第一章53  『復活と絶望と○○と』

 


「あっ…………あぁ…………」


 何にも出来なかった! 目の前で月の涙ムーンティアを奪われたドンさんは大狼王キングウルフに手を伸ばし、涙を流しながら絶望している……


「何で…………何で動かないの!」


 地面から凍り付いた足は、必死に動かそうとしても痛みを感じるだけで前には進んでくれない。

 周りを確認する――ライは泉に浮かんでいた魔王や魔ノ者の最後の一人を、体中ずぶ濡れになりながら運んでいる。そして、エン君は気絶したまま動く気配はない。ドンさんと私は凍らされて自由を奪われた。

 大狼王キングウルフはドンさんを見下ろしながら笑っている。


「そこの女二、あの話をされた時は完成した月の涙ムーンティアを持ち逃げされる可能性も考えたガ、やはり人間は下等な生物だナ……」


「お、俺……は…………」


「目的を達成する前に馬鹿みたいに喜んデ、本当に滑稽だったヨ」


「俺は…………おれは…………リン…………」


 涙をぼろぼろと溢しながら、最愛の娘の名前を呟くドンさんを見てニヤニヤしている。


「ほラ、見てみロ」


 大狼王キングウルフの体がうっすら金色に輝き始める。最初は朧気だった光が、徐々に強くなっていく。

 やがて、完成した月の涙ムーンティアと同じくらいの輝きになった大狼王の体は、少しずつ大きくなっていき、二倍程のサイズになった所で金色の光と共に肥大化も止まった。


「これが私ノ、本来の姿ダ……」


 擬似的に造られた月の涙ムーンティアは間違いなく完成したのだ。悔しい事に、目の前で起きた光景がそれを証明していた……

 大きくなった大狼王キングウルフは、まるで私たちが子犬を見下ろすぐらいの体格差があり、人を簡単に引き裂けそうな大きな爪はより鋭く、絵本で見るようなドラゴンが生やしている牙はより太くなっている。

 そんな化け物が優秀な知性も持ち合わせているなんて、私たち人間にはどうしようもない。だけど……


「それがどうしたってのよ!」


「ここまで来テ、まだ生意気な口が利けるカ…………まぁいイ、どうせ私の勝利は決まったも同然ダ」


「まだ終わってない!」


「そうにゃ!」


 泉から魔王や魔ノ者を全員助け出したライが、大狼王キングウルフに横から飛び掛かる。


「無駄ダ……」


――一瞬だった。


 ライは空中で蹴りの姿勢のまま体中全てが凍り付き、重たい音と共に地面に落ちた。


「なっ!? ライ!!」


「今の私にハ、近付く事すら不可能ダ……」


「そんな……ライ! ライ!」


「騒がなくても生きてはいル。放っておいたらどうなるかは分からんがナ」


「あんた……」


「折角ダ。冥土の土産に私の計画を全て教えてやるヨ」


「何で私がそんな事を聞かなくちゃいけないのよ!」


「いいかラ、最後まで聞ケ。面白い話もあるゾ」


 今から好きなオモチャで遊ぶ、とでもいうように楽しそうに大狼王キングウルフは語り始めた……


「元々私の祖先がここに住んでいタ。だから、月の涙ムーンティアについては初めから仲間に聞かされて知っていタ」


「じゃあ、あんたは月の涙が最初から一滴しか出来ない事も知ってたって言うの?」


「そうだガ? 何か問題があるのカ?」


「………………」


 何も言葉が出ない。唇を噛み締める事で怒りを抑えようとするが、それだけじゃ止められそうにない。こいつは完成しても一滴だけしか出来ない事を最初から分かっていて――――元から、リンちゃんを救う気なんてなかったのだ! 自分の為だけにドンさんを利用して月の涙ムーンティアを造らせた。


「最初は魔物で作るつもりだったガ、魔力が少ない魔物では思うようにいかなかっタ。そこで気付いたのダ。私に重傷を負わせた人間たちを使えばいいト……」


 そして、泣き続けるドンさんを見ながら続ける。


「事前に計画を練り上ゲ、後は実行に移すだケ……そんな時にこいつに出会っタ。こいつは娘の為に頑張っテ、私が用意した計画を進めてくれたヨ」


 魔王や魔ノ者たちを捕まえ、月の涙ムーンティアを造り出す。全て大狼王キングウルフの計画通りだ。じゃあ、もしかして?


