第一章33   『ハニーアップルと推理と○○と』


 ギルドに戻った私たちは依頼の報酬を受け取り、今は別行動をしていた。エン君とライはギルドで調べものと言う名のお留守番。私は何か新しい話を聞けるかもと思い、昨日のお礼とお詫びを兼ねてジードさんの家に向かう途中だった。


「あっ、いたいた! ドンさん!」


「……おっ! 嬢ちゃんか」


 丁度お客さんに商品と、この町のパンフレットらしき物を渡しているドンさんを見つけ、声を掛ける。


「本当にまた来てくれたんだな!」


「勿論! 今回は贈り物用だけどね」


 相変わらず商人より、戦士が似合いそうな風貌だ。


「あれ? 今回はあの可愛い猫ちゃんは一緒じゃないのか?」


「今日はお留守番です」


 市場に来ると分かったら、また何か色々と要求されそうなのと、ジードさんの家に連れていくとまた勝手に何か食べそうなのが、ライを置いてきた理由だった。


「そう言えばドンさん、リンちゃんはいないんですか?」


「なっ? 何で嬢ちゃんがリンの名前を?」


「あっ、それです!」


 店の商品より目立つ所に置かれた白い花を指差す。


「そうか! リンが言ってた優しいお姉ちゃん達ってのは嬢ちゃんだったのか……本当にありがとうな!」


「いえいえ! 大した事はしてないですよ! リンちゃん病気なのに、ドンさんの為に偉いですね」


「そこまで聞いたのか」


 ドンさんの顔が一瞬悲しそうになった気がしたけど、見間違いだろうか?


「今、リンちゃんは何処に?」


「体調の事もあるし、ギルド上にある宿屋で休ませてるよ」


 まさか、私たちと一緒の宿屋とは。余裕があったらまた顔を見に行こう。いや、やましい理由とかではない! 絶対に!


「そんなにリンちゃんの病気は悪いんですか?」


「いや、そんな事はないぞ! すぐに治る」


 それだけドンさんにとって、リンちゃんは大事なのだろう。満面の笑顔になるドンさん。すみません! その笑顔少し怖いです。


「それなら、本当に良かった!」


「まぁ、その話はいい! 何が欲しいんだ?」


「あっ、ハニーアップルを五個と……あとこれも!」


「はいよ!」


 ライが勝手に食べてしまった分と、甘いものが苦手だとも言ってたので肉の葉ミートリーフも一緒に買う。


「そういや、ドンさんはここで欲しがってた物は買えたの?」


 贈り物用の紙袋に商品を入れて貰いながら、気になっていたことを聞いてみる。


「あぁ、あれか! もうすぐ手に入るんだ」


 本当に嬉しそうな顔でそう言ってくるおじさんに、何だか私も嬉しくなる。


「それなら、良かった」


「これ、リンを助けてくれたお礼も兼ねて、ハニーアップルを沢山オマケしておくな」


「ありがとうございます!」


 そういや、前にもしてくれたっけ? 確か袋の奥にまだ入れっぱなしだったような? 今回は五個も多くオマケしてくれた。リンちゃんの事があったとはいえ本当に、気前の良いおじさんだ。


「じゃあ私はこれで! また来ますね! リンちゃんにもよろしく言っておいて下さい!」


「あっ、嬢ちゃんごめんな。実は今日この町を出ていくんだ……」


「そうなんですか…………ハニーアップルありがとうございました。リンちゃんにもまたね! って言っておいてくれると嬉しいです」


 リンちゃんともう一度会いたかったが、仕方ない。

 悲しそうな表情をするおじさんにお別れを言う。ライも連れてきておけば良かったと少し後悔した。


「あぁ、任せろ! また何処かで! ………………そうだ」


 踵を返す私に、少し間を置いてからおじさんが思い出したように続ける。


「はい?」


「お嬢ちゃん、今日は町の外には出ない方がいい」


 とても真剣な顔でそんな事を言ってくる。その風貌で真剣な顔されると恐いです! なんてふざけても言えない雰囲気に返事が出ない。


「…………最近町の外は色々と物騒らしいからな! 念の為だ、念の為!」


「ありがとうございます! 確かにそうですね。おじさんもリンちゃんも、町を出る時には気を付けて下さいね」


「こちらこそありがとよ」


 また人の良さそうな顔に戻ったおじさんは、市場を去る私にそう笑いながら手を振っていた。その姿が何だか辛そうに見えたのは私の勘違いだろうか?





「すみませーん」


 市場のすぐ近く、ジードさんの家まで来た私は前と同じように家主を呼ぶ。


「…………はーい!」


 扉の向こうでまたドタドタ聞こえた後、ドアの横にある小さな窓から、ガラスを体で割りながらおじいさんが玄関前に飛び出してきた。


「何事!?」


「ワシ、ドジじゃから……」


「ドジで済みませんよ! 何処にドジで窓ガラスを割りながら客を迎える人がいるんですか!」


「ここに! てへぺろ!」


「驚くほどに可愛くない!」


 私もそんなに長い事生きてきた訳じゃないが、記憶にある限りでは、窓ガラスに突っ込みながら出迎えられたのは初めてだった。


「無事だから良かったですけど、心臓に悪いからもう止めて下さい」


「悪かったのぅ……許してくれ。てへぺろ!」


「二度するな!」


 二度目のそれに、思わず敬語を忘れる。体のガラスを払いながら立ち上がった。あんな事になったのに、無傷なのが逆に驚きだ。


「お、ドロシーちゃんじゃないか? お主またこんな所に何のようじゃ?」


「気づいてなかったんですか……」


 この人、来客の度にこんなことをしているのだろうか? 改めて玄関前をよく見てみると、ドアは少しひしゃげ、さっきとは別の窓ガラスにもヒビがある。これ毎回繰り返してるって、ある意味エン君より遥かに超人なんじゃ?


