第一章58  『決着と白い花と○○と』

 


「お父さん!」


「リン!」


 大樹マザーの中にいたリンちゃんが泣きながらドンさんに抱き付いた。いくら安全な大樹マザーの中にいたとはいえ、大狼王キングウルフがあんなに間近にいたのだ……それを一人で耐えるなんて、とても心細いし、怖かったのだろう。


 王都からの応援と、消火活動に参加していた魔王が帰ってきてからは一瞬だった。

 百頭近くいた戦狼キラーウルフは飛び交う魔法に倒れるか、逃げるかの二択になり、絶対絶命だった私たちは、文字通りでも掛けられたかのように危機を脱した。

 元々、最初から死ぬつもりなんてなかったけど、流石にあの状況はもう本当に駄目かと……

 森に逃げた戦狼も、王都からの応援が追撃部隊を編制している為、残党が討伐されるのも時間の問題だろう。

 町に入り込んだ戦狼キラーウルフがいないか確かめるために、探索部隊も組まれて調べているみたいだが、そっちも多分大丈夫な筈だ。

 他にも、西入り口では王都からの応援と、この町の人たちが魔物避けの街灯を修理している。

 まだまだやる事は沢山あるが、ずっと戦い続けていた私たちは休む為に、一足先にギルドまで戻ってきていた。

 私もライや、少しは動けるようになったエン君の肩を借りてここまで何とか来たのだが、まだ体は自由に動かない。

 ギルドに辿り着いて早々、戻ってきた私たちの中にいたドンさんを見つけたリンちゃんは泣きながら抱き付いたのだ。

 それはいかにお互いが、お互いを大事に思っているかが分かる光景だった。


「リン……」


「お父さん……?」


 もう一度相手を確かめるように名前を呼んだドンさんも涙を流している。もしかしたら、大事な娘を失っていたかも知れないのだ。その気持ちを考えると、どれだけ辛かったのか子どもがいない私には容易に想像出来ない。


「リン、あのな……」


「何?」


「お父さんは少しの間、遠い所に行かなくちゃ行けなくなると思う…………だからその間、叔母さんの言うことをちゃんと聞くんだぞ?」


「なんで……? そんなのイヤだよぉ……」


「ごめんなリン……本当にごめんな……」


 ドンさんに強く抱き締められたリンちゃんは、瞳から更に大粒の涙を流しながら泣き始めた。


「ウィンさん、ドンさんはどうなるんですか?」


 私たちと一緒に親子を見ていたウィンさんに質問する。こういった事件をどう裁くかもギルド管理局の仕事だ。そこに所属するウィンさんなら、ドンさんがどうなるか多少は分かるだろう。


「騙されていたとはいえ、彼はこの事件の主犯のような物だからね。今ここでは何とも言えないけど、ただ……」


「ただ?」


「この騒ぎは元々ギルド管理局の失態から来ている物だから、悪いようにはならないとは思う……」


「うん? それってどういう?」


「ギルド管理局はそういう組織だからさ」


 そう呟いたウィンさんは何処か諦めたような、呆れたような表情をしていた。

 これだけの事件を起こしたのだ。本来なら何年も牢で暮らす事になってもおかしくはない。だが、ウィンさんの顔からはそんな気配は感じられなかった。


「お父さんこれ……」


 少し落ち着いたのかリンちゃんが手に持っていた白い花をドンさんに差し出した。私がとってきた物だろう。


「これ、リンに貰って店に飾ってた奴か? 何でわざわざ?」


「これ持っておいて」


「分かった! 持っておく。お父さんは今から偉い人と少し喋って来るから少し待ってられるか?」


「うん!」


「あっ、ドンさん! それならリンちゃんは私たちが!」


「すまない嬢ちゃん。頼めるか?」


「はい! 任せて下さい。ライ、エン君、先にリンちゃんの所にいってくれる?」


「分かったにゃ」


「分かりました」


 ライとエン君を、ギルド前にいるリンちゃんの元に向かわせ、私はウィンさんの前まで歩いてきたドンさんに声を掛ける。


「ドンさん、少しいいですか?」


「何だ?」


「花の話です」


「これか?」


 そう言いながら、手に大事そうに持っていた白い花を掲げて見せる。


「この花の事、どれぐらい知ってますか?」


「妻が好きだったって事以外、実は全然知らないんだ」


「全部リンちゃんから聞いた話なんですが……」


 私が白い花をリンちゃんの為に採ってきた時に、教えて貰った話――お母さんが好きな花で、そして……


「この花の名前はアングレカム。そしてこの花の花言葉は、いつまでもあなたと一緒……です」


「なっ……!?」


 私の話を聞いたドンさんは、手元の花に目線を移す。


「そんな話あいつも、リンも全くしなかったのに……ははっ! だから、素敵な花なんてあいつは言ってたのか」


 ドンさんの瞳は涙を流しながらも、まるで大事な誰かを尊ぶように、何処か遠くを見つめていた。


「リンちゃんがどういう気持ちでこれを渡したか分かりますよね?」


「あぁ、勿論だ」


「だから、絶対にリンちゃんの所に帰ってきてあげて下さい」


「絶対に約束する!」


「それなら、良かった! なら、私も私の約束を守ります」


「どういう事だ?」


「言いましたよね? みんな丸々助けるって!」


 そう笑いながら空を見上げる。そこにはが綺麗に光っていた。

 これなら、まだ……


 そう。今日もまだまだ夜は長いのだから。

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