第一章52  『敗北と完成と○○と』

 


「ありがとう、エン君!」


 大狼王キングウルフの氷を魔力で出来たドラゴンの手で弾いてくれたエン君にお礼を言う。距離的に聞こえてないと思うけど、それでも言いたかった。

 遠目に大狼王が泉に蓄える植物ストックプラントを放り投げているのが見える。本来なら焦る所なのかも知れないが、私はエン君を信じて自分のするべき事をする!


「ドンさん!」


「……嬢ちゃん」


 改めて、ドンさんに向き合う。相手が今、どんな表情をしてるかは確認しなくても分かる。


「私たちはあなたも助けます!」


 ライと並びハッキリと宣言する。


「なっ!? 何を言って?」


 驚いた顔をするドンさんに向けて続ける。


「ドンさんは何でそんなに悲しそうな顔をしてるんですか? 辛そうな顔をしてるんですか?」


「そ、そんな事……」


「嘘ついたって無駄にゃ! 私には動揺してる声もしっかりと聞こえてるにゃ」


 ライが自らの耳を指差しながら、にっこりと笑う。


「自分がやってる事が間違ってるって、正しくないって、ドンさん自身が一番分かってるんですよね?」


「………………」


 そうじゃなきゃ、そんな顔はしないだろう。


「でも! それでも! リンちゃんを助けたいから自分にやれる事を今しようとしてる……」


 大切な娘を救いたい――たったそれだけの願い。


「だから、どんなに苦しくても……辛くても……誰かに非難されようと進み続ける。でも……」


「でも、そんな事は間違ってるって? 俺だってそれくらい分かっ……」


「間違ってなんかない!!」


「えっ!?」


 そんな風に言われると思っていなかったのか、ドンさんの表情は唖然としていた。


「大切な誰かを救うために、自分の出来る事をしようとするのは間違いなんかじゃない! その気持ちも! その行動も! その人を大事に思うから出来た事なんです!」


「………………」


「周りがどう思おうが……何て非難されようが……間違ってなんかない!!」


「嬢ちゃん……」


「だから……」


 一番伝えたかった事。


「だから前を向いて、そんな顔はやめてください!」


 さっきから、何度も、何度も見てきたドンさんの苦しそうな、辛そうな顔……

 正しい事をしているなら、そんな顔はしていちゃ駄目だ。


「あなたのしている事は間違ってない! だけど、私はもっといい方法を絶対に見つけ出します!」


 その言葉にまた驚いた表情をするドンさん。


「だから、あなたを倒して! 大狼王キングウルフも倒して!」


 真っ直ぐ、自分の気持ちを伝える。


「ドンさんも、リンちゃんも、町の皆も! 全部、みんな丸々私が助けます!」


「………………」


 俯いたまま、無言になるドンさん……

 私が伝えたい事は全て言葉にした。もう迷うことはない。


「…………は」


「うん?」


「……あははは!」


 ドンさんが、下を向いたまま急に笑い始めた。その時間は長く、ひとしきり笑い終えた頃には涙が少し浮かんでいた。そんなドンさんはライを見ながら言う。


「お前、確認してなかったけど、あの猫ちゃんだよな?」


「そうにゃ!」


 獣人の姿のライを見ながら続ける。


「お前ん所のご主人は本当にお人好しだな……」


「よく言われるにゃ! あと私が主人なのでそこは忘れないで欲しいにゃ」


「何をさらっと嘘ついてんのよ! あれだけご飯食べさせてるんだから、私が主人みたいなものでしょ!」


「そんな事ないにゃ! 私のお陰で魔法が使える事を忘れちゃ駄目にゃ! !」


「何で二回言うのよ! しかもわざわざ強調までして!」


「文句があるなら今ここで勝負するにゃ」


「いいわ! かかって来なさいよ!」


「勝負形式は早食いにゃ!」


「それ、ただお腹減っただけでしょ!」


「バレたにゃ……」


 ドンさんが、ライと私の馬鹿なやり取りを見ながら続ける。


「悪い、悪い! 嬢ちゃんたちは親友だったか!」


「そんなことは…………ありますね」


「そうにゃ」


 そう私たちが迷いなく答えると、また笑うドンさん。


「こんな俺の為に、本当にお人好しだよ……お前らは……」


 いつの間にか俯く事も、苦しそうな、辛そうな顔もしなくなって、真っ直ぐこちらを見ている。


「嬢ちゃんの気持ちは分かった。だけど、俺もはいそうですかと倒されるつもりはない!」


「それで構いません!」


「かかって来い!」


「はい!」


 私たちと、ドンさんの戦いが始まった……







氷の槍アイスランス!」


 足元に冷気を感じ、咄嗟に後ろに下がる。地面から何本もの氷で出来た槍が顔を出し、私がいた場所にあった草や木に深く刺さった。

 ドンさんはタイミングはいくらでもあったのに、今まで簡単な魔法しか見せていなかった――それも心の迷いから来た物だったのだろう。だが、今は……


氷の小刀アイスナイフ!」


 横に転がって、ナイフのように尖った氷を避ける。少し擦った頬から血が垂れる。前に進もうとして足が動かない事に気付く。


氷の鎖アイスチェイン!」


 いつの間にか氷で出来た鎖が足に巻き付いていた。火花スパークを唱え、無理矢理焼き切ってドンさんに近付く。


電気駆動エレクトロドライブ


 ライと左右から挟み撃ちにする!


