第一章39 『過去と守りたい者と○○と』
あのプロポーズの日から数年後……俺の店はそれなりに大きくなり、忙しいがとても充実した毎日を送っていた。
「お前の所のハニーアップルは安くて上手いな」
そんな風にいつの間にか言われるようになったが、俺からすればそれは当たり前の事だった――だって、妻が協力してくれてるのだから。
元々、土いじりが好きだった妻はプロポーズの後、花屋を辞めて店で売る作物を育てるのに協力してくれるようになったのだ。
作物に大して詳しくなかった俺と比べ、彼女は沢山の事を知っていたから、妻の出すアイデアで俺のブランドの商品は見る見る質が良くなり、色んな人が買ってくれるようになった。
彼女と一緒に畑で作物を育てたり、それを俺の店の一角に並べたり、一人だったら大変だった事が二人ならとても楽しくて仕方なかった。
時間が過ぎるのもあっという間で、こんな素敵な時間が続くなんて、これ以上に幸せな事はないんじゃないか? なんて思い始めた頃……
「妊娠したみたいなの……」
それ以上の幸せが訪れた。
子どもが出来てからは、名前を考えたり、お腹の子の為に体に良さそうな食材を探してきたり、子どもが産まれてから必要な物を二人で用意したり、妻との時間は子どもの為に沢山使われるようになった。
前よりも遥かに忙しいはずなのに、不思議と辛くは感じない。だってそんな時間も幸せだったから!
そして……
「元気な女の子が産まれましたよ」
仕事を切り上げ急いで来た俺は、その言葉を聞いた瞬間、涙がボロボロと止まらなくなった。
そんな俺を見て、妻は笑いながら
「子どもみたい」
なんて言ってきたが、そんな妻も泣いていて。
その日が俺にとっての
これからも、ずっとそんな日が続いていくんだろうと、その時の俺は本気で信じていたと思う……
――だが、そんな日も長くは続かなかった。
娘を産んでから、妻は頻繁に病床に伏すようになった。最初の内は偶然かと思っていたが、次第にそうは思えなくなり、時間を作って王都の病院で診て貰う事にした妻は、魔力中毒症と診断される事になる。
魔人や魔王など、日常的に大きな魔力と接する人間がなる病気らしい。妻は魔ノ者と契約などしていなかったし、本来なら有り得ない。
妻の病気を治す為には、魔力の元から引き離す必要があると医者には言われたが、原因が分からない以上俺にはどうしようもなかった。
日に日に弱っていく妻を見ながら、何も出来ない自分に怒りを覚える。そこから毎日のように仕事をしながら、彼女を治す薬がないか探し回るのが日課になった。
どうして彼女がこんな目に遭わなければ行けないのか?
「お父さん、お母さんが!」
夜、仕事から帰宅した俺に泣きじゃくる娘が抱き付いてくる。入院する事を選ばなかった妻はずっと家で療養していたが、結局治らないままこの世を去った。
今でもハッキリと思い出す――皮肉な事だが、人生で一番幸せな日よりずっと多く、心の中でやめてくれと叫んでも何回も、何回も俺を苦しめる光景……
「最後のお別れすら言えなかった」
仕方ない。妻を治す薬を探してたんだから……
「一番辛いときに娘の側にいてやれなかった」
それだって仕方ない。そうならない為に行動してたんだから……
そうやって、押し潰されそうになる自分の心を擁護し続けた。そうしないと無力な自分がイヤになって死にたくなるからだ。
俺はあの日、泣く娘を抱き締めながら、この娘だけは絶対に何があっても守ろうと誓った。
そう。例えそれが、
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