第一章49  『真実と利用と○○と』

 


「邪魔してんじゃ……ないわよ!」


 目前に迫る戦狼キラーウルフの顎を下から蹴り上げる。本来ならもっと相手の動きを見てから行動するが、今の私にそんな余裕はなかった……


 ガイさんから聞かされた、大狼王キングウルフ月の涙ムーンティアを造る目的。

 王都で行われた討伐作戦で、多くの魔王が倒れる事になったが、魔王達は大狼王にも大きな傷を負わせていた。それこそ命に関わるような……


 私もガイさんも大狼王と遭遇していたが、私たちから見た奴の力はとても強大で、まさか重傷を負ってるとはとても思えなかった。

 だからこそ、その可能性が頭から抜けていたのだ……


 今なら分かる。大狼王と戦った時の違和感――本気を出さなかった訳じゃなく、出せなかったのだ。


「ドロシー左にゃ!」


 前に転がり、左から飛んできた戦狼の鋭い爪から逃れる。


火花スパーク!」


 相手が体勢を立て直す前に、威力を上げた火花で気絶させる。さっきから、何体倒したか分からないくらい戦っていた。

 今ので、ここらにいた戦狼をあらかた倒せたようだが、またいつ何処から襲ってくるとも限らない。


 私は怒っていた――それは勿論、大狼王にしてやられたからでも、ドンさんに裏切られたからでもない……

 ドンさんのリンちゃんをただ助けたいと願う純粋な気持ちを大狼王が利用していたからだ。

 月の涙ムーンティアの実物を見たことがない以上、出来上がれば大狼王の傷も、リンちゃんの病も両方治せる程の十分な量があるのかも知れないが、奴は自分の事は隠している様子だった……

 その上で、リンちゃんの為に必死なドンさんを思うままに動かしていた事が許せないのだ。今すぐにでも、あの大きな狼の顔に拳を入れてやりたいが、燃える森を放っておく訳にもいかない。


(どうする? このままじゃ、本当に間に合わなくなる! でも、これじゃ……)


 木を倒し、他の木に燃え移らないように火を食い止めているが、私たちだけではどうしても人手が足りない。エン君とフェイちゃんも二人で別の方向に行ってくれているが、同じ状況だろう。


「あった!」


 最も火の勢いが強い中心に魔法石を見つける。これで、三つ目だ。この魔法石は一度火を出すと、もう一度魔力を送られない限りは火が出たり、燃え続けたりはしないようだ。

 本来なら見付け次第、真っ先に壊すべきなのだろうが、また魔力を送るような事はしないと、ドンさんを何処かで信じて壊せない自分がいる。


「うん?」


 何かが腰の辺りで震えている。そういえば、大狼王に襲撃された際に、通信用の魔法石をポケットに入れっぱなしだった。直ぐに取り出し魔力を込める。


「良かった。こっちもまだ使えたか……」


「ガイさん?」


「嬢ちゃん、状況はどうだ?」


「今は私とライ、エン君とフェイちゃんでそれぞれ手分けして火を食い止めてますけど、やっぱり人手が足りません」


「応援がそろそろ到着する筈だ。嬢ちゃん達の話を聞いて張り切ってる奴もいたから、もうすぐ来るだろ」


「張り切ってる?」


「あぁ、状況が状況だ。ギルド関連以外にも、町全体に協力を呼び掛けたんだ。話を聞いたら、嬢ちゃん達と知り合いとか何とか言ってたぞ」


「そんな人が……」


「応援が到着次第、泉に向かえるか?」


「任せて下さい!」


「すまんな。本来なら俺や、町に元々いた魔王の仕事の筈だが、まともに戦えて、近くにいるのはお前らぐらいしか……」


「大丈夫です! それに止められたって行くつもりでしたし」


 許せない奴がいる――それだけで、疲れきった体が嘘のように動いていた。


「王都からの救援部隊も今、出発したらしい。何とか全員で乗り切るぞ!」


「はい!」


 ガイさんとの通信が切れる。

 王都からここまで二、三時間は掛かる。今のこの状況は私たちでどうにかするしかないが、それでも助けが来ると分かっているだけで気持ちは大きく変わってくる。


――その時だった。


「見つけた!!」


 大きな声が聞こえたと思った瞬間、炎の中を馬車が突っ切って来た。目の前で止まった馬車の御者台に、見覚えのある顔がある。


「アルさん?」


「お嬢ちゃん待たせたな!」


 颯爽と現れたのは、かつて私たちが狡猾な木トリッキーウッドから助けた御者のアル・リンドバーグその人だった……






「アルさん、何でここに?」


 私と、周りで魔法石を探していたライを乗せた馬車を全速力で走らせながら、アルさんが質問に答えてくれる。


「ガイって人が町全体に協力を呼び掛けていてな。詳しく話を聞いたら、お嬢ちゃん達も関わっているって分かったから飛んできた!」


「アルさん…………ありがとうございます!」


「いいって事よ! 俺も助けて貰ったし、それに何かあったら任せろ! って言っただろ?」


「アルはやっぱりいい奴にゃ!」


「本当に助かりました」


 まさか、あんな口約束みたいな物を守って、こんな危ない所まで来てくれるとは――アルさんには感謝しかない。

 空の満月を見る。大分時間を取られたが、急げばまだ間に合う筈だ!

