第一章37  『怒りと条件と○○と』

 


「私がついていれば!」


 カウンターの奥で叫ぶ。周りが驚いたようにこちらを見るが、そんな事は今どうでもいい……


「ライさん落ち着いて下さい」


「その通りだ……」


「だって! …………っ!」


 強く拳を握るガイを見て何も言えなくなる。

 私がドロシーを誘拐されて怒ってるのと同じように、フェイの事を考えて怒っているのだろう。冷静に見えるが、腸は煮えくり返っているはずだ。


「取り乱して悪かった


「大丈夫です。僕たちも同じ気持ちですから」


 そう静かに言うエンの瞳にも、怒りでゆらゆらと炎がたぎっているようだった。


「でも、誰がこんな事をした? 猫、何か覚えはないのか?」


 私が渡された紙。そこにはこう書かれていた――


 お前の飼い主と栗色の髪の少女を誘拐した。返して欲しければ、夜の七時に一昨日の食堂に桃色の髪の獣人と黒髪の少年、二人で来い。


「多分ドロシーとエンと、三人でいた時に襲って来た黒ずくめにゃ」


「黒ずくめ?」


 この紙を持ってきた、ギルドの受け付けで働いてる男も言っていた。ギルド前で全身黒ずくめの奴にこれを渡されたと……今のうちに軽く事情を説明しておく。


「なるほどな…………で、どうする? 素直に行っても二人を返してくれる保証はないと思うが?」


 ガイの言う通りだ。最初に襲われた時も、殺すつもりはなさそうだった。行った所で、人質を盾に捕まるのがオチだろう。


「二人なら自分たちで逃げ出せるんじゃないですかね?」


「いけるとは思うが、嬢ちゃんが魔法を使う事を知ってるなら、一緒に逃げ出す可能性のある二人を同じ場所に監禁はしないだろう」


「それにドロシーはもう余り魔法は使えないと思うにゃ」


「そうなんですか?」


「魔ノ者と契約して、魔力を持つことが出来ても際限なく魔法が使える訳じゃないにゃ」


「水の沸き出す泉が魔ノ者、コップが人間って考えれば分かりやすいな。魔力という水を使ったら泉からまた汲まないと魔法は使えない」


「なるほど! 分かりやすいです」


 失った水は自ら汲むか、近くにいることで注がれていくが、ドロシーが捕まっている以上それは望めない。


「二人がどういう状況にいるかも分からない以上、条件をのむしかないにゃ……エン付き合ってくれるにゃ?」


「勿論です!」


「きっと、奴等の目的は私たち二人も纏めて捕まえる事にゃ」


「仕方ない。お前らが捕まった後に俺が後をつけて確認を…………ん?」


「ガイ、どうしたにゃ?」


 足元を急に確認し出したガイにつられ、私も覗き込む。そこには汚れたがいた……









「おぉ、二人とも大人しく来たんだなぁ?」


「当たり前にゃ」


 夜七時……私たちは食堂の前まで来ていた。目の前には黒ずくめな長身の男一人と、見える範囲ではないが、三人ぐらいの息づかいが聞こえてくる。


「お前の目的も私たちを捕まえる事にゃ?」


「物わかりがいいねぇ」


「僕たちが捕まれば、一緒に誘拐されたは解放してくれるんですよね?」


「あぁ、そのつもりだぁ……をどうにかするつもりはねぇ」


 やっぱりフェイの言っていた通りだと今ので確信する。後は……


「さっさっとするにゃ」


「てっきり少しは抵抗されると思ってたんだがなぁ? まぁ、いいやぁ」


 私とエンは袋を被され、両手足を縛られ連れていかれる。少しそのまま運ばれて、無造作に放り出されたのは馬車の荷台のようだった……


「うん? くんくん……この匂い、エン君ね!」


「再会して早々変態過ぎるにゃ!」


 ハニーアップルの匂いが充満する中で、恐ろしい嗅覚を発揮するドロシー。


「ドロシーさん、無事で良かったです。あとあんまり見えないですが、多分近いです!」


「えぇーー! 何で? ちょっとくらい、いいじゃん!」


「離れて下さい!」


 袋が被されたままだから、直接確認は出来ないが、この調子なら怪我とかも特にないだろう。


「お前ら騒ぐな!」


 御者台から声がする。耳を済ましてみたが、前には三人いるようだ。

 待ち合わせ場所で隠れていた二人と、もう一人何処かで聞いた事があるような息づかいが聞こえてくる。長身の男と、もう一人はフェイの所に行ったんだろう……


「で、私の作戦はどうなりそう?」


 小声でドロシーが聞いてくる。


「多分、何とかなるにゃ」


「じゃあ、ガイさんが?」


「今つけてるはずにゃ」


 私たちが捕まりさえすれば、ただの子どもだと思われているフェイはきっと解放されるだろう……後はガイ次第だ。










 フォレストの町南西。人通りが少なく、入り組んだ路地を長身の男と、もう一人が歩いている。


「あぁ~! 不完全燃焼だぁ」


「依頼は今日で終わりみたいですし、また別の事で……」


「そういう問題じゃあねぇんだよぉ! 今だ今ぁ!」


 怒りをあらわにした男はある家の前で止まった。


「まぁ、いいかぁ。ガキをいたぶる趣味はねぇが、少しは楽しめるだろぉ」


「あの子どもは解放しないんですか?」


「当たり前だろぉ。した所で得する事なんざ……」


――悲鳴を上げるさせる間もなく、一人を叩ききる。


「あぁ!? 何だお前ぇ?」


「てめぇが言ってるだよ!」


 大剣を持った男が弾丸のように飛び掛かった……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る