第一章38  『大剣とガキと○○と』


 俺はとてつもなく怒っていた。目の前の長身の男にだけじゃない――その怒りは自分自身に対して。

 大事な存在? 守る? 結局危ない目に遭わせておいて何を言ってる。


「…………娘を……頼む」


 今でも鮮明に思い出す光景。

 俺は、あの子は……あの子にだけはあんな悲しい思いをさせたくない。だから……


「お前みたいな奴が、あの子に近付くんじゃねぇぇぇ!!」


 大剣を下から上に振り上げる。男は背後に飛び退きながらニヤニヤと笑っている。今すぐにでもその顔に拳を入れてやりたいが、そうもいかない。


「おいおぃぃ、何だ何だぁ? 随分面白そうな奴が来たなぁ?」


「面白いのはてめぇの喋り方だろ!」


 一歩前に踏み出し、大剣を横に薙ぐ。また後ろに逃げようとするが、そうはさせない!


「ハチッ!」


 俺の足元の影から、相棒が飛び出して男を追撃する。怯んだ男は体勢を崩し……


「カリーナぁ?」


――突如、男の影から白い手が飛び出し、ハチを捕まえ地面に叩き付けた。


「キャン……」


「ハチッ!」


 ハチを回収し、一旦背後に逃げる。


「させねぇよぉ……」


――ストン……と足に何かの感触。見ると、そこにはナイフが刺さっていた。


「……っ! 守の加護フィジカルブースト!」


「ほれ、ほれ、ほれ、ほれぇ!」


 ナイフが何本も、何本も飛んでくる。守の加護フィジカルブーストで五本程は弾けたが、最初の一本と合わせて三本が体に刺さっている。


「お前、魔人か?」


「あぁ、そうだよぉ。なぁ、カリーナぁ?」


 男が名前を呼ぶと、影の中から色白で、ボサボサの長髪を持ち、目隠ししている女が現れた。


(見たことない魔ノ者だ……それより)


 男がやった、影から魔ノ者を出す魔法。簡単なように見えて、魔力を制御出来なければ中々出来ない事だ。

 他にも理由はあるが、魔ノ者は俺のハチやフェイのテディのように人型ではない者も多い為、色々な場所を訪れる可能性のある魔王には、覚える事が義務付けられる。


(魔力の制御は魔王並みか?)


 それに、もう一つ気になることがある。音もなく飛んでくるナイフ……あれは恐らく魔法だが、奴は呪文を唱えずに使っていた。

 この世界の魔法は二つに分かれる。

 一つは先程の、影に魔ノ者を潜ませるような共通の魔法――これは誰が使ってもやる事は同じなので、魔力さえ扱えれば呪文もなしに行える。

 そして、もう一つが個別の魔法だ――契約した魔ノ者によって火や水など、得意な事は変わってくる。共通の魔法と違って、個々に出来る事が違う分、魔法を使う際に具体的なイメージが必要になる。

 その為に必要になるのが――呪文だ。たまに魔ノ者自体の特性なのか、難しい魔法を呪文も、練習もなしに使える事もあるが、そんな物はほんの一部だ。基本はイメージを具体的にする呪文を考え、練習を重ねて魔法を使う。それをこいつは……


(呪文もなしに魔法を使ってやがる)


 この魔人は、そこらにいる魔王より遥かに強い可能性がある。


「なんだぁ? 黙っちゃってぇ? せっかく楽しくなって来たのにこれで終わりかぁ?」


「そんな訳ないだろ? こっからもっと楽しくなるぜ」


「ははぁ! それならいいやぁ……じゃあ、行くぜぇ?」


 男が横に手を振った! 視界にナイフ三本が見える。だが、やはり音はない。見えた物を大剣で弾くが、足に痛みが走る。三本とは別の一本……このままじゃダメだ!


速の加護スピードブースト!」


 後ろに飛び退きながら、右足の二本、体に浅く刺さった二本のナイフを抜き、地面に捨てる。抜いた瞬間痛みが広がるが、今はそんな事を言ってられない。


「おぉ! 何だその動きぃ? もっとやってみ……ぐっ!」


 驚いた様子の男に一瞬で近づき、顔面に拳を一発入れる。


「てめぇを楽しませる為にやってる訳じゃないんだよ!」


「…………っ! お前面白いなぁ!」


「ハチ……もう動けるか?」


「ワンッ!」


 気絶していたハチが立ち上がる。


「お前は守の加護フィジカルブーストであいつに近付け」


「ワンッ!」


「俺は…………速の加護スピードブースト!」


 自らの速度を上げ、一気に近付く。男はまた手を横に振っているが気にしない。横からハチがナイフを止めに入る……


「これで終わり…………なっ!」


 ハチはナイフを止め損ない、一本のナイフがこちらに飛んできた!


「くっ……」


 咄嗟に大剣を地面に突き立て、前に滑り込むようにナイフを回避する。

 原理は分からないが、俺の目には噛み付くハチの口元から、するりと抜けてナイフが飛んできたように見えた。音を消し、掴もうとすると掴めない……


「風を操る魔法か……?」


「ほぉ、まさか初見でこれに気づく奴がいるとはぁ」


「風を操る魔法なら、ナイフなんて使わず直接攻撃すればいいだろ?」


「あぁ? 何が言いたいんだぁ?」


 これで、分かった! こいつは思っていた程、魔力を扱う事に長けてはいない。

 風を操れるなら風その物を飛ばしたり、それこそ何十本か用意したナイフを風で加速させて投げれば、避けられないだろう。

 さっきからこいつがしているのは、ナイフを投げる音を消すことと、ナイフが咄嗟に掴まれないように風の膜を張る事ぐらいだ。


「警戒して損したぜ! この三下が!」


「てめぇ、今なんつったぁ?」


「三下って言ったんだよ! 自分の目的の為に女や子どもを誘拐して利用するクズがっ!」


「お前ぇぇぇぇーーー!」


 ニヤニヤ笑っていた顔が、怒りのそれに変わる。


速の加護スピードブースト!」


 一瞬で相手と距離を詰める。目の前で懲りもせずナイフを投げようとする男……


「ハチ!」


 俺と同じく速度を上げた相棒が、顔面に近付く。驚いた男が俺から


力の加護パワーブースト!」


 力を上げ、地面に大剣を突き立てる。


「うおぉぉぉぉーーーー!!」


 石で造られた地面を大剣を使って、力の限り相手に向け跳ね上げる。大量の散弾となった石が、男が投げたナイフを巻き込み、男もろとも吹き飛んだ。


「てめぇが近付いていいじゃねぇんだよ!」


 石に巻き込まれ、建物の壁に叩き付けられた長身の男は無様に気絶していた……


「……わたし……ガキじゃない……」


「あっ、フェイ!?」


 扉を少し開けて、見覚えのある顔がこちらを覗いている。


「……わたし……ガキじゃない……」


「いや、これは例えみたいな物で……」


――ガチャリと扉を閉める。


「分かった! お前はガキじゃないから! 俺が悪かったから扉を開けろ!」


 ノブを何度も回すが、向こうから押さえてるのか全然開かない。


「……ほんと?」


「あぁ、本当だ!」


 扉をまた少し開け、こちらをまた覗いて来るフェイにそう伝える。


「……なら、いい!」


 まぁ、本当にガキじゃないなら、こんな事はしない! なんて野暮な事は言わない。


 嬢ちゃんが提案した救出作戦は、一人のを救い出す形で幕を閉じた……

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