第一章32 『洞窟と遭遇と○○と』
「フェイ、大丈夫か?」
「……うん」
フォレストの西、泉があった場所から更に先に俺たちは向かっていた。手元にはギルドから借りた長時間は持たないが、魔物避けの魔法が施された小型の街灯がある。
「……みんなは……大丈夫……かな?」
「多分大丈夫だろ」
協力を正式に頼んだ後、嬢ちゃん達とは分かれ、俺たちは泉の西を調べていた。
困っている人がいるなら放っておけないと、魔物避けも使わずに探索と討伐をしている嬢ちゃん達をフェイは心配しているのだろう。
「……でも……これ……便利……」
俺が持つ街灯を見ながらそう言う。確かに昨日探索していた時はこれを使わずに探索していたからか、何度も
「まぁ、これも有限じゃない。急ぐぞ」
街灯もあと一時間ほどで切れるだろう。しかし、気にするべきはそこじゃないかもしれない。
魔物避けといっても万能な訳じゃない。触れると傷付く、何だかイヤな感じがする――そんな機能があるこれは、危険だからこちらに近付くなと警告する意味もあるのだ。むしろそちらの方が役割としてはデカイ。
だが、何にでも例外はある――本能のままに生きる魔物には有効だが、知性がある魔ノ者にはこれは効かない。
いや、その表現は正しくはないか――触れると傷付きも、近付くと何だかイヤな感じもするが、魔ノ者はそれを逃げずに我慢出来る。
そして例外の中でも最も恐れるべきもの――この魔物避けより遥かにイヤな
「で、俺らが向かうのはマシじゃない方っと」
「……?」
俺の独白にフェイが不思議そうな顔をする。
「止まれ、フェイ!」
泉の西から随分進んだ所で、周りに沢山の気配を感じる。森の中にある少し開けた場所。今までの木だけの景色と比べると、まるで用意されたステージのようにその場所だけが目立っていた。
「イヤな物から逃げてきたか?それとも」
「……テディ」
フェイが自分の影から大きなクマのぬいぐるみを取り出す。
「やっぱりお前らも繋がってるか……」
俺たちを取り囲む複数の影。魔物避けから逃げていた
「ハチ!」
「ワンッ!」
影から飛び出したハチが狼達に威嚇をしている。この先に大事な何かがあるのは間違いない。
「フェイ行けるか?」
「……大丈夫」
背中の大剣を地面に突き立てる。
「行くぞ!」
「……うん! ……
フェイの手元にあったぬいぐるみが膨れ上がり、何倍ものサイズになる。クマは頭の上にゆったりとフェイを乗せ、狼たちに備え構える。
「
突き立てた剣を取り、
「まず一匹!」
剣を横に薙ぎ、一匹を叩き斬る。一気に周りの木々に隠れていた他の
(この感じはかなりの数だな……)
肌を刺すような殺気がいくつもある。
「……テディ!」
フェイが叫ぶと同時――クマの巨大な豪腕が、木ごと狼たちを薙ぎ倒す。鳴く暇もなく次々と倒されていく仲間たちに周りも動揺している。
「負けらんねぇ……なっ!」
更に一匹を斬り、次の目標と距離を詰める。後ろに飛び退こうとした狼を両手で持った剣で、背後の木ごと突き刺す。木から剣を引き抜く一瞬、待ってましたとばかり、五頭もの
「ハチ!」
「ワンッ!」
自らに
魔法の効果もあるとはいえ、軽々と四頭を倒したハチの力は相当な物だ。大きさは嬢ちゃんの猫と殆ど変わらないのに大したもんだ……てのは親バカ過ぎか?
「まぁ、そういう意味では」
後ろを振り返ると、周りにあった木をほぼ薙ぎ倒し、
「フェイ!」
クマからゆっくり降りてきたフェイの頭を軽く撫でる。
「……ふふふ」
これだけでも嬉しそうにしていて何よりだ。いや、この子本当にほんとーーーに優秀でいい子なんです!!
