第一章50  『説得と激戦と○○と』

 


「……邪魔……」


 フェイさんの乗るテディさんが襲ってくる戦狼キラーウルフたちを蹴散らしている間に、火の中心を探す。


「あれだ!」


 炎で照らされた赤い魔法石を見つける。近付こうとすると、左の茂みから戦狼が飛び掛かって来た。

 身を屈め、体勢を崩して転がりながらも魔法石を回収し、フェイさんに向けて放り投げる。


「フェイさんお願いします!」


「……任せて!」


 テディさんが魔法石目掛けて、組んだ両手を真上から振り下ろす。ドン! という大きな音と共に地面に割れて砕けた魔法石が残った。あとは……

 先程飛び掛かってきた戦狼との距離を一気に詰める。こちらの様子を窺っていた戦狼は咄嗟に後ろに飛び退こうとするが、片方の前足を両手で掴み飛び退く勢いそのままに地面に叩き付けた。気絶しているのを確認してから立ち上がる。


「これで魔法石は三つ目ですね。あと、どれくらいあるんでしょう?」


「……分からない。……でも……まだまだあると……思う」


 周りを改めて見る。ドロシーさん達と分かれて、魔法石回収と火を食い止める為に行動していたが、やはり燃えている範囲が広すぎる。

 フェイさんとテディさんのお陰で、木を倒すのは容易だったが、度重なる戦狼の襲撃で作業はそんなに進んでいなかった。それに……


(前にライさんから聞いた話……)


 魔ノ者と契約しても、際限なく魔法が使える訳じゃないとライさんは言っていた。さっきも、テディさんを一時的にぬいぐるみサイズに戻していた事を考えると、フェイさんもかなり魔力を消費しているのだろう。


「……エンちゃん?」


 僕が黙って考えていたのが気になったのか、フェイさんが声を掛けてくる。顔を見る感じでは、まだ元気そうにも見えるけど、この状態が続くならそれもいつまで持つか分からない。


「すみません! 次の場所に向かいましょう」


「……待って」


「はい?」


 フェイさんが震える通信用の魔法石を取り出した。魔力を込めた瞬間、聞き覚えのある声が響く。


「フェイか? お前らも無事か?」


「……ガイ……大丈夫!」


「それなら、良かった! ついさっき嬢ちゃん達とも話したが、向こうも元気そうだったぞ」


「……良かった」


「もうすぐ町からの応援も到着する筈だ。王都からの救援部隊も出発したらしいが、そっちが間に合うかは怪しい所だ……」


「……応援が来たら……私たちも……泉に行くね」


「分かった…………フェイに少年、二人とも気を付けろよ?」


「……うん!」「はい!」


 ガイさんとの通信が切れる。丁度そのタイミングで燃える木々の向こうから、沢山の馬車が現れた。







「……変身トランス! ……走者ランナー!」


 フェイさんが唱えると同時に、テディさんの両足にタイヤと踵部分に大きな丸い排気口のような物が付いた靴が現れる。


「……乗って」


「はい!」


 フェイさんが出した手を取り、屈んだ体勢のテディさんの上に乗る。ぬいぐるみの見た目通り、凄くフワフワの感触で気持ちいい。


「……テディ!」


 立ち上がったテディさんの踵部分の排気口から、勢いよく火が飛び出る。

 まるで、地面を滑るように加速しながら、森の中を凄い速度で突っ切っていく。馬車で応援に来てくれた人に消火活動は任せ、僕たちは泉に向かっていた。


「……エンちゃんは……あのドンって人……知ってるの?」


「名前だけは知ってます」


 リンさんのお父さんだということしか知らないが、森に向かう僕らにしていたあの表情を見るに、悪い人ではないんじゃないかと思う。


「……あの人は……自分の娘を助ける為に……月の涙ムーンティアが……欲しいみたい」


「それは……」


 傷を治している間に、そんなやり取りがあったのか。ドロシーさんの悲しそうな顔の本当の意味が今、分かった。


「……エンちゃんは……どう思う?」


「僕は……」


 フェイさんに問われ考える。

 大切な人の為に出来ることをしようとする――それが間違っているとは到底思えない。

 実際、僕だって願いを叶える滴の噂を聞いてこの町まで来たのだ。その気持ちはよく分かる。


(でも……)


