第一章51  『進撃と共闘と○○と』

 


「流石にキツいな……」


 嬢ちゃんとフェイに連絡を入れた後、俺はギルドで一息ついていた。周りには魔物避けの街灯が壊された影響で、避難して来た人がちらほらいる。


「ガイ、大丈夫?」


 座っている俺に、カウンターの奥から出てきたウィンが声を掛けてくる。


「大丈夫に見えるか?」


「まぁ、死にかけてたんだしそんな訳はないよね」


 俺を見て苦笑いのウィン。その原因の自分の体を確認してみる。体中の至る所に包帯が巻かれている姿はミイラのようで、よく生きていたと思う。


 ウィンから聞かされた大狼王キングウルフの今の状態――恐らく月の涙ムーンティアは自分の為に使うつもりなのだろう。


 そして、西の森に発生した火事。嬢ちゃんから、大狼王に協力している人間がやった事だと聞いたが、誰がやった事であろうと、町全体に危険が及ぶこの状況は見過ごせない。


 そこから、ギルドや町全体で消火活動に参加出来る人を集め、何人かの班に分けて、それぞれにまだ動ける魔王をつけて出発させた。

 火を止める為とはいえ、一般人を魔物がいる暗い森に護衛もなく向かわせる訳にはいかないからだ。


 そんなこんなで、結局起きてからもやる事が沢山あった為に、ベットで安静にとはいかなかった。


「ウィンまだ動ける奴は残ってるか?」


「いるにはいるけど、どうするつもり?」


「一応、消火活動につけた護衛には火が消え次第、何人かは泉に向かうように言ったが、流石にそれだけじゃ人手は足りないからな。動ける奴、全員で今から泉に向かうぞ!」


 重傷とはいえ、相手はあの大狼王だ。何がどうなるか分からない。それにもし月の涙が完成してしまった場合、最悪な結果になる可能性だってある。


「気持ちは分かるけど、ガイはここで休んでなよ」


「こんな大変な状況を少年少女に全て押し付けるのは違うだろ! それにフェイがいる以上、俺に行かないという選択肢はない」


「はぁ…………本当にガイはフェイちゃんの事になると……」


「諦めろ」


「その頑固さ、いったい何処の少女に似たのかね……」


「何の話だ?」


「はぁ…………分からないならいいよ」


 俺が何処かの少女に似てる? そもそも、俺にフェイ以外に少女の知り合いなんていないんだが、ウィンは何を言ってるんだ?


「じゃあ早速用意してくるよ」


「うん? お前も行くのか?」


「殆どの魔王は消火活動の護衛につけたからね。残ってるのは僕とガイを入れても片手で数えられるくらいだよ」


「そうか……すまない」


「謝る必要はないよ。僕もあの子たちに全て押し付けるのは違うと思う。でも……」


 ウィンは言葉を止め、俺が見ている方向を確認する。そこには、禁呪の手枷をつけたトールという長身の男と、カリーナという目隠しをした女の魔ノ者が座っていた。


「見張る人間がいなくなっちゃうけど、こいつらはどうする?」


「連れてくしかないだろ……」


「えっ? それ本気で言ってるの?」


「仕方ないだろ。もう一人はともかく、こんなヤバイ奴らここに置いとけねぇよ!」


 捕まえたもう一人は縄で縛って部屋に閉じ込めている。

 こいつも、牢屋でもあればそこにぶち込んでやるが、結局見張りは必要になる。今は大人しくしてるが、放っておけば、また何を仕出かすか分からない。

 連れていく危険もあるにはあるが、大狼王という化け物が近くにいる以上、この町の何処にいても危険な事には変わりない。

 それなら、直接監視出来るように目が届く場所に置いておく方がまだマシだ。


「お前もそれでいいよな?」


「………………」


「トール!」


「な、なんだよぉ」


「お前に聞いてんだよ!」


「か、構わないよぉ」


 こいつは捕まえてからずっとこんな調子だ。戦ってた時はもっと好戦的な感じだったんだが、どうしてこんな風になったのか……

 まぁ、今はこいつの事情まで考えている余裕はない。大人しくしていてくれるならこのままでもいいだろう。


「じゃあ行こうか」


「あぁ!」


 痛む体に耐えながら、外に用意していた馬車に乗り、町の西入り口を目指す。荷台には俺とウィン、そしてトールとカリーナが、御者台に残り二人の魔王がいる。


(何が悲しくて、こいつらと同じ馬車に乗らなくちゃいけねぇんだ……)


 自分で決めた事とはいえ、苦笑いしか浮かばない。これが一瞬ならともかく、泉につくまでずっと、というのが何よりキツい。

 とりあえずはウィンもいる事だし、少し仮眠を……


「何だあれ?」


 御者台にいる魔王が何かに驚いている。


「何だ?」


 荷台から、前を覗いてみる。遠くに町の西入り口があるが、他には何も見えない――――――いや、おかしい!