「ハチ!」
「ワンッ!」
念の為、周囲を軽く確認させる。すぐに戻ってきたハチを見るにこの辺りにもう敵はいないだろう。
(まだ魔物避けの街灯もあるからな)
これだけやれば、例え生き残ったものがいても、わざわざ近付いては来ないはずだ。
「先を急ごう」
「……うん」
(何だこれは……)
そこから少し離れた洞窟で俺たちは驚きの光景を見ていた。思わずフェイを後ろに庇う。
洞窟からはとてつもない冷気が漂って来ており、今の季節が冬なのかと勘違いしそうなほど、体が震える。
その入り口はまるで雪山の一部とでもいうように氷で覆われており、この光景だけを見れば誰も今が春だとは絶対に思わないだろう。
(何でこんなに?)
ぶるぶると異常な程大きく震える体は、洞窟から漂う冷気だけが原因とは到底思えない。
「…………っ!?」
――一瞬だった。
咄嗟にフェイを抱き寄せ、茂みに隠れ、手元にあった魔物避けの街灯を大剣で切る。先程の
(あれは…………)
洞窟から現れたそれは、
(やっぱりここにいたのか……)
出来れば外れていて欲しかった予想だった。目の前にいる今は尚更そう思う。こんな化け物が現実にいるというだけで身が竦む。
(気付かれたか?)
足元の破壊した魔物避けは機能を停止しているが、常に使っていた事を考えると居場所が既にばれている可能性がある。魔物からすれば何だかイヤな物が近付いて来ているのだ。気付かれていてもおかしくはない。
(なっ!?)
洞窟から出てきたそれが唸りながら息を吐いた瞬間、周りがまるで最初からそうだったかのように凍り付く。
(おいおい……まさか洞窟のアレはあいつの魔法だってのか?)
こんな大事な情報すら先に教えなかったギルド管理局に普段なら怒るところだが、今はそんな余裕が欠片もない。
大きな赤い瞳がゆっくりと辺りを見ている。茂みの中にいるはずなのに、全てを見られているような感覚に陥る。
「何か
「…………っ!」
声にならない悲鳴をあげそうになり、思わずフェイを強く抱き締める。
「そこカ……」
ゆっくりとこちらに近づいてくる。
(どうする?)
今この場で戦うか? ダメだ! 相手の魔法も未知数な以上いきなり戦って勝てる保証はない。
二人で逃げるか? イヤ無理だ! あの体躯だ――飛び出した瞬間追い付かれて背中から襲われる。
俺の力だけで何とかしてフェイだけでも逃がせないか? それしかない! どれくらい持つかは分からないが、フェイを逃がす為なら死ぬ気でやってやる。
そんな事を頭の中で考えている間にも、それとの距離はどんどん縮まっていく。
(やるしかない……)
この状況なら仕方ない。
「フェ……」
小声でフェイの名前を呼ぼうとした時だった。俺たちが隠れる茂みを突っ切って、暴れ猪が現れた。
「猪カ……」
ドンッ!と音を鳴らしながら、人の何倍もの大きさの猪を片方の前足で苦もなく押さえ付ける。
「目障りダ……」
大量の冷気が一瞬で生まれ、暴れていた足元の猪は最初からそうだったかのように綺麗に凍り付いた。
(規格外過ぎるだろ)
凄まじい魔法に、息を潜めるのを忘れそうになる。そしてそれは身を屈めた後、大きく飛び上がり森の奥に消えた……
「はぁーー!」
いつの間にか止めていた息を吐き、体勢を崩す。
「フェイ、大丈夫か?」
「……だ……大丈夫」
きつく抱き締め過ぎたのか、フェイの顔は赤いが特に問題はなさそうだ。
「早くギルドに戻るぞ!」
「……うん」
立ち上がりギルドに急いで向かう。
ギルド管理局が逃がした化け物……
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