 木を避けながら、前にドンドン進むテディさんに乗りながら周りを見る。

 普段なら暗く、動物や虫の鳴き声しか聞こえない筈の森が、今は真っ赤な炎に包まれ、火を食い止める為に木々は倒され、消火活動をする人たちの叫び声が響いている。

 そして、思い出されるのはドロシーさんの悲しそうな表情と、ドンさんが見せた複雑な顔――――自分がやっている事が何より正しいと思っているなら、あんな顔をするだろうか? いや、そんな事はないはずだ。それなら、僕の中の答えは一つだ……


「間違っていると思います!」


「……そう。……なら…………」


「うん? フェイさん?」


「……ごめん」


「えっ?」


――フェイさんが謝った瞬間。


 いきなり空中に体が投げ出される。混乱しながら、下を確認すると、テディさんがぬいぐるみサイズにまで戻っていた。見ると、フェイさんも僕と同じように飛んでいる。


(危ない!)


 近くにあった木を蹴って、地面に力なく落ちる寸前のフェイさんを庇う。


「……ありが……とう」


 そうお礼を言うフェイさんの顔は疲労困憊という様子だった。

 ここまで、テディさんを使って木を倒したり、戦狼と戦ったり、僕を乗せて移動したり、フェイさんはずっと魔力を使い続けていたのだ。限界が来たっておかしくない。


「……先に……行って」


「でも!」


「……大丈夫……テディも……いるから。それに……」


 少し考えるような間の後、フェイさんが続ける。


「……間違っていると……思うなら……ドロシーちゃんを……助けてあげて!」


 僕の目を真っ直ぐ見ながら、フェイさんがそう言った……


「はい! 分かりました!」


 そうだ…………助けるべきなのは、何もドロシーさんだけじゃない。

 フェイさんを近くにある木にもたれ掛けさせてから、立ち上がる。


「……行ってらっしゃい」


「行ってきます!」


 泉に向けて走り出す。自分に出来る事をする為に……







「あれは?」


 少し進んだ所で、遠くに何かが見える。

 目を凝らすと、座ったままのドロシーさんの頭上に大きな氷の塊が浮いていた。目の前で氷の塊が少しずつ大きくなっていく危険な状況にも関わらず、ドロシーさんはぴくりとも逃げようとしていない。


「これじゃ!」


 助ける為に走り出そうとするが、この距離だとどう考えても間に合わない。


(どうする?)


 考える――結論は直ぐに出た。

 目を閉じ、息を整える。大きく息を吸い、ゆっくりと吐き出す。そして……


――魔力を生み出す!


 天に届きそうな程に吹き出た魔力を、ドラゴンの形にしていく。魔力で出来たその姿は、親友のヴァルその物だった。


「はっ!」


 息を吐くと同時に手を横に振る。ドラゴンも同じ動きをするが、氷を壊す為じゃない。座ったまま動かないドロシーさんを掴んで、一気にこちらに引き寄せる!