 事がおかしいのだ。西側の入り口は真っ暗になっている。本来ならそこは、魔物避けの街灯で明るく照らされている筈の場所だった……

 だが、今の俺たちの目には入り口から直ぐ近くに広がる森と変わらない暗闇しか映っていなかった。

 むしろ、西の森の先で上がる炎の方が明るく見えるくらいだ。


(何がどうなってやがる?)


 町の外周にある魔物避けの街灯が何個も潰されているという話は少年や猫からは聞いていた。その時はこんなタイミングでふざけたイタズラを……と思っていたが、これはイタズラの範疇をとっくに超えている。


「ワンッ! ワンッ!」


 影の中で休んでいたハチが顔を出していきなり吠え始める。


「馬車を止めろ!!」


 暗闇を前に馬車が急停車する。まるで、その先が別の世界だとでもいうように、町の明るさと街灯の明かりがない西入り口はくっきりと境界が出来ていた。

 馬車から降りて目を凝らす。しっかりと全て確認出来た訳ではないが、西入り口にあった街灯はまるまる


「うん?」


 何か音がしたので、耳を澄ましてみる。聞こえてくるのは俺たちや馬の呼吸音、町の喧騒に、そして……


――


 そこで全てが繋がる。町の外周にある街灯を壊していたのは、本来の目的を探られない為の偽装だった。

 本当の狙いは西入り口にある魔物避けの街灯を纏めて破壊する事。そして、ここを起点に町を……

 何故、西入り口なのかも直ぐに答えられる。こちらには泉と、洞窟があるからだ。

 奴はずっとこの時の為に準備していた。

 月の涙ムーンティアを造り出したその先――大狼王キングウルフの本当の目的は事だ!


「皆、馬車から降りろ!!」


――叫んだ瞬間……


 暗闇から現れた戦狼キラーウルフの群れが、馬車を目掛けて一斉に飛び掛かった。目に入るだけでも十や二十を軽く越えている。

 馬や、荷台全てがズタズタに引き裂かれていく。間一髪、後ろからウィンとトールたちは逃げ出したが、前にいた魔王の一人はここからハッキリとは見えないが、戦狼たちに襲われ絶命したようだ。影にいるだろう魔ノ者もきっと……

 もう一人も逃げ遅れたせいで、片腕から血が滲んでいる。


「この状況は本当に不味いよ!」


「分かってる!」


 今、この町で戦えるだろう魔王は俺と、ウィン、そして片腕に怪我をした魔王だけだ。


「火をつけさせたのも大狼王キングウルフの計画の内かもしれねぇ」


 森に火をつければ、町から消火活動の為に人が送られる。しかも、魔物が出る森ともなれば、戦える人間がついていくのは確実だ。こっちの戦力を削り、夜の闇に紛れて町を襲う。火が消え、その事を知らずに町に戻ってきた人間をまた襲う。

