った後に、目線を私からドンさんに移す。


「で、お前がこの計画に協力していた人間か……」


「そうだ。俺がやってしまった事を今更言い訳するつもりはない…………だけど、その責任は取りたいんだ」


「ガイさんお願いします! ドンさんも協力させてあげて下さい」


「………………駄目だ! とは言えねぇよ。俺もトールに協力させてるからな」


「ガイさん! ありがとうございます!」


「ありがとう……」


 お礼を言いながら、深々と頭を下げるドンさんを見て、ガイさんが続ける。


「それに……」


「はい?」


「俺も同じ状況なら、手段を選ばないだろうからな……」


 そう呟いて、テディの上にいるフェイちゃんを見る。やっぱり……


「このロリコンがぁぁぁ!」


「だから、お前のその豹変ぶりは何なんだよ! あと、俺はロリコンじゃねぇ!」


「じゃあ何だって言うんですか!」


「俺は単にフェイをだな……」


「フェイちゃんを? 何ですか? はっきり答えて下さいよ!」


「だから! 大事に……というか」


「はい? 聞こえません! もっと大きな声で!」


 急に声が小さくなるガイさんを問い詰める。


「フェイを大事に思ってるってだけだ!!」


「やっぱりロリコンじゃないですか!」


「だから、違うって言っ…………」


「……それ本当?」


「フェイ!? お前いつの間に!」


 気付くとフェイちゃんがテディから降りて来て、嬉しそうに満面の笑顔でガイさんを見上げていた。何それ! 羨ましすぎる!


「……それ本当?」


「二回も聞いた!?」


 大事な事だからとライなら茶化して言いそうだが、言ったのはフェイちゃんだ。


「………………」


 黙ったままのガイさんを、上目遣いでフェイちゃんがじっと見ている。

 くそぉぉぉぉぉーー! ガイさんそこを代わってくれぇぇーーー!

 そう考えてる間にも時間が過ぎて、やがて諦めたようにガイさんが答えた。


「本当だよ」


「……嬉しい!」


 いつもの表情と違い小悪魔のような笑顔を見せるフェイちゃん。それ、最高に可愛いんだが?

 ちくしょおぉぉぉぉぉーーーー!


「羨ましいぃぃーーーー!」


「急にどうしたんだよ!」


「心の声が駄々漏れにゃ!」


「だって、仕方ないじゃない! あのフェイちゃ…………えっ?」


 聞き覚えのある声と語尾に振り向くと、そこにはライが座ったままの体勢で起き上がっていた。

 よく見ると、足の部分はまだ凍っているみたいだが、意識を取り戻してくれただけでも本当に嬉しい!


