第一章34  『過去と檻と○○と』


 ここに来てもう一週間くらい経っただろうか?最初は目障りだったが、いつの間にかこの景色も見慣れてきた。


「ほら、飯だ」


 いつものようにご飯が運ばれてくる。三食付いて一日中寝ててもいいなんて、こんな素晴らしい場所は何処を探してもないだろう。まぁ、じゃなければだが……


「あぁーー! ダルい」


 外に出て走り回りたい。許されない事は分かってるが、今の一番の願いはそれだ。商品である私の願いなんて鼻で笑われてはい、お仕舞いだろうが言ってみるだけ言ってみるか?


「何かないのか?」


 暇潰しがてら、周りを見てみる。表向きはサーカスをしているだけあって、私がいるテントの中には大砲やら、人をくくりつける台みたいなのやら、普段目にしない物が沢山ある。


(まぁ、サーカスなんて私はちゃんと見たことがないけど……)


 昔、別のサーカスに盗みに入った時に少し見ただけだ。その時も、目の前の現実離れした光景より、今の現実を生きるのに必死で、全く興味が沸かなかった。


「おいっ!」


 いつものように、カチカチのパンを少し切って近くにある別の檻に投げる。


「グルル……」


 唸り声と共にガンッと檻を強く叩く音がテント内に響く。この殆ど変わらない景色の中で唯一の暇潰しがこれだ。


「今日も恐い顔だな」


 確か名前は草原の王グラスライオンだったか……? 比較的大人しい魔物だが、これにちょっかいを掛けるぐらいしか私にはする事がない。サーカスの曲芸に使われるのか、同じ檻にいるという意味では仲間なのに私は何をやってるんだろう?


「仲間か……」


 思わず苦笑する。生きていく為に、盗みでも何でも悪いことはやって来た。そんな事を一緒に繰り返していく内に、仲間とはこういう物なんじゃ?と思うようになった。だけど、現実は違った……


「当たり前だ……」


 いつものように盗みに入ったが見つかってしまい、皆は私を置いて逃げ出した。捕まった最初の内は助けに来てくれるかも? なんて甘い事を考えていたが、時間が経つにつれ自分がいかに馬鹿だったのか思い知った。

 やがて、私が珍しい種族だと分かると正式な裁きもないまま、表向きはサーカスをやってるこの場所に売られたのだ。

 連れてこられた日に団長から聞いたのは、普段絶対に手に入らない物をここでは纏めてオークションするらしい。私はその中での目玉商品になると……


「分かってる……」


 瞳を閉じると、あの光景を今でも思い出す。真っ赤に燃え上がる炎、辺りに響く悲鳴、そんな中私は皆を見捨てて逃げ出した。

 そう……これは罰なんだ。私がやった事に対する罰。神様がいるかなんて私には分からないけど、もしいるなら、真っ先に私を責めるだろう。だから、これはおかしな事なんかじゃない、受けて当たり前の罰なんだ……


――その時だった。


「ねぇ……?」


「…………」


「ねぇ? あなた」


「…………ん?」


 急に後ろから呼び掛けられ、驚いて振り向くとそこには見たことのない顔があった。


「お前誰だ?」


 サーカスの人間ではない。少なくとも一週間の中でこんな顔を見たことがない。というか完全にだった。年齢は私と同じくらいだろうか?短めの綺麗な金髪をした子が檻の前にいた。


「私、ドロシー。あなたは?」


「お前に言う必要なんかない」


「そう……今日は女将さんの用事があるから帰るね」


 一瞬悲しそうな顔をした後、そんな事を言ってテントを出ていった。たまたまテントに迷い込んだのか、今の子はいったい何だったのか?





「ねぇ? あなた綺麗な桃色の髪ね」


「………………」


 次の日もその子は来た。準備のいい事に、私と草原の王グラスライオンに食べさせるおやつまで持ってきて。


「ねぇ? あなた名前は?」


「あーもう! うるさい! あんた何なのよ!」


「何って何が?」


「こっちが聞いてるのよ! 何しに来てるかを聞いてるの!」


「遊びに……」


「ここは遊びに来る場所じゃない!」


 思わず大きな声を出した自分にハッとして口を押さえる。こんな所が見つかったら私もこいつもサーカスの奴らに何をされるか分からない。


「ふふっ……」


「何笑ってるのよ」


「何でもない……」


「言いなさいよ!」


 それからも毎日毎日、ドロシーと名乗った少女はテントにやって来た。数日もする頃には草原の王グラスライオンは手懐けられて、頭を撫で回されても怒りもしなくなっていた。

 その間にドロシーの話を沢山聞くことになった。自分には記憶がない事、今は女将さんという人の所に住んでいる事、店に来る常連さんや、彼女が慕うお師匠さんって人がいるって事。それこそ数え切れない程の話をした。