「させるか!」


 叫んだドンさんは私に向けて氷の塊を飛ばして来る。体勢を低くし、地面を滑りながら避けると、ドンさんに迫っていたライも氷の槍で阻まれたのが見えた。

 二人も相手にここまで戦えるなんて、やっぱり相当魔法の練習をして来たのだろう。全てはリンちゃんの為に――――だからこそ、私だって負けてられない!


雷光ライトニング!」


 ライと私を退けたと思って油断している今ならいける!

 身を屈め、前方に電気を纏い突進する。瞬きの間に遠くにいたドンさんまで一瞬で近付く。このまま……


――そう思った瞬間。


「くっ!」


 別の方向から、大きな氷の塊が飛んでくる。直ぐに気づいたお陰で、横に転がりながら何とか回避出来た。雷光の勢いそのままに地面を転がったせいで、体がかなり痛い。

 こんな事をする奴は一人……いや、一頭しかいない。


「邪魔するんじゃ…………なっ!?」


 叫ぼうとした所で、目の前の光景に驚いて言葉が止まる。

 大狼王キングウルフがこちらに来た事に驚いた訳じゃない。ボロボロになったエン君がその口に咥えられていたから、私は驚いていた……


「あんたエン君に何したの!」


「さあナ? 勝手に倒れタ」


 こちらに向けて、エン君を投げ捨てる大狼王。咄嗟にライと二人で受け止めた。

 直ぐにエン君の状態を確認する――服は最初に出会った時よりボロボロで、体中は傷だらけ、何とか息はしてるようだが、意識はない。


「何が勝手に倒れたよ! こんなに酷い事しておいて!」


「少しイラついたからナ! 倒れた後は楽しませて貰っタ……」


 まるで、玩具で遊んでいたとでも言うように、心底楽しそうに笑う大狼王。その横にいるドンさんはまた悲しそうな、辛そうな顔に戻ってしまっている。


「もう茶番は終わりダ……」


「待ちなさい!」


 泉まで向かおうとする大狼王を追いかける。


氷の体アイスボディ


「えっ…………」


――大狼王がそう唱えた瞬間。


 私の両足が地面から、ぴくりとも動かなくなった。


「急ゲ……」


「……あっ、あぁ!」


 そう言われたドンさんは一瞬迷った表情をしながらも瓶を片手に泉に入った。

 泉の水にはいつの間にかハッキリと満月が映り込んでいた。

 そして、水の中には先程、大狼王が泉に放り込んだ、ひび割れた蓄える植物ストックプラントが浮かんでいる。沢山の魔力を吸収した影響か、泉はうっすらと輝いていた。


「…………っ! あれは」


 投げ入れられた蓄える植物の中にいた魔王や魔ノ者達が、何人もぷかぷかと泉に浮いている。何ておぞましい光景なのか……

 何とか動こうとするが、地面から凍った足は全く動いてはくれない。


「そうダ……良いことを教えてやル」


「何よ!」


「あの中にいた人間や魔ノ者だガ、生きているゾ。早く助けないト、あのまま溺れて死ぬかもナ」


「なっ!? ライ!」


「分かってるにゃ!」


 こいつが言う事は信用出来ないが、もし本当ならあのまま放ってはおけない! ライが泉に飛び込み、浮いている魔王や魔ノ者達を救出し始めた。


「そうダ! それでいイ!」


 とても楽しそうに、必死に助けるライを見て笑いながらそう言ってくる。


「これでいいんだろう?」


 ドンさんが満月が映った泉の水が入った瓶を片手に戻ってくる。


「あァ……いよいよ願いが叶うゾ」


 このままじゃ駄目だ! この状況を何とか出来ないか周りを確認する。エン君はまだ意識を失ったままで、ライは魔王や魔ノ者の救出中、私は凍らされて動けない。これじゃ手の打ちようがない……

 瓶に向けて、大狼王が前足をかざす。空気が激しく震えるような、凄まじい魔力がその体から生まれて一点に集まっていく。

 擬似的にだが、私たちの目の前で月の涙ムーンティア完成しようとしていた。そして……


――強烈な光が、辺り一帯を目映く照らした。


 咄嗟に閉じた目をゆっくりと開ける。泉の水がたっぷりと入っていた瓶の中には、金色に輝く滴が、生まれていた。


「あれが、月の涙ムーンティア……」


「やっと……やっと!」


 ドンさんが目に涙を浮かべながら喜んでいる。月の涙に駆け寄り、その瓶を嬉しそうに持ち上げている。リンちゃんを助ける薬が完成したのだ。そんな顔になるのも当たり前だろう。


――瞬間。


氷の体アイスボディ


 その体勢のままドンさんの足は地面と一緒に凍り付いた。ゆっくりと近付いてきた大狼王キングウルフが器用に手元の瓶だけを回収する。


 駄目だ! 何とかして止めないといけないのに、私には何も出来ない! 凍り付いた足を何度も叩くがやはり動いてくれない。そして……


 大狼王キングウルフが瓶ごと、月の涙ムーンティア……


「滑稽ダ……」


 心底楽しそうに、私たちを見ながらそう言った。

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