「ライ! 良かった!」


「良くないにゃ! ドロシーが煩すぎてゆっくり休めもしないにゃ」


「僕もそう思います!」


「そんな事言ったって……うん?」


 妙に礼儀正しい言葉遣い――ライの隣にいたエン君も目を覚ましていた! 迷わず抱き締める。


「エン君も本当に良かった!!」


「痛いです、痛いです! ドロシーさん引っ付かないで下さい!」


「そんな事言わずにちょっとくらいはいいじゃない! ボロボロのエン君を見たときはおねーさん本当にびっくりしたんだから!」


「そういう問題じゃないです! あと、それより涎が酷いです……」


「あっ、やばっ!」


「こんな時に自分の欲望を満たすのは止めるにゃ!」


「そ、そんな訳ないじゃない! 私はただ純粋にエン君を無事で喜んでただけで……」


 口元の涎を拭きながら、弁解する。


「じゃあ、その血走った目と、口元の涎は何にゃ!」


「あっ、やばっ!」


 拭いたはずなのにまた涎が……


「これだから、ショタコンは困るにゃ」


「誰がショタコンよ! 私はただの子ども……」


「食いにゃ?」


「勝手に言葉を被せて、別の言葉に変えるんじゃないわよ!」


「嬢ちゃんと猫って、本当に仲良いよな」


「……私もそう……思う」


「僕もそう思います。というかドロシーさんいい加減離れて下さい……」


 いつも通りのやり取りに、私も思わず頬が緩む。今はこんな状況だが、何とか皆が元気なのが確認出来て、心の底から安心出来た。そして…………







「結局あれはどういう事なんですか?」


 一旦落ち着いた私たちは、相変わらず、大樹マザーの前で止まったままの氷の槍アイスランスを指差して、ガイさんに質問する。


「あれは魔法だ」


「魔法?」


「あぁ。今は殆ど言い伝えみたいになってるから、その詳細はギルド関係者の一部しか知らないが」


「言い伝え?」


「嬢ちゃんも聞いた事ないか? 大樹マザーは悪しき者を退ける……って話」


「あっ、知ってます!」


 私が初めてライやエン君とここのギルドに来た際に、パンフレットで確認した覚えがある。まぁ、あのパンフレットは偽物だったけど……


「その話の元があれだ。詳しい理由は分からんが、遥か昔、ある一人の魔王が大樹マザーの外側に、悪意をもって行われる全ての攻撃を防ぐ魔法を施したらしい」


「そんな魔法が?」


「まぁ、俺も情報として知ってはいたが、あんなに大規模な攻撃まで防げるとは思っていなかったがな」


「だから色んな重要な施設があそこに纏められていたんですね!」


 ギルドに宿屋、そして病院に、私がまだ行ってない施設も――――いくら何でも一つの所に集中し過ぎていた。

 おかしいとは思っていたが、あんな凄い魔法が施されている場所なら、重要な施設を置く上であそこ以上に安全な場所はないだろう。


「あれを見る限り、大狼王キングウルフもそれを知らなかったみたいですね」


「そのようだな。空中で止まった魔法を見てから、ずっとあの調子だ。お陰で住民の避難はやりやすかったがな」


 余程計算外だったのか、大樹マザーに対して未だに攻撃を続けている大狼王。

 この町の中心であり、ギルドもあるあそこを壊さない限り、奴の目的は達成出来ないのかも知れない。

 それを邪魔しているのが下等と蔑む人間――魔王が施した魔法だというのだから、何とも因果な運命だ。


「でも、いつまでもあのままとは思えません。何とか今の内にあいつを倒さないと……」


 あれだけ攻撃してもびくともしないのだ。いつ、マザーの破壊を諦めて、町を直接襲おうとしてもおかしくはない。


「お前らは直接あいつと戦ったんだろ? どうだったんだ?」


月の涙ムーンティアを飲んでからのあいつとは直接戦えていないですが、近付いただけのライを呪文もなしに一瞬で凍らせられるぐらいの力があるのは確かです」


「厄介過ぎるな……」


「それについては考えがあります」


「そうなのか? どちらにしてもここにいる全員で奴を倒しにはいけねぇ。また戦狼キラーウルフが襲って来る可能性もあるからな」


 大狼王キングウルフの目的はあくまで町を破壊する事だ。ガイさんに聞いた話では戦狼キラーウルフはかなりの数で襲ってきたらしい。大狼王に集中する為にも、後ろを気にしなくて済む方がいい。


「なら、二手に分かれましょう」


「そうするしかないな。でも、その前に……お前ら体調は大丈夫か?」


 ドンさんを除いた四人にガイさんが聞いてくる。ほぼ戦い続けている私たちが心配なのもあるんだろう。


「私は大丈夫です」


「私も同じくにゃ!」


「……私も……大丈夫!」


「僕も体はまだ痛みますが、何とかなると思います。でも、力を使うにはお腹が減りすぎて厳しいかと」


 月の涙ムーンティアを飲む前とはいえ、直接大狼王キングウルフと戦ったんだから、無理もない。エン君だけはまだまだ本調子には遠いようだ。

 でも正直な所、あの力がなければ私たちの勝ち目はかなり薄い。


「腹か…………この状況じゃ飯なんて用意しようがないしな」


「食べる物…………」


 町の中とはいえ、そんなに都合良く食べ物は落ちてないだろう。かといって、食べる物なんて――――――あっ!?


「食べる物ならあります!」


 があったのを忘れていた。この町に来てから二度も貰ったあのオマケ。

 皆の体調も確認出来た。後は……


「私の作戦を聞いてください!」


 私たちと大狼王キングウルフ――――が間もなく始まろうとしていた。

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