「…………で、それを見たお師匠さんを女将さんが!」


「ねぇ?」


「うん? どうしたの?」


「あんた本当に何しに来たの?」


「だから、遊びに……」


「そうじゃなくて! 遊ぶならもっと安全な場所があるでしょ?」


「………………」


「ここはそんなに楽しい場所じゃない。見つかったら酷い目に遭う。だからもうここには……」


「じゃあ何であなたはここにいるの?」


「……それは。そんな事は関係ない!」


「関係あるよ! 大事な事だよ!」


「あんたに何の関係があるってのよ!」


「友達の事なんだから当たり前だよ!!」


「なっ……!?」


 そう声を荒げたドロシーは、前の私のようにハッとしたように口を押さえている。


「………………友達だって言うなら」


「何?」


「尚更、早くここを出ていって……」


「どうして? 私、外で聞いたんだよ? おーくしょんてのが明日にあるって。あなたこのままじゃ!」


「私には必要な事なの……」


 私はあの時、皆を見捨てた。生きる為とはいえ、悪いことも沢山した。だから、そんな私には罰が必要なんだ。


「こうやって檻の中にいる事があなたにとって必要なの?」


「私は色んな間違いを起こして来たけど、これだけは間違いじゃない」


「こんなの間違ってるよ!」


「間違ってなんかない! これは私に対する罰なんだ!」


「……そんなの」


 そう言って悲しそうな顔をするドロシー。私はそんな顔をさせたかった訳じゃないのに……

 その表情を見て、胸に何本も針が刺されたような痛みが走る。


「だから……もう来ないで……」


 心にもない言葉を言う。それを聞いたドロシーはとぼとぼとテントを出ていった。


「これでお仕舞いかぁ……あれ?」


 いつの間にか、ぼろぼろと涙がこぼれている。


――何なんだこれは?


 罰だ何だと言ってきたが、友達を失う事がこんなに苦しいなんて! こんなに辛いなら、こっちの方がよっぽど罰と言える。


――私は何て馬鹿なんだろう?


 明日私がどうなるかなんて今はどうでも良かった。頭の中は友達だった一人の人間でいっぱいだったから。


「結局一度も名前を呼ばなかったなぁ……」


 またいつか、もし会う事があったら今度はちゃんと呼ぼう。きっと恥ずかしくて素直には言えないだろうけど、それなら私なりの呼び方で!


「…………ごめんね」


 さよなら……私の大事な友達。







「グルル……」


「ん?」


 いつの間にか寝ていたのか、辺りは真っ暗になっていた。いつもならドロシーがいる時間だ。だが、あの子はいない。


「お前も寂しそうだな……」


 檻仲間の草原の王グラスライオンも悲しそうな顔をしていた。こいつもおやつがあるからドロシーに懐いていた訳じゃない。


「お前とも今日でお別れだな」


「グルル……」


「からかって悪かっ…………」


――その時だった。


 何かが走ってテントの中に入ってくる。


「……っ!? お前何して!」


「いいから!」


 盗んできたのか、重そうな鍵束を使って私と草原の王グラスライオンの檻を開ける。


「何しに来たんだ!」


「決まってるよ!」


「ここは危な……」


「私は友達を見捨てない!!」


「……だから……これは…………私に対する罰で……」


 ドロシーが来てくれた事に驚いてしどろもどろになる。


「関係ない!」


「なっ……」


「私はあなたが何をしたのか知らない。だけど私はあなたの友達だから、それを一緒に背負う事は出来るよ?」


「……そんな事」


 会って間もない私を、友達だと言ってくれた。それ所か私の罪を一緒に背負うなんて言ってくれる。この子は何てなんだろう。


「だから……ねぇ? 行こう?」


 開いた扉から私に向かって真っ直ぐ手を伸ばすドロシー。その姿を見て、村にいた昔の友達を思い出す。あの子はもう死んでしまったはずなのに、ドロシーがその子と重なって見える。


――こんな私が、この道を選んでしまっていいのだろうか?


 分からない。だけど……


――その手を私は取ったのだ。


「ねぇ?」


「何?」


 草原の王グラスライオンに乗って逃げる中、ドロシーが聞いてくる。


「あなた名前は?」


「……………………」


 少し考えて答える。


「…………


 檻仲間から取った、私の新しい名前。


「ライ! これからよろしくね!」


! これからよろしくにゃ!」


「ライそんな喋り方だった?」


 そう不思議そうに聞いてくるドロシー。


「キャラ付けにゃ!」


「きゃらづけ?」


 心の底から喜んでいる私のに気付かれないように、口調も語尾も変える。




 私を救ってくれたあの子……


 私はあの子を助ける為だったら、何だってしてやる!


 それが私の………………

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