第一章48  『計画と足止めと○○と』

 

 皆のやり取りが聞こえてくる。腹部に感じる痛みで、内容が全く頭に入ってこない。

 洞窟の中で、大狼王キングウルフが出した大きな氷の塊――咄嗟に避けようとしたが、逃げ切れず、儚き弾き飛ばされ壁に叩きつけられる事になった。


(僕もまだまだですね……)


 何が、出来る限りの事をしたい……だ。肝心なタイミングでこの状態なら、何の意味もない。

 ドロシーさんの叫ぶ声が聞こえる。

 優しいドロシーさんがそんな風になるなんて何があったんだろう?

 何でこんな時に僕は休んでいるんだ?

 色んな考えが頭の中で現れては消え、現れては消えを繰り返す。

 でも、結局最後に思い出されるのはあの日の記憶。

 そしてあの言葉……


「エン……自分の眼で脚で、色々な物を見て様々な事を知りなさい。あなたがそうやって成長して、大事な者を見つける事が、今の私の願いです…………だから、その為の力を……」


 ヴァル――――親友であり、ドラゴンであり、そして母親のようでもあった大事な存在。

 ヴァルの願いの為にも、僕はこんな所で寝てる訳にはいかない!


(きっと出来る)


 魔力を生み出す。いつものように全力じゃなく、少しずつ。ドロシーさんは言っていた――僕たち人間は魔力を扱う能力に優れていると。それなら、僕にだって!


(イメージするんだ……)


 腹部に感じる激しい痛み、骨が何本か折れている可能性すらあるが、今は歯を食いしばって集中する。


(痛みの元、そこに魔力を集めるような……)


 強く、強く! 心の中で念じる。今、必要な事を! 大事な者の為に動く力を!

 僕の中で生み出された魔力が、体全体に行き渡る。それを痛む腹部に集め……傷を癒していく。


(もっと!)


 痛みで意識が飛びそうになる。


(もっと強く!)


 まだ痛みはなくならない。


(もっと! つよ…………く?)


 瞳を開ける。体を触ってみるが、今まで感じていた激しい痛みはない。


(成功した?)


 立ち上がり、体の調子を確認する。今まで通り、というか今までより、よく動けるような? これならドロシーさんたちを手伝える!


「ごめんな、嬢ちゃん……」


――そう聞こえた瞬間。


 目の前に広がる真っ暗な森が、一気に燃え上がる。状況が理解出来ない! いったい何が起きてる?


「ドンさん! いったい何を」


 ドロシーさんも僕と同じようだ。森を見ながら驚いている。


「今、この森が燃えている事を知っているのは嬢ちゃん達だけだ。被害が広がれば流石に気付くだろうが、放っておいたらどうなるか分かるよな?」


 ドロシーさんの前にいる男がそう続ける。

 確かにその通りだ。暗い森の中にいたからこそ、炎の明るさがハッキリと分かった。だが、光源が沢山ある町では、直ぐにはこの森の異常に気付けないと思う。


「さぁ、どうする? このままだと町にも被害が出るぞ」


「ドンさん……」


 ドロシーさんが呟くように男の名前を呼んでいる……

 聞き覚えのある名前だ。確か、リンさんのお父さんも同じ名前だったような? じゃあ、もしかしてこの人が?


「………………」


「ドロシーどうするにゃ?」


 静かに考える様子のドロシーさん。だが、答えは直ぐに出た。


「皆、森の方に行くよ!」


「……ドロシーちゃん……」


「ドロシーさん、いいんですか?」


「エン君! もう大丈夫なの?」


「大丈夫です。それより……」


「分かってる……でも、大狼王キングウルフを倒せても、町に被害が出たら意味がない!」


「分かりました! 行きましょう!」


「そうだ! それでいい……」


 森に向かおうとする僕たちを見ながら、ドンさんがそんな事を言う。

 その顔は、思い通りになって僕たちを嘲笑うような表情などではなく、期待通りで嬉しいような、同時に悲しいような複雑な表情をしていた。まるで、今やっている事は、不本意なようなそんな顔だ。


「エン君、急ぐよ!」


「はい!」


 走り去ろうとする僕たちを見ながら、大狼王キングウルフがドンさんに向けて言う。


「見事ダ……」


 ドンさんの表情と違い、大狼王キングウルフはまるで僕たちを嘲笑うように見ていたのが気になったが、今は時間がない!


――そして、僕たちは燃え盛る森へと向かった。







 僕たち四人は、炎が燃え上がる森の中心まで来ていた。


「はぁ……はぁ……はぁ……」


 何だか、さっきからドロシーさんの息が荒い。もしかして戦いの中で大きな怪我を負ったのかも? なんて考えていたら、直ぐに答えが返ってきた。


「やっぱりエン君にフェイちゃん凄く可愛いよぉぉ!」


「それで、はぁはぁしてたにゃ!? どう見ても今はそんな状況じゃないにゃ!」


 とてつもなくしょうもない理由だった!