 馬車で器用に木々を避けながら、泉に近付いているがまだ距離がある。

 あの後、アルさんを先頭に他の馬車や人も続々と現れ、消火活動を始めてくれた。私たちがいた場所以外も、応援がそれぞれ散って火を消しに行ってくれてるらしい……


「すまない! ここまでのようだ……」


 前を見ると、木々が密集し過ぎて、とても馬車は通れそうにない。


「いえ、充分です! ありがとうございました! 危ないんで、アルさんはここから離れて下さい」


「あぁ、分かった! 気を付けてな?」


「はい! アルさんもお気を付けて…………行くよ、ライ!」


「分かったにゃ。アル、次はあのクッキーがまた食べたいにゃ!」


「何最後にさらっと要求してんのよ! すみませんアルさん!」


「ははっ! いや、大丈夫だ! 次は用意しておくから絶対に帰ってくるんだぞ」


「了解にゃ!」


「アルさんありがとうございます」


 引き返すアルさんを見送った私たちは泉に向かう。







「これで最後だ……」


「ドンさん!」


 泉の前に大狼王キングウルフとドンさんがいる。私を見て驚いた様子のドンさんが聞いてくる。


「お嬢ちゃん何でここに?」


「町からの応援が来てくれました」


「そうか……なら、森はもう大丈夫だな」


「そんな事より! そいつは自分の為に月の…………っ!」


 足元から氷の塊が突然現れる。咄嗟に後ろに下がって避けるが回避しきれない。右足に痛みが走る。

 今ので分かった……やっぱりドンさんにその話はしてないんだ! 大狼王キングウルフを睨み付けると、楽しそうな顔をしている。こいつ!


「うん?」


 そこである事に気付く。暗くてハッキリと見えていなかったが、大狼王が凍り漬けにした蓄える植物ストックプラントを二本咥えていた。そして、何より……


(魔力が強くなってる?)


 大狼王の体から漏れる魔力の量が、先程会った時よりも増えていた。洞窟内で、他の蓄える植物から魔力を吸いとったのか? じゃあ今咥えているあれは……


「ドロシー!」


「分かってる! ドンさん、そいつは……」


 今度は氷が頭上に生まれ、こちらに向けて落ちてくる。


「二度も邪魔出来ると思うな!」


 電気駆動エレクトロドライブと唱え、前に飛び出す。背後から氷の砕ける音が聞こえる。ドンさんを地面に叩き付け、情報を伝えた。


「ドンさんそいつは自分の為に月の涙ムーンティアを使うつもりです!」


「なっ!」


「騙されるナ! お前を止める為にそこの女は嘘をついているだけダ!」


「そいつは王都で重傷を負ってるんです! そいつの目的は最初から自分の傷を治すのが目的だった!」


「嘘を付くナ!」


 私に向けて、周りから小さな氷の塊が一斉に飛んでくる。何とか、横に転がって逃げる。


「よく見ロ! こんな事を怪我が負った奴が出来るカ?」


 空中に大きな氷の塊が徐々に出来始める。


「よく言うわね! さっきから氷を生み出す簡単な魔法しか使ってないじゃない!」


「うるさイ!」


 こいつは前に戦った時から、呪文もなくただ氷を生み出す事しかしてなかった。

 本来なら槍のように形を変えたり氷を使って色々な事が出来る筈だが、氷の数と、大きさを調整して、それらしく見せただけの簡単な魔法しか見せていない。

 凍り付けにされた蓄える植物を見る限り、それ以外も出来るようだが、戦闘で使える程の余裕はないようだ。


「ドンさん!!」


 伝えるべき事は伝えた! 真っ直ぐにドンさんを見る。後はドンさんがどうするか……


「…………すまない」


「なっ!?」


「例えそれが本当だとしても、俺はそれに縋るしかないんだ……」


「そんな!」


「ドロシー!」


 ライの叫びが聞こえる。何処かで、真実を知ればこんな事は止めてくれるんじゃ? なんて甘い事を考えていた。

 例え、利用されていたと分かったとしても、リンちゃんの為なら、いくらでも利用されてやるとその瞳が語っている。

 なら、私はどうしたらいい?


――その一瞬の躊躇……


 空中で出来た巨大な氷の塊が地面に落ちてくるには十分な時間だ。


「滑稽ダ……」


 …………

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