 町にいた魔王を捕まえたのは月の涙の為だけじゃなく、戦力を減らす目的もあったのだろう。

 嬢ちゃんの話では、火をつけたのは大狼王に協力していた人間だと言っていたが、間違いない。これも奴の計画だ……


「なんなんだよぉ! こんなの俺は知らないよぉ!」


 トールが目の前の光景を見ながら叫んでいる。知らないのは当たり前だ。最初から捨てる気でいる駒に、全てを話す訳がない。


「ウィン、手枷の鍵あるか?」


「なっ!? まさか?」


「いいから、早く貸せ!」


 一分も経たない内に、俺たちが乗ってきた馬車は見る影もなくなっていた。

 あと、五分もすればここにいる全員があの馬車や魔王のようになるだろう……

 既に一人が犠牲になっている――こんな状況で手段なんて選んでいられない。


「トール!」


「なんだよぉ」


「よく聞け! 今からお前らの手枷を外す。外したらお前は俺に使ったあの魔法をカリーナに使わせろ!」


「何で俺がぁ」


「今の状況を見ろ! お前は捨てられたんだ! 奴は最初からそのつもりでお前を使っていた」


「そんなことぉ」


「俺はお前に同情する気はない。だが、俺は怒ってる! こんな風に平気で人を利用して、使い捨てるような奴が……そんな奴の思い通りに計画が進むのが許せない!」


 こいつに俺は殺され掛けた。それ所か、フェイや嬢ちゃんを誘拐し、傷付けようともしていた。その事を忘れるつもりはないし、許す気もない。

 だが、こいつは自分自身に与えられた役割を果たそうとしただけだ――そこだけは、少しは評価出来る。


「お前も、守りたい奴がいるんだろ!」


「………………」


 カリーナを見る。この魔ノ者が、こいつにとって何より大事な存在だというのは今までの反応で一目瞭然だった。


「だから力を貸せトール!!」


「………………分かったよぉ」


 少し考えた後、トールが答えを出す。

 そんなやり取りの間に、俺たちは戦狼の大群に囲まれていた。


「準備はいいか?」


 トールとカリーナの手枷を外し、全員に確認する。皆、無言で頷いた。


「カリーナぁ!」


 トールが名前を呼んだ瞬間……


「キャアァァァァァァーーーーーーー!!」


――魔ノ者から甲高い叫び声が上がった。


 経験上、咄嗟に耳を押さえるが、前回のようにはならない。近くにいた戦狼達がバタバタ地面に倒れていってる所を見ると、効果は発揮されているようだ。


「風の膜で全員の耳を保護してるんだぁ」


「なっ!? 声も聞こえてる?」


「そうみたいだね」


 これもこいつらの魔法か――通りで、前回あんな轟音の中で、自由に動けた訳だ。


「ウィン、こいつのナイフを一本貸せ」


「ガイそこまでは……」


「今は戦える奴が多い方がいい。それに裏切るつもりなら、最初からこれを俺たちにつける必要はないだろ」


 自分の耳の辺りを指差し、ウィンを説得する。この保護がなければ、全員立ってすらいられない筈だ。


「仕方ないな」


「助かる。ほら、トール!」


 ウィンから貰ったナイフをトールに渡す。


「これはぁ」


「お前も戦狼たちを倒すのに協力しろ」


「…………分かったよぉ。俺は馬鹿にされるのが一番嫌いだからなぁ。騙してた借りは返して貰うぜぇ?」


 ナイフを持ってニヤリと笑みを浮かべるトール。それを皮切りに……


――全員が一斉に動き始めた!


「まずは一頭! 二頭! 三頭!」


 地面に倒れている戦狼を、大剣で順に真っ二つにしていく。

 横にいたウィンは何やら片手を上げ、勢いよく下げた――瞬間に上空から何かが勢いよく降ってきて、轟音から逃げようとする戦狼達の頭を貫通した。

 地面をよく見ると鳥の羽根のような物が刺さっている。

 ウィンが契約している魔ノ者の攻撃だ。上空からの羽根による狙撃とは恐ろしい……

 片腕を怪我していた魔王も、何やら炎のような物を出して応戦している。

 トールもナイフ一本を器用に扱いながら、轟音の中動けない戦狼達を倒していった。


「負けられねぇな! ハチ!」


「ワンッ!」


 大剣を構え、戦狼に向かっていく……







「とりあえずは防げた?」


「あぁ、何とかなったみたいだな」


 ここにいる全員で戦い、町に入って来た三十頭近くの戦狼達を倒すことには成功したが、まだ安心は出来ない。カリーナの魔法が一旦消えてからも、森からこちらの様子を窺っているのが、何頭も見えるからだ……

 町に入ってきたのは、きっとほんの一部だろう。トールとカリーナの魔法のお陰で何とか退けたが、次もどうにかなるとは限らない。

 火が止まれば、護衛につけた魔王達の何人かは、協力者を送り届けに一旦ここまで戻ってくる筈だ。その時まで耐えられれば戦狼達を挟み撃ちに出来る。

 どれくらい掛かるかは分からないが、何とか時間を稼ぐしか……


――その時だった。


「うん?」


 森からこちらを見ていた一頭の戦狼が遠吠えを始めた。一頭だった物が二頭に、二頭が三頭に、まるで何かを伝えるように順に吠えている。その連鎖が何回も続き、やがて……


「ウオォォォォーーーーーン!!」


 今まで一度も聞いたことがない凄まじく大きな遠吠えが森から町まで響いた。それを最後に、ピタリと戦狼たちの遠吠えが止まる。さっきまでの煩さが嘘のような長い沈黙……


「何だったんだ?」


――そう呟いた瞬間。


 木々を押し倒しながら、見たこともないサイズの氷で作られた槍のような物が


「避けろ!!」


 俺が叫ぶより早く、全員が咄嗟に左右の道の端に飛び込んだ、その横を巨大な氷の槍が通りすぎる。西入り口から、俺たちまでの間にあったボロボロの馬車は氷の槍に跡形もなく粉砕され、ぺしゃんこになっている。

 一瞬目に入った槍のサイズは、道の左右にある二階建ての建物より高く、長さはその二倍はあった。

 あんな物が直撃したら、普通の建物は粉々になるか、倒壊するのは確実だろう……


「この方向は……」


 氷の槍の進む先には、この町の何処にいても確認が出来る……西入り口から直通で行けるフォレストの象徴――大樹マザーがある。


 道を削り、左右にある建物を破壊しながら、真っ直ぐに進み続ける巨大な氷の槍が、俺たちの目の前で大樹マザーに

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