「ちょっとジードさんに話を聞きたくて」


「おぉ! そうかそうか! 気にせず入れ」


 ジードさんはそう言いながら、自分が割った窓ガラスから家の中に入っていく。


「そこから入るの!?」





 前と同じ場所に座らされ、お茶を入れてくるからとジードさんに待たされる。


(ただ待つのも暇だしね……)


 折角だし部屋の中を見て回るか。


「これ?」


 机の上には昨日私たちが取ってきた泉の水がある。見た目はただの水だが、これに魔力が沢山含まれてると言うんだから驚きだ。


「大量の戦狼キラーウルフに……気温の低下……泉周辺の異常」


 昨日見たのと同じ順にメモを見ながら部屋の中を歩く。


「あれ?」


 その時、ある事に気付く。メモは全てこの町や、周辺について書かれているが、最近起こっているあの事件について記載がない。


「待たせたのぅ」


 声が聞こえ、部屋の奥からお茶を持ったジードさんが出て来………………ずに手ぶらで帰ってくる。


「全部溢したの!?」


「ワシ、ドジじゃから」


 この人、どうやって日常生活を送ってるんだろう?


「あっ、そう言えばこれ! 昨日のお詫びです」


「構わんと言ったのに律儀じゃのぅ……ありがとよ」


 先程買ったハニーアップルと肉の葉ミートリーフを紙袋ごと渡す。


「ジードさん、早速聞きたいんですが……」


「おっ、なんじゃ?」


「ここ最近人さらいが起きてるのは知ってますか?」


「人さらい? そんな話は初めて聞いたのぅ……」


「じゃあ、もう一つ聞きたいんですが、ここにあるのはどうやって調べてるんですか?」


「これらのメモの事か? ワシ自身が調べに行ったり、町の噂だったり、新聞に載ったりした物を纏めておるのぅ」


「ギルドから話を聞いたりは?」


「ギルド内で情報を調べる事はよくあるが、ギルドも忙しそうじゃから、直接話を聞いたりはたまにしかないのぅ……」


「そうですか……」


 考える。最近起きている人さらいの事は知らない。この町を調べているのに、そんなことはあり得るのだろうか?

 あるとすれば一部の人間しか知らないから――ギルドの情報は魔王と関係者にしか、普段は知らされない。


(ということは?)


 私は勘違いしていた。町にいる普通の人間も人さらいにあっていると……だが、町を調べるジードさんが知らないということは、さらわれているのはギルド関連の魔王だけという事になる。


(問題は……)


 何のために魔王ばかりをさらうのか? 魔法も使えて、契約している魔ノ者も近くにいる可能性を考えると普通の人間を誘拐するより、遥かに難易度が高い。


(それでも魔王をさらう理由……)


 理由は一つしかない。他の人間と魔王では明らかに違う事がある。事だ。

 魔ノ者と契約して魔人になる事で、魔力生み出す事は出来ないが、魔ノ者経由で魔力を持つことが出来る。その中でも国の試験に合格した魔王ならば、大量の魔力を持ち、自在に扱う事も出来る。じゃあ、何故魔力がそんなに欲しいのか?


「…………もしかして?」


 机に置いてある泉の水を確認する。


「ジードさんもう一つ教えて下さい…………」







「やっぱりそうだった!」


 私はジードさんの話を聞いて、お礼を言いすぐに家を出た。向かうのは勿論……


「早くギルドに向かわないと!」


 今日の討伐依頼で使い過ぎた為に、魔力の余裕はそんなにない。魔法を使って直ぐにとはいかないが、この情報を早く伝える為にも走る事は止められない。


「全部繋がった!」


 この町に来てから感じた多くの違和感や出来事、ジードさんの最後の話を聞いて全て一つになった。何がこんなことをしているのか私にはまだ分からない。だけど何をしようとしているかは分かった!


「うん?」


 ギルドの前に見覚えのある顔がいる。あれは……


「フェイちゃん!」


「……ライちゃんの……隣の人」


「まだその呼び方なの!?」


「……ふふふ」


 やはり女神としか言えない可愛さだ。


「ガイさんはいないの?」


「……ガイは……中で……報告中」


「フェイちゃんは何してるの?」


「……中に……人がいっぱい……だから」


「えっ? そうなの?」


 珍しい事だ。昨日も忙しそうにしてたのはカウンターの奥だけで、ギルド自体は閑散としていたのに。何かあったのだろうか?


「まぁ、いいか! フェイちゃん一緒に中に入ろ……えっ?」


 目の前にいたはずのフェイちゃんが音もなく


「なん……で……?」


 ガンッと頭に衝撃だけが伝わる。意識が遠のく直前に声が聞こえた……


「借りは返したぜぇ」





 そして私は


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