「だって、可愛いものは可愛いんだもん! はぁ……はぁ……」


「ドロシーはとりあえず、そのはぁはぁするのを止めるにゃ!」


「じゃあ、ひぃひぃ?」


「言葉の問題じゃないにゃ! 子どもを凝視しながらはぁはぁするのを止めるにゃ!」


「えぇー!」


 燃え盛る炎に、大狼王キングウルフが放ったのか戦狼キラーウルフ達も見える。


「今はそんな状況じゃないと僕も思います」


「なっ!? エン君まで?」


「……わたしも……そう思う……」


「フェイちゃんまで!? おねーさん泣くよ?」


「泣くといいにゃ」


 魔力の消費を抑える為にと、フェイさんはテディさんを一時的にぬいぐるみサイズにまで戻していた。


「あぁー! 可愛いなぁ」


「……近い」


「ただの変態にゃ!? フェイからさっさと離れるにゃ!」


 いつの間にかフェイさんの目の前に移動したドロシーさんが、顔を見ながらそんな事を言っている。


「えぇー! ちょっと息のかかりそうな距離で見つめてただけじゃない」


「それがヤバイにゃ! その距離はただの不審者か変態にゃ!」


「そこまで言うなんて、ライ酷い!」


「酷くないにゃ! 酷いのはドロシーの性癖にゃ!」


 すみませんドロシーさん……少し僕もそう思います。


「ぐっ! だから性癖じゃないって言ってるでしょ! ただ私は子どもが好きなだけ!」


「そんなギラついた目で子どもを見るのがただの子ども好きな訳ないにゃ! ただの犯罪者予備軍にゃ!」


 危機的状況にも関わらず、二人はいつものやり取りを始める。


「誰が犯罪者予備軍よっ! 私はただの!」


?」


「子ども好きよ! あんたどんな悪意ある聞き間違いしてるのよ!」


「まぁ、どっちでもいいにゃ……」


「良くないわよ! 何勝手に話終わらせてんのよ!」


 フェイさんを見てみると、何だか楽しそうに二人の様子を見ているようだった。この二人はどんな時でもこんな感じだからフェイさんの気持ちは分かる気がする。


「ドロシーなりに場を和ませようとしたにゃ?」


「なっ!?」


 ライさんの指摘にドロシーさんが赤くなった。中々見れない光景に僕も驚く。


「この話は終わり! とっとと、この場を乗り切るわよ!」


「恥ずかしがってるにゃ?」


「うるさい!」


 ドロシーさんはそう言って前に出る。


「でも、どうするんですか?」


「……あれ……見たことある」


「えっ!? フェイちゃん本当?」


「……手に持った魔法石に……魔力を送ると……別の魔法石から……火が出る」


「てことは、ここの周りには何個かその魔法石があるわね」


 炎は僕たちを取り囲むように激しく燃えている。最初からそうだった事を考えると、森の中に複数仕掛けられているのは間違いないだろう。


「炎は燃え移らないように木を倒して防ぐしかないにゃ」


 大狼王キングウルフのように氷の魔法を使えるなら別だが、僕たちにはそんな力はない。


「もう一度使われる可能性もあるから、仕掛けられた魔法石も回収して破壊しましょう……」


 そう言うドロシーさんは、とても悲しそうな顔をしている。知り合いがこんなことに関わっているのだ……そんな表情になるのも無理はないと思う。


「分かりました! 魔法石を探しだして破壊するのと、木を倒して火を食い止める。早速行きましょう!」


「思ったより、火の広がりが早い。皆で手分けするわよ」


「……待って!」


「フェイちゃん?」


 皆を呼び止めるフェイさん。手には通信用の魔法石が震えている。握り締め、魔力を込めた。


「フェイ、聞こえるか?」


「……ガイ」


「良かった! 嬢ちゃん達は無事か?」


「ガイさん、皆無事です!」


 ドロシーさんが全員の無事を伝える。


大狼王キングウルフはどうなった?」


「すみません! 逃がすしかない状況になりました……」


「そうか……とりあえず全員が無事なだけ上出来だ」


「今、森が大変な事になってるにゃ!」


「あぁ、こっちでも今確認した……」


「僕らは今から火を食い止めに行きます」


「俺たちの方でも、火を止める為に人を集めてるとこだ。それよりもお前らに伝えとかないといけない事がある……」


「何ですか?」


 ガイさんの真剣な雰囲気に、恐る恐る聞くドロシーさん。


「大事な話だ。皆よく聴いてくれ……」


 全員が息を呑む。


大狼王キングウルフ月の涙ムーンティアを、使!」


 僕たちの知らない所で、大狼王キングウルフの計画は順調に動き始めていた…………

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る