「願いを叶える滴の噂もあんたが?」


「あァ、そうダ」


「何でそんな噂を流す必要があったの!」


「簡単だヨ……この町にやって来る魔王や魔ノ者を少しでも増やしたかっタ。馬鹿で下等な人間ハ、そんなあやふやな噂ですラ、希望や期待を抱いて調べに来ル。お陰で多くの魔王たちを更に捕まえる事が出来タ」


「あんたはそんな事の為に!」


「うン? まさかお前もそうだったのカ? ははハ! それは最高ダ! 何とも惨めな人間だナ!」


 沢山の人たちがその噂に期待して、そんな便利な物はないだろうと何処かで分かっていても、自分のただ純粋な願いの為に信じて、縋って、ここまで来たのだ。


 親友を生き返らせたいと願うエン君の思いを……


 失った故郷を取り戻したいと願うライの思いを……


 自分の記憶を蘇らせたいと願う私の思いを……


 リンちゃんを助けたいと願うドンさんの思いを……


 願いを叶える滴の噂だけじゃない……他にも沢山の人たちの思いを踏みにじって、こいつはここにいる。

 そんな事を、私は許せる訳がない!


「何だその目ハ? そんなもので私が怯むト?」


 今は睨む事しか出来ない自分にも怒りが沸いてくる。さっきから、何度も足を前に進めようとしているが、凍った足はぴくりとも動いてくれない。


「全部あんたの計画通りになったからって、まだ私たちは……」


「何を勘違いしていル?」


「えっ?」


「私の計画はまだ終わっていなイ」


「何を言って……?」


「言っただろウ? があるト。この計画の本当の目的は……」


 混乱する私に大狼王キングウルフが続ける。


「フォレストの町を事ダ!」


「なっ…………」


 驚きのあまり言葉が詰まって出てこない。


「…………何だと!? 今、何て言った? 俺はそんな事は知らないぞ!」


 ずっと泣いていたドンさんが、話を聞いて叫んでいる。


「使い捨ての駒に話す必要などなイ」


「お前は……」


 路傍の石でも見るように、そう淡々と伝える大狼王。


「フォレストを破壊したラ、次は別の町ダ。そしテ、最終的には王都を潰ス」


「何でそんな事をする必要があるのよ!」


「簡単だヨ。私をこんな姿にした人間への復讐ダ! その願いの為に、皆殺してやル!」


「そんな事は間違ってる!」


「お前がどう思おうが関係なイ。既に町は戦狼キラーウルフが襲っている」


「なっ!? 魔物避けの街灯があるはずよ!」


「この時の為二、少しずつ壊していタ。目立たないように他の外周にある街灯も破壊してナ――町に攻め込む為の西入り口にはもう一つも残っていなイ」


 宿屋のお風呂で町を見下ろした時に感じた外周への違和感も、私がリンちゃんに花を採りに行った時に西入り口で街灯が減っていたように感じたのも、大狼王キングウルフの計画が裏で進んでいたからだった……

 全てがこいつの思う通りに動いている。


「さァ、話はもう終わりダ。私にはこれかラ、やる事があるからナ」


 ゆっくりと私たちの前に大狼王が近付いてくる。


「せめてものお礼ダ。そこにいる獣人のようにお前たちも一瞬で凍らしてやるヨ……」


――その時だった。


「うン?」


 遠くから何かが聞こえてくる。最初は微かだった音が徐々にハッキリと、リレーでもしているかのように順番に繋がれていき、やがてそれが戦狼キラーウルフの遠吠えだと気づく大きさになった。


「…………邪魔が入ったカ」


 静かにそれを聞いていた大狼王が呟く。そして……


「ウオォォォォーーーーーン!!」 


 大気が震える程の凄まじく大きな遠吠えに、咄嗟に両手で耳を塞ぐ。終わった事を確認し手を下ろすと、さっきまで聞こえていた戦狼たちの遠吠えがピタリと止まっていた。


「まぁいイ。なァ、確かお前の娘はギルドの上の宿屋にいるんだったよナ?」


「な……何を言って?」


 ドンさんを見ながら、また心底楽しそうに大狼王が笑っている。


「さてト……ここぐらいカ? いヤ、もうちょいこっちカ?」


 私たちの前から森の方に移動した大狼王は、自分の向く方向や、場所を確認しながら、何かを

 そして位置に満足したのか、嬉しそうにこちらを見ながらこう言ってきた。


「私が向く方向にハ、ギルドがあル……」


「あんた一体何を?」


 発言の意味が分からず、私も思わず質問する。


氷の槍アイスランス


――大狼王キングウルフがそう唱えた瞬間。


「えっ…………」


 氷の巨大な塊が一瞬で生まれ、見る見る大きな槍に形を変えた。その大きさは周りにある沢山の木を遥かに越えていた。


「待て! 止めてくれ! 頼むから! お願いだ!」


 そう必死に叫ぶドンさんを見て、私も大狼王が何をしようとしているのか流石に理解する。


「止めなさい! ドンさんはあんたの計画に協力したのよ! それをこんな!」


「そんな事は私に関係なイ。良かったナ! これデ、お前の悩みの種も消えるゾ!」


「止めろ! お願いだから! 止めて…………」


 苦しそうに、辛そうに涙を流すドンさんの前で、何より大事な娘を奪うために作られた巨大な氷の槍が、魔力の力で…………

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る