第一章54  『後悔と反撃と○○と』

 


「こんな事って……」


 私たちの前で、氷の槍アイスランスが木々をなぎ倒しながらギルドに向かっていく。何とか止めようともがくが、凍った足は動いてくれない。氷に伸ばした手は虚しく空を切るだけだった。


「………………」


「ドンさん……」


 頭を抱えて俯くドンさんからは何の反応もない。


「何ダ? もう泣くのは止めたのカ?」


「あんたは少し黙ってろ!」


 ドンさんを見下ろしながら、ふざけた事を言う大狼王キングウルフに怒りが爆発する。


「ははハ! その顔本当に最高ダ。何も出来ない下等な生物ガ、私に怒りをぶつけるカ」


「私はあんたを許さない!」


「好きにすればいイ。そうダ! 良いことを思い付いたゾ! お前たちの足の氷は放っておけば勝手に解ける」


「それがどうしたってのよ!」


「直ぐに殺すつもりだったガ、お前たちはここにいロ。そして自由に動けるようになったラ、私が壊した町を見て絶望するがいイ」


「…………」


 ギルドへの攻撃だけじゃなく、そんな事まで――こいつはどれだけ悪趣味なんだ!


「ははハ! その顔また怒ってるようだナ? じゃあ私ハ、今から残った町や人を全て壊して来てやるヨ。粉々になったギルドも見たいしナ!」


「待ちなさい!!」


「お前たちはそこデ、町や人が破壊されるのを黙って待っていロ」


 言いたいことは全て言い終えたとばかりに、満足そうな表情の大狼王キングウルフは、町を襲うためにこの場を去った。


「………………」


「ドンさん!」


「………………」


 氷の槍アイスランスが投擲されてから、ドンさんは全く動かなくなった。泣く事も、叫ぶ事も止めて、まるで自分自身を責め続けているように頭を両手で抱えている。


「ドンさん!」


「………………俺が」


 俯いたままドンさんが呟く。


「……俺が悪かったんだ。嬢ちゃんにあいつの目的を聞いた時に全てを止めるべきだった…………それなのに俺は……俺のせいでリンは!」


「まだ諦めちゃ駄目です!」


「もう終わりだよ……リンも死んだ! 町ももうすぐ無茶苦茶にされる!」


「………………」


「全部…………全部俺が……」


「前を向きなさい!!」


「なっ!?」


 凍り付いた両足を、地面から無理矢理引き剥がす。凄まじい痛みに叫び出したくなるが、奥歯を噛み締め耐える。

 相変わらず凍った足が動いてくれないが、上半身は動く。体を引き摺りながら、ドンさんを真っ直ぐ見て、伝えたいことを伝える。


「私はまだ諦めない! ドンさんも! リンちゃんも! 町の皆も! 全部助けるって言いました! その気持ちは変わりません!」


「嬢ちゃん……」


「それに、私の仲間が前に言ってました……」


 皆で食事をしたあの時、ガイさんはハッキリとこう言っていた。


「あの町で、ギルド以上にと!」


「それはどういう?」


「私にも分かりません。でも、根拠もなくそんな事を言う人じゃない。私は仲間のその言葉を信じます!」


「………………」


「まだ何も終わってない! だから、ドンさんも諦めないで!!」


 例えどんなに絶望的な状況でも、諦めなければ道は見つけ出せる筈だ。


「…………そう……だな。俺はリンの為に、最後までやり遂げると決めた。こんな所で止まってる訳にはいかない!」


「ドンさん!」


 真っ直ぐに私を見てそう答えるドンさんに嬉しくなる。そうだ! まだ何にも終わってない! ここからが勝負だ!


 大狼王キングウルフに、身も心も追い詰められた私たちの反撃が始まった…………







「本当にこれで大丈夫なのか? 嬢ちゃんの足が……」


 森を燃やす際に使われた、遠隔操作の魔法石を手に持ちながらドンさんが聞いてくる。


「今は他に手段がないから仕方ないです」


 凍らされた足で、自由に動けるようになる為に私が提案したのは、腰のポケットに入れっぱなしだった火炎の魔法石を、ドンさんが持つ遠隔操作の魔法石でもう一度燃やして、氷を溶かすという方法だった。

 下手すれば、満足に動けない状態で私が火だるまになる可能性があるが、今はそんな事を言ってられない。


「ドンさん、お願いします!」


「分かった……行くぞ!」


 そう言った瞬間、腰の辺りが温かくなってくる。徐々に熱が上がっていき、痛みも感じるようになって来た。


「今なら!」


 私の言葉に合わせて、ドンさんが魔法石に魔力を送るのを止める。腰のポケットを触ると、氷が完全に溶けていた。これなら、私たちの凍り付いた足を何とか出来る。

 まさか、ドンさんを信じて残していた物が、こういった形で役に立つとは思わなかった。だけど……


「これじゃ時間が掛かりすぎる」


 遠隔操作の魔法石にどれくらい魔力を送ったかで、火炎の魔法石で出る火の量が変わるらしい。私たちが火傷をしない火力で氷を溶かしてからじゃ、町へ先に向かった大狼王キングウルフを止めるのに間に合わない。


「いっその事火だるま覚悟で最大火力で……」


「それじゃ、氷が溶けても俺たちが動けない可能性が出てくるぞ」


「どうすれば……」


――そう呟いた瞬間。


 ガサガサと私たちの近くにある茂みから音が聞こえ、戦狼キラーウルフかと身構えている私たちの前に何かが飛び出した。

 小柄なそれは仰向けに寝転がっている私の胸元に飛び込んでくる。


「なっ!?」


「……遅くなって……ごめんね」


「我が女神!」


「嬢ちゃん何を言ってるんだ?」


 私の発言に若干戸惑うドンさんだったが、そこには栗色の髪を持つ、つぶらな瞳を持つ少女――フェイちゃんがいた!


「はぁ……はぁ……! フェイちゃん、これ何のご褒美?」


「……ただ……転んだだけ! ……放して……変態さん……」


「とうとう直球が来た!? おねーさん泣くよ?」


「嬢ちゃん、本当に何やってんだ……?」


 確かに、胸元に飛び込んで来たフェイちゃんを咄嗟に抱き締めたが、まさかここまでストレートに言われるとは…………あと、ドンさんの私を見る目も心なしか痛い。


「ま、まぁ、それは置いておいて!」


「……自分で言う事じゃない……」


 フェイちゃんの淡々とした突っ込みを受けながら、これからの計画を建てる。これなら何とか間に合う筈だ!







「見えてきた!!」


 まだ遠いがフォレストの西入り口が見えて来た。

 私たちはフェイちゃんが操るテディに乗ったまま、自らの氷を溶かしていた。

 今、テディの上にはフェイちゃんと、足の氷を溶かして自由に動けるようになった私とドンさん、気絶したままのエン君、半分程氷が溶けたライが乗っていた。


「この速さなら間に合う!」


 フェイちゃんのお陰で、凄まじい速度でここまで来る事が出来た。

 遠くからでも、大樹マザーがそびえ立っているのが確認出来た。少なくともギルドはまだ無事な筈だ。

 スピードを落とさずに西入り口をくぐる。もうすぐギルドが見えてくる…………


「なっ……何あれ?」


 驚く私たちの前に、大樹マザーの目前で、巨大な氷の槍アイスランスが見えた。

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