第一章31  『戦狼と暗躍と○○と』


「エン君そっち!」


「はい!」


 目の前に現れた、人と見間違うような大きさの戦狼キラーウルフと呼ばれている魔物の顎を、掬うように叩く。キャンという鳴き声と共に狼は気絶した。


「やっぱりこいつらも動きが早いにゃ」


「毎回一匹を囮にして、残りは逃げるが徹底してるわね」


 昨日の夜、僕はドロシーさんが伸ばした手をとった。願いを叶える滴なんてなかったかも知れない、でも初めて故郷から出て見た世界は、何もかもが新鮮で、出会った人たちはいい人ばかりだった。


(じっちゃんには悪いけど、もう少しこの町に残るよ。それでいいよね? ヴァル……)


 親友の名を心の中で呼ぶ。勿論声は返ってこない。


(僕がここに残って何が出来るかなんて今は分からないけど、ここで出会えた人たちや、見たものは大切にしたい。だから……)


 全てを放り出して故郷に帰る、なんて事は出来ない。きっと親友もそれを望まないだろう。


「エン君大丈夫?」


「ドロシーさん何で抱きついてるんですか!?」


「だって、エン君呼んでるのに返事がないし」


「頬を擦り寄せるのは止めて下さいよ!」


 この人はこういう恥ずかしい事をすぐにしてくる。顔に出さないように気を付けてるが、多分あんまり隠せてない自覚はある。


「エン君、赤くなって可愛いよぉぉぉ!」


「エン、イヤならドロシーを殴っていいにゃ――グーで!」


「グーで!?」


 相棒の発言にドロシーさんが驚きながら反応する。


「で、どうしたんですか?」


「あっ、次はもう少し泉の北側に行こうと思うんだけどそれでいい?」


「はい! 大丈夫ですよ。だから頬をすりすりするのは止めて下さい」


「えーー! もうちょっといいじゃん」


「エン、もうドロシーを殴っていいにゃ――チョキで!」


「チョキで!? 目を潰す気なの!?」


 リンさんと別れた後、西側の調査も兼ねて、戦狼キラーウルフの討伐依頼を受けたドロシーさんの手伝いをしていた。ギルドの依頼書の半分を占めるこの魔物も、この町周辺で起きている異変に関係があるらしいからだ。


「エン君戦狼キラーウルフ退治になれてるよね」


「あぁ、それはフォレストに来る前に一度戦ったからかと」


「えぇ!? 大丈夫だったの?」


「十匹くらいいましたけど、何とかなりました」


「やっぱりエンはただ者じゃないにゃ」


 危ないからギルドで情報を調べるのでも構わないとドロシーさんには言われたが、ここに残ると決めた以上、自分の力で出来る事をしたかったので、討伐依頼を手伝う事にした。


「でもこれじゃ依頼自体は進まないですよね」


 ドロシーさんから聞いた話では、今回の討伐依頼はこの近くにある畑を荒らされたなどの住民からの依頼もあるが、その殆どは目撃情報の多さからギルド自体が治安維持の為に設けた物らしい。


「確かに! もう、群れ三つくらいに遭遇してるけど、どれも倒そうとすると囮を使って逃げるし」


 個としてではなく、集団として統率された動きだった。躊躇いもなく、まるで目的がはっきりしているから他はどうでもいいと言うような。


「まぁ、今回は討伐だけじゃなく、捕獲でもいいみたいだから一応は進んでるにゃ」


「それだけが救いね。魔法石でギルドに捕獲した事を伝えて取りに来てもらいましょう」


 今のと合わせて三匹。ギルドとしては素材が売れるらしいので、捕獲でも問題ないらしい。ドロシーさんが通信用の魔法石でギルドと連絡を取っている。


(やっぱりそうだよね?)


 その魔法石は形こそ加工されて変わっているが、故郷で採っていた鉱石の一つに似ていた。貴重と言われていたのも、こんな事が出来るなら納得だった。


「フェイちゃんは大丈夫かな? せっかく協力する事になったんだし、一緒に行きたかった!」


「大丈夫じゃないですかね?」


「ガイの事も心配してやるにゃ」


「ガイさんなら大丈夫でしょ。ロリコンだし……」


「ロリコンは何の関係もないにゃ! もしガイがいたらロリコンじゃねぇ! って怒られてる所にゃ」


 ガイさんにこの件で協力を正式に頼まれた以上、僕も出来る限りの事をしたい。

 今ごろガイさんと、フェイさんも他のルートで調べている頃だろう。夜に宿屋でそれぞれの情報を共有するのが楽しみだ。その為にも、何か見つけたい所だけど見つけられるか。


「とりあえず戦狼キラーウルフを捕獲か討伐しつつ、もうちょっと周辺を探索しましょうか」


「はい!」


「やるにゃ」








「結局また何も見つからないなんて」


「何度も戦狼キラーウルフに邪魔されて、探索が殆ど進んでないのも原因にゃ」


 それから二時間ほど探索していたが、まるで何かから遠ざけるように度々、戦狼キラーウルフが現れて、全く調査は進まなかった。


「この感じだと、やっぱり周辺の異変と関係ありそうですよね」


「うん。それは間違いないと思う」


「問題はその原因の手掛かりがほぼない事にゃ」


 昨日あった事がまるでなかったように泉の周りにもおかしな所はなく、周囲を探索していると戦狼キラーウルフの邪魔が入り中断させられる。

 ドロシーさんが、リンさんの為に泉に来た時も、特に変わった事はなかったらしいので、この泉には何もないのかも知れない。

手掛かりらしき手掛かりも見付けられず時間だけが過ぎていた。


「とりあえず一度ギルドに戻りましょうか」


「そうしましょう」


「お腹も減ったにゃ」


 一旦調査を終え、僕らはギルドに戻る事になった。










 通信の魔法石を使い誰かが喋っている。


「おい、どういう事だ!? お前、蓄える植物ストックプラントを一匹逃がしただろう?」


「私も常にあそこにいる訳じゃなイ」


「そうだとしてもお陰で大騒ぎだぞ! それに足りるのか?」


「それは問題なイ。既に十分過ぎるほど集まっタ。例え、騒がれようがもう関係なイ……」


「それならいいが……」


「お前の駒はどうしタ?」


「あいつらは何かいい獲物を見付けたらしい」


「そうか……まぁ、いイ。奴らはもう用済みダ」


「じゃあもしかして?」


「あァ。もう準備は整っタ。今夜ダ! 今夜……」

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