「…………っ! …………あれ?」


 目を瞑ったまま身構えたドロシーさんを空中でキャッチし、地面に着地する。一度魔力を止めて、ドラゴンを消す。話したい事がある以上、今は出しておく必要はない。


「ドロシーさん! 助けに来ました!」


「エン君? ありがとう」


 お礼を言うドロシーさんは何処か浮かない表情をしている。


「エン!」


 ライさんがこちらに向かって走ってくる。


「ライさん! 無事で良かったです!」


「エンこそ無事で良かったにゃ! フェイは何処にゃ?」


「今は近くで休んでます。それより……」


 大狼王キングウルフとドンさんの前に全員で並び立つ。大狼王は驚いていたが、ドンさんはほっと安堵した様子だった。やっぱり、間違いない……


「貴様のその力は何ダ?」


「あなたに教える事はありません」


「何だト?」


 怒りの表情に変わる大狼王は無視して、ドロシーさんに問う。


「ドロシーさん、皆を助けましょう!」


「でも、ドンさんが……」


「昔のドロシーさんが恥じない、今の姿でいたいんじゃないんですか?」


「それは………………」


 そう言って俯いたまま押し黙るドロシーさん。


「ちゃんと見てください!」


 俯いたドロシーさんの頬を後ろから両手で掴み、ドンさんの方に向ける。その表情はやはり悲しそうで……


「ドロシーさん、もう一度言います! !」


「……………………そうか…………そうよね!」


 僕の言わんとしている事が伝わったのか、一気にドロシーさんの表情が明るくなる。


「ありがとうエン君! 助けましょう! 皆を!」


「はい! そうしましょう!」


「お礼に後でエン君を抱き締めちゃう!」


「な、何を言ってるんですか!」


「それ、どちらかといえばドロシーのご褒美にゃ!」


「チッ! バレたか……」


「バレるも何も、自分の口元を見るにゃ!」


「あっ、やばっ!」


 涎を拭きながら、ドロシーさんが前に出る。すっかりいつもの調子に戻ったようだ。


「エン君……大狼王キングウルフをお願い出来る?」


「はい!」


「貴様ら何を言っテ?」


「じゃあ、私とライはドンさんの方を何とかするね!」


「任せました!」


「ふざけるナ! 一人増えたくらいデ……」


「行くよライ!」


「やってやるにゃ!」


「舐めるナ!」


 ドロシーさんと、ライさんが前に飛び出した! それに合わせ、呼吸を整え――――魔力を一気に生み出す! 二人に向かって飛んできた氷の塊をドラゴンの手で弾く。


「なッ!?」


「邪魔……しないで下さい!」


 そのまま腕を横に振り、体ごと木に叩きつける。


「ぐッ! 貴様ァ……」


 牙を剥き出しにしながら、こちらを睨む大狼王を見ながら考える。

 お腹の状態を考えるに、五分を全力で戦うの無理そうだが、力を殆ど使っていない今なら三分は持つ筈だ。その三分の間に、こいつを何とかするしかない。


「いきますよ!」


「ちッ!」


 大狼王は舌打ちをしながら、口に咥えていた二本の蓄える植物ストックプラントを泉に向けて放り投げた。


「なっ!?」


 驚いた一瞬の隙を狙って、大狼王がこちらに向かって飛び掛かってくる。だが……


「それくらいじゃ!」


 魔力で生み出さしたドラゴンの頭部を、僕と大狼王の間に滑り込ませる。ドラゴンの巨大な顎で上下から大狼王を押し潰そうとする。


「ぐあッ! ふざけるナ……」


 左右に大きな氷の塊を一瞬で生み出し、それを身代わりに後ろに飛び退いた。


「何だこれハ? こんな力見たこともないゾ!」


 焦った表情を見せる大狼王を追撃する為に、今度は右手を上から下に振り下ろす。

 咄嗟に左に避けた大狼王に目掛けて、左手を横に振る。逃魔力で出来たドラゴンの爪が逃げ場が無くなった大狼王に直撃する。


「がッ!」


 大狼王は短い悲鳴を上げながら、地面を激しく転がっていく。

 力を使い始めてから、まだ二分も経っていない。これなら、何とかなる!

 組んだ両手を真上に上げ、大狼王に叩きつける!


――瞬間だった。


(あ……れ……?)


 急に

 振り下ろした筈のドラゴンの両手は、砂が風で飛ばされるように、体もろとも消え去ってしまった。


(まだ一分くらいは……大丈夫な筈……だったのに?)


 今日は力を使っていなかった。ご飯だってしっかり食べていたから、五分は無理でも三分くらいは持つと思っていたのに、何で?


(どう……して……?)


 考えて、思い付く。

 違う! 既に使っていた! 使ってしまっていた!

 体の傷を癒したあの時、大量の魔力を消費していたのだ。

 あと、少しだったのに! もう少しで大狼王を……


(……倒せ…………)


 頭の中で言葉を言い終わる前に、巨大な氷の塊が飛んでくるのが見えた。


 強烈な痛みと、体が宙に浮く感覚。ぐるぐると景色が回っているが、自分の状況を把握出来ない。


 やがて、僕の…………

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